舞い上がった心
今回で42回目のタイムループ。
ループする度に、リュック・ラブラジュリ公爵令息と出逢うべき、ベストな時間を模索して、会話を引き出すようにしていった。
41回目までにわかった事は、ルアーナ様は事故に会いお医者様が泊まり込みをしている事。
ルアーナ様の事故の事を話題に出す場合と出さない場合では、出さない方が気楽にお話ができる事。
ルアーナ様の話題に触れなければ、2日目の結婚式の話も話題には上らない。
好きなお酒は、赤ワインでスパークリングはあまり好まない。
好きな朝食メニューはエッグベネディクトで、甘いものはあまり好まれない。
婚約者も恋人もいなくて、仕事に明け暮れる日々。
これくらいかしら。
これまで知った事や、ループするたびに高まっていく胸のときめきを42回目のオペラの幕間でどうしてもイステル氏に話したくなり、イステル氏の隣の席に移動してコソコソと伝える。
すると、「タイムストーカーですね」と言われた。
「何よ、そのタイムストーカーって」
「この3日間を最大限に利用して相手のことを詳しくなっていく行為ですよ」
「何よそれ。そんな言葉があるのですか?」
「ありませんよ。今私が作りました。そんな事をしていたら、ある時点から気持ち悪がられるから気をつけた方がいいですよ」
「なんでですか?」
「自分の事をやけに詳しく知っている人が目の前に現れたら、警戒するし、気持ち悪いと思うでしょ?」
「そんな事ないわ。隠し通せるもの」
「そうですか?伯母様に対してでも、何度かやばい時がありましたよ?私がフォローしましたが」
確かに気を抜いて、過去に聞いた話題を持ち出してしまい、イステル氏にフォローしてもらった事は数知れず。
「イステル様に私の何がわかるというのよ。私はかなり完璧にこなせるタイプですわ」
その言葉に、ため息をつかれた。
「わかりますよ。ダンフォード侯爵令嬢の事は。貴女様が15回、私が58回目のループで協力体制を取りましたが、考察するに、きっとループは同時に始まっている事でしょう」
「きっとタイミングは違うわよ。私がイステル様のループに巻き込まれたのですわ」
「いえ。それはないと思います。でも、タイムループだと気がつくまで、43回。43回ですよ?『おかしいな』と思っていたわけでしょう」
痛いところを付かれたわ。
「……ええ。まぁ?」
「結婚式を繰り返す時点でおかしいと思いませんでした?」
「あれは!その…しつこいくらい結婚式の夢を見ると思っていたのよ。オペラの夢を見て、結婚式の夢を見る。しつこい夢だわって思っていたのよ」
「やはり、もう少し慎重に思慮深く行動しないと。どこかで警戒されますよ?」
「わかった、わかったわ。気をつけますわ」
「それならいいですが。ダンフォード侯爵令嬢は真面目ですからね。破天荒気取ってましたが、世間知らずのお嬢様ですし、ガードは甘いし。私は心配です」
「なによ!世間知らずでガードが甘いって」
「男性の事を全くわかっていないってことですよ。教えてあげましょうか?」
「ええ!レクチャーいただくわ!」
その時、幕間終了のブザーがなって、場内のあかりがゆっくりと落ちてきた。
幕が上がる直前、一番暗闇になる。
その瞬間、イステル氏は私の方に向き、素早くキスをした。
唇が触れるか触れないかだったので、正確にはキスではないのかも……。
頭が爆発しそうになる私の事は全く見ずに、イステル氏は何事もなかったかのように自然な所作で前を向く。
何がなんだかわからない。
今キスされたの?
え?触れてない?
イステル氏の顔が近づいてきたシーンが残像となって暗闇に浮かび上がる。
整った美しい顔が瞳を閉じる瞬間がスローモーションで脳裏をよぎる。
幕が上がり、スポットライトが舞台中央に立つ俳優を照らす。
テノール歌手の伸びやかな歌声が響いてきた。
そんな事は無視して、イステル氏の方を向いた。
すると、人畜無害な笑みを浮かべで、声には出さず、唇の動きで
『油断大敵』
と言った。
先ほどの色気がダダ漏れの時とは全く違う、いつものイステル氏の表情だった。
心臓の音と、テノール歌手の歌声がリンクしていてよくわからない。
冷静になれ、冷静になれ!
恥ずかしさで目をぎゅっと閉じる。
落ち着いて考えてみると、唇は5センチは離れていたかもしれない……。
私はただ揶揄われただけ。
この後、終始、怒りと恥ずかしさが込み上げてきて、オペラが終わると同時にボックスを飛び出してしまった。
勢い余ってバックヤードツアーで行く、スタッフオンリーと書かれた通路に入ってしまった。
間違えてしまったので引き返し、エントランスに行こうか、それとも、もう一度ボックス席に戻ろうか迷っていた時だった。
しばらくその場で考えていると、階段を降りてくる足音がする。
音のする方を見ると、ラブラジュリ公爵令息が、背の低い男性と談笑しながら降りてきた。
私は曲がり角を曲がった所にいるので、二人は私には気がついていない。
「それではこれをお願いします」
背の低い男性が言って、ダークグリーンの鞄を渡した。
「わかりました。それではまた」
ラブラジュリ公爵子息が鞄を受け取ったところで、ボックス席の方からやってきたルアーナ様と合流した。
公爵兄妹は、男性に軽く挨拶をした後、そのまま階段を降りてエントランスの方に向かっていった。
一人残った男性は、オペラ座のスタンダードシートの入口方向に曲がっていく。
階段のところまで行き、二人の後ろ姿を確認する。
「お兄様、あの方を巻き込むのはやめた方がいいわ。絶対に反対よ」
「いいか、ルアーナが彼女と仲良くなるか。それとも私が仲良くなるかしかないんだ」
「でも、仕事だからって……」
と二人の会話が聞こえてきた。
こんなところでも仕事仲間と会っているなんてラブラジュリ公爵子息ってすごい忙しいのね。
眼福だわ。
やはり兄妹お二人が揃うと本当に綺麗。
この幸せに免じて、イステル氏の行為を水に流そう。
イタズラだもの。
悪質なイタズラよ!
気持ちを切り替えて、ボックス席へと向かう。
私とイステル氏は今は運命共同体みたいなものだ。
イステル氏がふざけてあんな事をしたのは許せないけど、別にキスしたからといってなんだっていうの?
実際はされてないけど。
きっとイステル氏にとってキスは女性との挨拶代わりなんだろうし、私を揶揄うのだって、なんてことないと思ってるんだろう。
気にする私がバカなんだわ。
戻ろうとした時、いくつかのプラチナボックスのドアの前に係員が立っていた。
当然ながら、イステル氏のボックスの前にも立っている。
バックヤードツアーのお迎えの人だ。
参加しているプラチナボックスの方がこんなに多いとは知らなかったわ。
何度も参加しているけれど、このタイミングでボックスの外に出たことが無かったから知らなかった。
これだけ何度もループしているのに、知らないことがまだ沢山あるのかもしれない。
この後、何事もなかったかのようにボックス席に戻ったが、普通に振る舞うイステル氏の顔が見れなかった。
さっき、水に流そうと決めたのに、いざイステル氏を目の前にすると、先ほど見た光景がフラッシュバックして、イステル氏の顔が見れなかった。
エリーおば様の招待でドラテオ邸に向かい、三人でお茶をしたが、うまく相槌が打てない。話が入ってこない、
それもこれも、私がイステル氏を意識しすぎるせいだわ。
どんなに冷静になろうと思ってもうまくいかない。
この日、お屋敷に戻っても、フワフワした感じは変わらず、ディナーはいらないと言ってすぐにベッドに入った。
でも、翌日の乗馬服の指示などは忘れない。
部屋を暗くして瞳を閉じると、途端に昼間の事を思い出してしまう。
何故、イステル氏の事をこんなに考えなきゃならないのよ!
寝不足だけは嫌。
結局、眠りに着くまでに相当な時間がかかった




