それでもやっぱり乗馬に行く
屋敷に戻る道すがら考える。
これできっと未来は変えられたわ。
きっと大丈夫。
この事をイステル氏に伝えたかったけど、仕方がない。
明日は運命の3日目。
きっとこれでループは終わる。
そう信じて眠りについた。
3日目は乗馬クラブに行く日だが、予定より早くラナに起こされたのだ。
「お嬢様、お嬢様!朝早くに申し訳ございません。至急、旦那様がお呼びです」
眠い目を擦りながら、ベッドから起き上がる。
こんな事は初めてだった。
これって未来が変わったからじゃないかしら?
まだ眠たくて頭がスッキリしなくてぼっーっとしているので、眠気覚ましに水を飲む。
それからガウンを羽織って、お父様の書斎へと向かった。
ドアは開いており、そこにはクロノとお父様が真剣な顔をして私を待っていた。
「アビゲイル。こんな朝早くからすまない。まあソファーに座りなさい」
お父様に促されて座ると、クロノが温かい紅茶を入れてくれる。
「アビゲイル。我が娘よ、噂で聞いたホームレス襲撃を防ぐために、時計台広場の側の家屋を借りて、一晩、我が家の警備兵に寝ずの番をさせたのは知っている。家屋を借りる際にクロノから報告を受けたからね」
私は黙って紅茶を飲む。
「家屋を借りる理由を聞いた時、誰かの妄想をアビゲイルが信じたのだとばかり思っていたんだよ。私たちも本気に捉えてなかった」
お父様の声は少し震えていた。
「しかし、昨晩、本当にギャングの抗争が広場であったんだ。それは激しいもので広場の中にある店という店が破壊され、店に寝泊まりしている人も襲われたらしい」
「……そんなに酷いものだったのね」
時計台広場から見える位置の空き店舗を借りていたら、我が家の警備兵から多数の負傷者を出しただろうから、あの位置で物件を借りられてよかったのかもしれない。
「酷いなんてものではなかったらしい。今回、警備兵を3分の1しか出さなかったんだ。その結果……一部の人は大怪我をしてしまっている。生死を彷徨っている人も」
紅茶を飲む手が止まった。
「どうして?何故そうなったの?」
「アビゲイルの言葉をあまり信じていなかったんだよ。明日は皇太子殿下の即位式だ。こんな時期にそんな物騒な事件が起きるとは考えづらかった」
お父様は責任を感じている様子だ。
それでも、過去では全滅だと聞いていたのに、今のところ命を繋ぎ止めている人たちが多い事に希望が持てる。
「我が家の警備兵は全力を尽くしてくれたのでしょう?それならよかっですわ。少しでも助かる人がいるなら」
今朝は乗馬クラブに行く気分ではなくなったが、リュック様と約束したからには行かないといけない。
ループを終わらせられたとしたら、『約束を破った』という事実が残る。
それは困るから、渋々行く事にした。
あの少年が助かったのか知りたかったが、少年の名前も知らない。
一人でも多くの人が助かる事を祈りながら、乗馬クラブに向かった。
どんな顔をしてリュック様と会えばいいのかしら?
庶民の恋人がいるのに、何故私に声をかけて……。
もしかして、我が家の家業が軍事産業だから?
リュック様は武器の密売人ではないにしろ、何かしらの関わりがある可能は捨てきれない。
私と婚約ないし、結婚することによって軍事産業に足がかりができると考えているとか?
裏の策略なんて考えた事なかった。
裏金でラブラジュリ公爵家が少なからず潤っているとしたら?
私は利用価値があると思われている?
戻ったらイステル氏に手紙を送らなきゃ。
ヴァンペルト教会あて。
封筒には『至急・エル会計士へ、アビー』と書く。
これしか連絡方法がない。
乗馬クラブに行くと、リュック様が既に来ていた。
いつも通り、挨拶をして、甘い言葉をかけてくる。
でも、もう心は動かなかった。
私もリップサービスで最大限、優しく振る舞う。
こうやって冷静に見ると、なんて胡散臭いひとなのかしら。
私って何も見えてなかったのね。
人の裏側や思惑って悟るのが難しい。
「今度、アビーのお気に入りの場所を教えていただけませんか?」
「ええ、勿論ですわ。お気に入りのレストランがございますの。パッセラ侯爵家のワインを提供する侯爵家直営のレストランですのよ。ここでは、限られた人にしか提供されないビンテージワインが頂けますの」
リュック様は招待してあげないけどね。
「リュック様は召し上がったことございますか?」
「パッセラ家直営のレストランは噂には聞いてるけど、行ったことはないよ」
「そうですか。確かにあそこはパッセラ家と繋がりのある方でないと予約出来ませんものね」
ここで、少ないコネを披露してみせる。
「それは楽しみですね」
これって、もしもご一緒したら私がご馳走しないといけないパターンよね。
流暢に女性を誘う言葉とか、どこまでなら深入りせずに旨みを味わえるかを知っている態度だわ。
なんで気がつかなかったのだろう。
それだけ自分が舞い上がってたって事よね。
話せば話すほど気持ちが冷えていくのを感じて、リュック様の前から早くいなくなりたいという気持ちが強くなる。
乗馬クラブから帰って、イステル氏に手紙を送った。
内容はリュック様についてだ。
詳しい事は書けない。誰かに読まれたら困るから。
『朝会う人と1日目に見つけた物とは、深い関連があるわ。もしもこのまま未来が来るなら、その後詳しくお話がしたいです。でも逆戻りするなら、馬車まで来てください』
これで誰かが開封しても内容は意味不明な文章になったわ。
でも、私達だけはわかる。
これでいい。
手紙を教会に届けて欲しいと執事のクロノに頼んだ後、宝石商に行く。
逃げても仕方ない。
ここからの未来を信じて宝石を受け取り屋敷に戻ると、ボヤ騒ぎが起きていた。
やっぱり……。
防げないのね。
でもまだわからないわ。
希望を持っていたのに、残念ながらここからはいつもと同じ流れだった。
何故?何故変えられないの?
沈んだ気持ちでシルファランスホテルに行った。
部屋に入る前に、クロノに室内を確認してもらう。
「お嬢様、お部屋は異常ありません。お茶を召し上がってからお部屋に入られますか?」
「ええ。そうするわ」
座り心地のよいソファーに深く腰掛け、お茶を飲みながらドアを眺める。
物音もしないし、誰かが出てきそうな気配もない。
意を決して部屋の前に行く。
……どうしよう。
またループするのかしら?
恐る恐るドアノブに手をかけた時だった。
「どうやってこちらをお知りに?」
部屋の入り口でクロノの押し問答が聞こえる。
なんだろう?
「アビゲイル・ダンフォード侯爵令嬢!いるんだろ?アビー!」
イステル氏の声が聞こえた。
しかもアビーって呼ばれたわ!
「イステル様?」
入り口に向かうと、汚れた海兵隊の制服を着たイステル氏が立っていた。
「この時間は即位式の式典会場の点検をしているんじゃ……」
「点検してきたよ。でも、2日前、オペラ会場で発見があったから、今日の点検には前回までの10倍の人数が投入されたんだよ」
「それって?」
「そう!16時の犯人を14時に捕まえて、私の未来はもう安泰だ。いつもより2時間も前に発見できて、しかも捕まえる事が出来た。だから、助けに来たよ」
顔も少し汚れていて、髪は乱れているが、私を助けるために急いでここまで来てくれたのは一目瞭然だ。
「ありがとうイステル様!どうやってここまで?」
「この格好じゃ高級ホテルは入れないから、特別なコネを使ってきたよ。外で王家の紋章のついた馬車を待たせてある」
ニヤッと笑ってウインクをした。
「本当にアビゲイル様のお知り合いだったんですね」
クロノは驚いている。
「ええ。すごく頼りになるの。こちらはエルヴェ・イステル伯爵様。名付け親は、ドラテオ公爵未亡人様よ」
入口での騒ぎで、お母様と弟が出てきた。
「へぇ!気位の高い姉上の友人だとは思えない」
弟は驚いた声を出した後、イステル氏の横に行って、耳元で何かを呟いている。
それを聞いてイステル氏は笑顔になった。
「ダンフォード侯爵令嬢様は、素敵なお嬢様で、私はお近づきになりたいですよ」
イステル氏は弟に向かって言うと、弟はびっくりした顔をした。
弟はイステル氏に何を言ったのかしらないけれど、少なくともいい事ではないわね。
きっと気位が高いとか、横暴だとか言ったんでしょ?
でも、色々な私を見ているイステル氏には通じなかったようだ。
「じゃあ、さっさと片付けましょう。部屋はどこ?」
イステル氏は、メイドが持っていた金属のお盆をサッと取ると、部屋のドアノブに手をかけた。
私はその後ろに立って身を屈める。
「その部屋よ。お願い」
「じゃあいくよ。1・2・3」
勢いよくドアを開けて、それからクローゼットのドアを開けた。
「大丈夫?」
部屋に入ろうとすると、イステル氏が手で静止して、口元に指を当てる。
静かにしろという事だ。
足音を立てないように見て周り、カーテンの前で止まり、こちらを向いてカーテンを指さす。
そしてゆっくりとカーテンに手をかけると、めくる前にカーテンが揺れて、いきなり男が出てきた。
その男はナイフを振りかぶって、イステル氏に襲いかかる。
しかし、なんだかフラフラしていて、簡単にねじ伏せられた。
「犯人はお前か!」
この騒ぎで、使用人達も集まってきた。
最初からの様子を見ていたお母様は状況が飲み込めないらしい。
「どうしたの?これは何事?」
「こいつが、ご令嬢を襲おうとしてたんですよ」
イステル氏が皆に向かって言い、犯人を見た。
私達は知らない人がカーテンから出てきて、驚いて動けない。
「お前は誰だ!」
柔らかい顔つきのイステル氏が鬼の形相になる。
「あっ、クッ…クリスティンをどこに隠したんだ!」
男が弱々しく外国訛りで叫ぶ。
「クリスティン?誰それ?」
「き、今日ここに宿泊する予定のベルケット王国の侯爵令嬢だよ」
「は?今日ここに宿泊するのは、ダンフォード侯爵家だよ。急遽キャンセルが出たから、我が家が宿泊することにしたんだ」
弟は呆れたように言う。
「え?」
男は驚いた顔をした。
本当にクリスティンとやらと会えると思っていたようだ。
「そっそんな……。ここにクリスティンが泊まると友達から聞いたんだ。ぼっ僕はクリスティンに全財産騙し取られたんだよ」
毎度、こんな弱々しい男に刺されるのを防げなかったなんて、ありえないでしょ。
頭が痛くなって、こめかみを押さえる。
「クロノ、ホテルの警備員を読んで頂戴」
バカらしくなってきた。
宝石を持っているから狙われたのかしら?とか、色々原因を考えたのに。
よりによって人違いだなんて。




