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16時30分のその先へ

警備員が来て、犯人を引き渡して安堵する。

「もう脅威は去ったので。お嬢様、私と一緒に次の脅威に立ち向かって頂けますか?ほら、時計をご覧ください。16時30分を過ぎていますよ」

イステル氏は跪いて礼をし、手を差し出した。


時計を見て、笑顔になる。

なんだか二人ならなんでもできる気がして、私はその手を取った。

「ありがとうございます」

イステル氏は立ち上がると、お母様に向かって礼をする。


「お嬢様のご活躍によって、捜査中のとある事件に進展が見られました。それ故に、お嬢様のご意見を伺いたいと、国家安全保障局が申しております」

「そんなすごいお手伝いをしたのね。アビゲイルは、時計台広場のホームレス達を救う事に尽力したのよ。我が娘はすごいわ」


「本当に勇気あるお嬢様です。私は公務で近くを通りましてね。なんとかホームレスの誘導のお手伝いが出来ました」


イステル氏はいつも広場のホームレス達を救おうと必死になっていたから、昨日もあの場にいたのね。

いつも誰かの為に働いている。

今だって、私を助けるために駆けつけてくれた。


「国家安全局に行くわ。でも、ラナも連れて行っていいかしら?」

昨日、リュック様を尾行した時はラナも一緒だった。


ホテルのエントランスに向かい、外に出ると停まっていたのは、黒塗りの王家の紋章のついた馬車だった。

「本当にこれに乗っていらっししゃったの?」

ボロボロの格好をしたイステル様とあまりにも差がありすぎて笑ってしまう。


「ええ、そうですよ。国家安全局の局長の公務用馬車です。ではお嬢様、中へ」

イステル氏がドアを開けてくれたので中に乗り込んだ。


驚いた事に仕切りがあり、使用人の専用スペースがある。国家機密を扱う局長の馬車だから、いくら使用人といえども、書類など見られないように細心の気を使うためだろう。

使用人スペースにも専用の窓があり、椅子もかなりいい素材で出来ているようだ。


「手紙をありがとうございます。その件で、今から国家安全局に向かうよ」

「さっき……アビーって呼んでくれたわね」

あの時、胸がドキドキした。


「必死だったんですよ。お許しください」

「これからもアビーって呼んでほしいわ」

「それなら私をエルと呼んでください。呼び捨てでね」

「わかったわ。…エル」

なんだか恥ずかしい。


これまでずっと、何度ループしてもお互いに家名で呼び合っていたのに、ループが終わってみれば、名前で呼び合うようになるなんて。


ここから、国家安全局に向かう。

それはどこにあるのか知らなかったが、司法省の省庁の中にあった。

会議室に通される。

「ここから偉い人が同席するんだけど、流石にこの格好ではまずいから着替えてくるよ。少し待っててください」

と言って、5分で戻ってきた。

海兵隊の制服からネイビーのスーツに着替え、ボサボサだった栗色の少し波打った髪は、オールバックに整えており、とても5分で支度したとは思えない。


「アビー、力を貸してくれるね。ここから先はお互いに未知の時間だ」

「私にできる事ならなんでもするわ。もう死ぬのは嫌よ」

エルは楽しそうに笑うので私も笑った。

そんな私たちの会話を部屋の隅で控えているラナは不思議そうに聞いていた。


「お互いに、もう死神とは縁を切りたいね」

「全ての死神を追い払えていたならいいのに。時計台広場の人達が助かりますように」

死の影はもうごめんだ。


ノックの音がしたので、私たちは顔を見合わせて背筋を伸ばした。

「ダンフォード侯爵令嬢、わざわざご足労いただきましてありがとうございます。私は国家安全保障局の者です。訳あって名前は名乗れません」

驚いた事に女性だった。

服装は、街角の占い師そのもので、顔はベールで見えない。


「あなたが見聞きした事を教えていただきたいのです」

ここから、オペラで見た、背の低い男性とリュック様の事。リュック様の受け取ったカバンには、マークが入っており、そのマークがオペラ座のバックヤードの壁に刻印されていた事などを話した。


「舞台の上にも刻印があり、2日前の深夜、特殊部隊と捜索したところ、大きな木箱に入った兵器を見つけました」

エルが報告する。


「私と、そこにいるラナは、昨日、ラブラジュリ公爵子息を尾行しました。彼は、廃工場に入った後、作業員に変装してオペラ座に衣装箱を持ち込んでいました。調べたら中には大量のお札が入っていたんです」

「それはどこに?」

「舞台上の大道具。階段の中間です」

占い師の格好をした女性はエルを見た。


「いえ。そこは調べていません。私達は武器密輸の犯人を捕えました。しかしそれ以外にもあの場所を何かの売買に使っている組織があるという事でしょうか」

「きっとそうでしょう。私達はオペラ座で犯人を逮捕したので、警戒体制を解いたのですが、それは間違いでしたね」

低い声で占い師が言う。


「目撃者はここにいるのですから、リュック・ラブラジュリを捕まえましょう」

エルの進言に、占い師はまず廃工場を見にいくように指示した。


私とラナはこの会議室で待つことになり、エルは工場の調査とリュック様逮捕に向かった。

そこから1時間足らずで、エルはリュック様を逮捕して戻ってきた。


容疑は偽札作り。

作った偽札を流通させてラブラジュリ公爵家の運転資金に充てていたのだ。

取調室は、上の方に隙間がある。

隣の部屋に入ると、階段があり、そこを登ると、取調室が見えるし、音も聞こえる。


でも犯人からは死角になっていて見えないのだ。

私とエルは、そこでリュック様の話を聞く。


「金持ちの女を口説いて貢がせているな。今は、侯爵令嬢2人と、未亡人3人。それから、金持ちの平民か。女たちへのプレゼントは偽札で買っていたんだな」

「そうだよ。何が悪い?」

「貢がせた物は売却して、現金に変えたりして。うまいこと資金洗浄していたんだな」

「もう少しで大物を釣り上げるところだったのに」


リュック様はニヤニヤしながら、テーブルに足を上げた。

話し方も態度もどう見たってギャングだ。

気持ちが冷めた後だから何も思わないが、ときめいて貢いでいたご令嬢の気持ちを思うと胸が痛い。


「もう少しで、あのお高く止まった金持ち、アビゲイル・ダンフォードから貢がせるだけ搾り取る予定だったのに。クソ!」

もう冷めた気持ちしかない。


下に降りて、エルに逮捕した時の事を聞いた。

「ルアーナ様は?」

「いなかったよ」


先ほど、リュック様を逮捕した時、邸宅の中にも隠し持っていないか捜索したらしい。

この邸宅にはリュック様とルアーナ様がお住まいだったが、使用人は数人しかおらず、全員の身柄を拘束して取り調べている。

その全員がルアーナ様の行方を知らないようだ。


ちなみに、ラブラジュリ公爵家は公爵様が病床に伏せっており、領地で治療を受けられているそうだ。

領地のほうは、人手の関係で即位式が終わってから見にいくそうだが、もう10年以上前から闘病している事は、貴族なら誰でも知っている事だから関与の可能性は低いと見ているようだ。


皆、ルアーナ様の行方を知らないので、リュック様を追求したが、ニヤニヤするだけで答えない。

「どこかに監禁されているんじゃないか?もしも、妹を支配しているとしたら…」

「オペラの時の様子を振り返ると、確かにルアーナ様はリュック様のいいなりの様子だったわ」

「ルアーナ様に婚約者は?」

「確かいないはずよ」


「最悪の場合を想定すると、事故に見せかけて表舞台にはもう出れないという事にしておいて、どこかに売り飛ばすつもりかもしれない」

「人なんて売れるわけないでしょ」

「売れるんだよ。闇のマーケットでね。ルアーナ様は美人で教養もある。海外の富豪にびっくりするような高値で売れるだろうね」

「助けに行かなきゃ。女性には、女性の味方が必要でしょ?一緒に行くわ」


しかし、同行してくれる憲兵や、警ら隊が見つけられない。

式典の準備と武器密輸犯に、偽札製造犯を逮捕して、人手が圧倒的に不足していた。

しかも、明日の皇太子殿下即位式のせいで道が渋滞していて馬車では無理そうだ。


「馬でいくしかなさそうだな」

エルはそう呟くと、胸ポケットから地図を出して広げた。

「見て、明日の警備の管轄が載っている地図だ。高位貴族が住む地域は、即位式のパレードを行う地域ではないから、地元の警ら隊が管轄になっている。ダンフォード家から警ら隊になったバーナードの名前もある」

「でも、忙しくて会えないわ」

「運良く、今、この隣の建物で、警ら隊の会議をしている。そこにいるはずだ。しかも、全員馬で来ているはずだから、道が混んでいても大丈夫。呼んでくる」


15分後、エルはバーナードを含めた五人を連れて戻ってきた。


「二人乗り用の鞍を準備してきたよ……。えっ?アビーその格好!」

エルは私の格好を見て驚いているが無理もない。

今、ラナの制服を借りているのだ。

もちろん、宝石のついた髪飾りは外してもらい、シンプルな出立だ。

目立つ髪色を隠すために、頭にストールを被っているため、少しは素性が隠せるはずである。


その代わり、ラナは私のドレスを着ている。

少し…いや、かなり派手なドレスだからラナは恥ずかしそうにしている。結構似合っているのに、恥ずかしがって隠れてしまうだなんて。

デコルテが全て見えるデザインだからはずかしいのかしら?

メイド服は襟付きで首が詰まっているから着なれていなから、なのかもしれない。

以前の私なら、人の服を脱がせて着るなんてしなかっただろう。

人の着た服を着るくらいなら、死んだ方がマシと思っていた。

しかもメイド服を着るなんて、天地がひっくり返っても思いつかなかっただろう。

それに、私のドレスを人に着せるのもありえなかった。

誰かが私の服に袖を通した時点で捨ててしまっただろう。

でも、今は全部気にしない。

もう平気。なんでもアリよ。


「馬は一人で乗れるわ。私かなり乗馬の腕が上達したの」

今こそ、乗馬クラブに通った成果を見せる時だ。

「急ぎましょう」


それぞれが馬に乗って渋滞の道を縫うようにして進む。

途中で何台もの貴族の馬車を追い越した。

この格好で馬に乗っているところを複数の貴族に見られてしまったわ。

私だって気づかれた?

気がついてないと思いたいけれど、このピンクの髪が時折り、ストールから見え隠れしてしまっている。

特徴的だから、きっと気づいた人もいるかもしれないわ。


だからなんだっていうの?

エリーおば様ならきっとわかってくれるわ。

それに、お父様やお母様も。

友達のフローラはそんな事気にしないわね。

今は必要な事をするのよ。

死神から逃げ切れたんだもの。

人のためになる事をしないとまた追いかけてくるかもしれないわ。

気を引き締めて、馬を走らせる。


気がつくと、すぐ目の前がラブラジュリ公爵邸だった。

午前中に家宅捜索をしたため、今は使用人すらいない。

そのため泥棒を防ぐための警ら隊が一人ずつ、正面入り口と、通用口に立っているだけだ。


馬を降りるとバーナード達が到着した。

「全員で、ラブラジュリ邸を捜索するけど、時間を省くために隈なく捜索したところは省いて、簡単にしか調べていないところに行きましょう。ただし、公爵子息の部屋は隠し扉などがないか捜索する事」

エルが指示を出し、手分けして調べることにした。


私とエルは、リュック様の部屋を調べてからルアーナ様の部屋を調べることにした。

警ら隊の隊員は爵位がないものが大半で、貴族のプライベートルームの作りを知らない者が多いから、必然的に私たちになったのだ。


それぞれが指示された部屋に向かう。

私とエルはリュック様の部屋のドアを開ける。

兄弟以外の男性の部屋に入ったのは初めてだったが、広い部屋はまるでゲストルームのようなインテリアで、良く言えばオシャレ。

本音を言うと、物が少ないと感じた。


弟の部屋は、色々な物で棚はごちゃついているし、お兄様の部屋は本だらけだ。

それに比べて、趣味の品物などがあまりない。

「リュック様の趣味って何だったのかしら?乗馬?それにしては、道具に凝る事はなかったみたいね。なんだかアッサリした部屋よね」

お召し物は専用ルームがあるのだろうが、それにしてもホテルのように物が少ない部屋だ。


「そうかな?こんな部屋の友人達もいるけど」

「沢山の女性に貢がせて、贅沢三昧していたような印象なのに?」

「確かに何か変だな」


確か、向かい側の部屋がルアーナ様の部屋よね。

廊下に出て、ルアーナ様の部屋のドアを開けた。


「小さくて物がない部屋ね」

間口が狭く、奥行きの長い、細長い部屋で、公爵令嬢の部屋だとは思えない。

作り付けの本棚には王立大学大学部の教科書などが置かれている。

それ以外の家具といえばベッドと勉強机と暖炉くらいで、小さな窓はあるが閉塞感があり、まるで使用人の部屋ではないかと誤解するほど簡素だ。


「この部屋酷すぎるわ!きっとリュック様に虐待されていたのよ」

ドアを閉めて、隣の部屋に向かってみた。

次の部屋はドレスが多数収められた大きな衣装庫だった。

「あの部屋は変だったけど、ドレスや靴の数は平均的ね」

綺麗にお手入れされたハイヒールをゆっくりと眺めていく。


「なんかこの部屋といい、さっきの部屋といい変だ」

エルが不審そうな声を出して、壁の四隅などをじっと見ている。

「どこが変なのよ」

「あの小さな部屋と、この部屋との間にもう一つ部屋がないとおかしい。ドアとドアの間隔を考えたらそうだよ」


もう一度先ほどの部屋に戻ってみる。

エルはやはり部屋の四隅を調べたり壁を触ったりした。

そして、本棚に目をやった。

「小説と教科書と辞書がごちゃごちゃに並べられている」

そう言って分厚い辞書を退かした。

「奥にレバーがある」

エルが覗き込んだ本の隙間を私も覗き込む。

確かにレバーが見える。


エルは手を伸ばすとレバーを引いた。

すると、本棚がドアのように開いた。


中を覗くと、赤を基調とした部屋で、テニスコートくらいある。


照明は全部間接照明で、宝石商のショールームのようにネックレスやイヤリング、ティアラなどを1点ずつ飾ってあり、どれも最高級品だ。

でも、どこかで見たことがある。

記憶を遡り、思い出した。

ループが始まる直前、お母様が新聞を見ながら嘆いていたんだったわ。

最近、貴族の宝物庫に宝石泥棒が入る事件が多発しているって。

その記事の中に、オークションの落札品の盗難の事も書かれていた。


「これ、オークションカタログで見たわ。あの奥のネックレスも、右横のイヤリングも」


「じゃあ今から出品されるとか?」

「違うわ。もう終わったオークションで見たのよ。これは確か盗まれたはず。何故ここに……」


部屋に入り、中を進んでいく。

沢山の宝石で通路の両サイドを挟み、自由に部屋を進まなくしてある。

宝石商のショールームというよりも、博物館のように作られた部屋を進んでいくと、部屋の真ん中の一段低いところにベッドが置かれていることに気がついた。

ベッドには、金髪の女性と、漆黒の髪色の男性が眠っている。

二人は、シルクのシーツに包まれて眠っていたが、なんだか官能すぎて直視できない。

ベッドまであと1メートルだが近づけずに立ち止まった。


「勝手に入るなって言ってあるでしょ?」

女性が眠そうな声を出してこちらを見た。

メイド服の私を見て本物のメイドだと思ったらしい。


「今は何時かしら?」

その女性はベッド脇の水差しを取り、水を飲んだ。

宝石にあたる光でその女性の顔が見えた。


ルアーナ様だ。

品行方正、貴族令嬢の鏡と言われた女性が、乱れた髪を触り、そして隣に眠る男性の背中にふれる。

私はあまりの驚きで声が出ない。


男性が起き上がった。

漆黒の王子こと、テレンス王国のセドリック王子に似ているが少し顔立ちが違う。

あの顔はセドリック王子の、腹違いの弟であるブリス王子だ。

テレンス王国の国王が、豪商の娘に産ませたと言われる5番目の王子で、母方に貴族籍がないから軽んじられている。


そういえば今回の即位式にセドリック王子の家臣としてブリス王子もやってくるって噂で聞いたかもしれない。

顔立ちは、セドリック王子同様に柔和で背が高いが、名ばかり王子なので、金持ちで爵位の高い娘と結婚するしかないと言われている人だ。


「私はメイドではありませんわ、ルアーナ様」

頭に被ったストールを脱ぎにっこりと笑う。


「わたくし、貴女様を探しに来たアビゲイル・ダンフォードでございますわ。リュック様はとっくに逮捕されました。偽札の容疑で」


ルアーナ様は無言で立ち上がる。

シルクのレースのナイトウェアは、太ももの半ばまでしか丈がなく、体のラインが透けて見えていて、女性の私でも直視出来ない官能さだ。


「ルアーナ様、何かお召しになってください」

声が上擦ってしまうが、ルアーナ様は何も答えずに、一番近くにあった宝石の置かれたショーケースから剣を出した。


そしてすごいスピードで切り掛かってきた。

それはまるで豹のようにしなやかな動きと俊敏さで、自分が危ないのに目が離せない。

美しすぎるのもあるが、恐怖で腰が抜けたのだ。

もうダメだ。


「危ない!」

エルが足首から短剣を抜き、あともう数センチというところで剣を止めたが、ルアーナ様は何度も剣を振り翳し攻撃してきた。

私を庇いながらなので、あまり身動きが取れないながらも、エルは全ての攻撃を払ってくれる。


ルアーナ様の激しい攻撃の間に、ブリス王子はそそくさと逃げようとしている。

「バカ王子が逃げるわ!」

「わかってるけど、何も出来ないよ」

その間もブリス王子は脱ぎ捨てた服を拾い、転びながらもズボンを履きながらそそくさと出口の方へと向かっていく。


「アンタ、なんで逃げていくのよ!バカ!弱虫!女に戦わせるわけ?」

逃げるブリス王子に思いつく限りの罵声を浴びせる。


「誰か!そいつを捕まえて!」

大きな声で何度も呼ぶ。



「お嬢様!」

バーナードが気がついたようで、暖炉のある部屋から声が聞こえてきた。

「バーナード、その男を逃がさないで」

動くと、全ての攻撃が振り払えなくなると頭ではわかっているのに、思わず思わず体が動いてしまった。


「どこ見てるのよ!」

ルアーナ様が私を狙って剣を振り下ろす。

声の方を向いた時、もう遅いと思った。

目の前に避けきれなかった剣が迫っている。


ここで死ぬのかしら?

覚悟を決めた時、間一髪のところでエルの剣が私を守ってくれた。

しかし、エルは左腕を刺されてしまう。

「エル!」

私の声には反応せず、ルアーナ様の利き腕に傷をおわせた。


「イステル中尉!」

バーナードの後を追ってやってきた警ら隊が加勢し、ルアーナ様を捉える。


後手に縛られて連行されていくルアーナ様を見ながら、エルはこちらを向いた。

「怪我がなくてよかった」

にっこり笑ったまま倒れ込み動かなくなってしまった。

「エル!エルヴェ!!返事をして?エル」

私の泣き叫ぶ声が響き渡り、目に溜まった涙が、キラキラ光る宝石の光を乱反射させる。


何故私は無防備に動き回ったのだろうか?

これもループするなら、次はエルに怪我なんて追わせないのに。


私たちはせっかく助かった。

それなのにこんな結末なんて嫌。

涙がボロボロ溢れる。


「アビゲイルお嬢様、イステル中尉を医療院まですぐに運びます」

バーナードが倒れているエルを起こした。


「中尉!頑張ってください。明日は貴方様が万全の警備体制を敷いた即位式ですよ」


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