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相席ってアリですか?

厩舎の横で、まず乗り降りのレッスンから始まった。

目の前の広い馬場では、ラブラジュリ公爵令息を含め、3人くらいが馬を走らせている。


未経験ではなかったが、レッスンを受けると、自分の乗り方がいかに危ういものだったのか気付かされる。

乗り降りしかしていないはずなのに、慣れない運動は体が痛くなる。

少し休憩を取ったら帰ろう。

クラブハウスに戻り、1人用のソファーに座り、お茶を注文する。


視線を落としてこれからの事を考えていると、隣に誰かが来て足を止めた。

一人で来ているのに何かしら?


顔を上げると、そこに立っていたのはラブラジュリ公爵子息だった。


「はじめまして、ダンフォード侯爵令嬢。こちらの席にかけてもよろしいですか?」


突然の相席依頼に驚きを隠せない。

周りはガラガラなのに何故だろうか。

疑問に思ったが、聞いていいのかわからない。


「ええ、よろしくてよ」

「ありがとう」

ラブラジュリ公爵子息は嬉しそうに微笑むと、乗馬用のジャケットを脱いで、肘掛けにかけてから座った。


綺麗な座り姿勢はさすが高位貴族だ。

余分な筋肉はないようで、シュッとした姿勢は、背が高く細いながらも、体幹がしっかりしているのだろう。


「初めてお会いしますが。失礼ですがどなた様ですか?」

知らない相手(一方的に知っているけど)とぺちゃくちゃお話をするだなんて、品位を疑われるから、一応聞いてみる。


「私はリュック・ラブラジュリです。以後お見知り置きを」

「まあ!ルアーナ様のお兄様でいらっしゃいますね。あまり社交界でもご一緒にならないから存じ上げませんでしたわ」


私が出席するような、若い貴族達だけの集まりではお見かけしたことがない。


「私は舞踏会などに出席しても、商談中心で、なかなか周りの方とお話する機会がないもので」

困ったように笑う笑顔が素敵で、思わず見惚れてしまう。

「今度、ご一緒にピクニックでも。ほら、ダンフォード侯爵令嬢がせっかく乗馬の練習にいらっしゃっているので、その練習がてら」


ピクニックって。

これってデートのお誘い?

公爵家で、社交界でも人気を争う甘い顔のラブラジュリ公爵子息に初めてお話して、デートに誘われるだなんて。

結婚相手候補としては申し分ない相手だ。


「そのお誘い嬉しく思いますが、ラブラジュリ公爵子息様のお相手は、心良く思わないのではありませんか?」

「私の事は、リュックと呼んでください。貴女様の事は、アビーとお呼びしても?」

「もちろんですわ」


名前で呼び合うだなんて、親密だと感じてしまうわ。


「私に婚約者も結婚相手もおりません。昨日も、妹とオペラに行ったぐらいなのですから」


ファーストネームで読んで欲しいだなんて。

しかも、婚約者はいない。

完璧じゃない!

それに昨日、ルアーナ様とオペラに行ったのは、過去に目撃したから知っている。


「わたくしも、昨日のオペラを観劇いたしましたわ。残念ながら渋滞に巻き込まれて、遅れて途中入場いたしましたけれど。酷い渋滞でしたわね。夜まで続いたとか」


ルアーナ様の事故の事を聞いていいのかわからずに探りを入れる。


「本当に酷い渋滞でした。帰り道、暴走馬が我が家の馬車に激突して、妹が怪我をしてしまいまして」

「まあ!ルアーナ様が?」


やっぱり事故にあっていたんだ。


「医者が泊まり込みをしてくれました。私にできることは祈る事です。とはいえ、あのままずっと側にいるのも気が滅入ってしまいましてね。気分転換に乗馬に来たんですよ」

「そうだったのですね。ルアーナ様、お気の毒ですわ」


「私としては、早朝に乗馬に来て、こんなに素敵な貴女様と出会えたので、来てよかったと思います。そんな話をしていたら、もうこんな時間だ」

時計を見ると、9時を回っていた。

急いで帰って結婚式の支度をしなくては!


「わたくしも帰らなければ。今日、ボイド伯爵家とオーレリア子爵家の結婚式に参列しないといけませんの」

立ちあがろうとすると、リュック様が右手を差し出してくれた。

自らの手を重ね、立ち上がる。


手を離したくはないと思った瞬間、リュック様が私の手をぎゅっと掴んで、膝をつき、手の甲にキスを落とした。


リュック様の唇の感覚が体中をめぐる。

顔が火照ってきて、オドオドしてしまう。


「どうか、婚約者の候補者リストに私の名前も加えて貰えませんか?」

「えっ……ええ」


頭が回らない。この完璧な男性が、私の婚約者になりたいと言ってくるなんて素敵すぎるわ。


「よかった。それでは私も行かないと。本当は私もアビーと同じ結婚式に参列する予定だったのですが、妹の事で欠席する事にしまして。二人に惜しみない祝福を伝えてください」

「リュック様の分まで祝福しますわ」


私の言葉に嬉しそうに微笑む。

「毎日、早朝に乗馬に来ています。またお会いしましょう」

そう言って帰って行った。

後ろ姿も素敵だわ。


馬車に乗り、明日に深く腰掛けて深呼吸をした。

リュック様、なんて素敵なのかしら。

右手の甲がまだあつい。


左手で、右手の甲を撫でる。

心臓がドキドキするわ。


今まで、ダンフォード侯爵家という家名目当てで近づいてくる男性は多かった。

その全てが、爵位の低い貴族か、貧乏な高位貴族だった。


私は、自分より条件のいい男性としか結婚しないと決めているのだから相手になどしてこなかった。

だから、自分がいいなと思う相手から、好意を寄せられた時、どうしていいかわからない。


結婚パーティーの時、恋愛経験豊富そうなイステル氏に相談してみるしかないわね。

明日も早朝に乗馬クラブに来よう。


夢見心地で帰路に着く。

趣味じゃないドレスを着せられた時も、私はご機嫌なままだったので、侍女達が「何かいい事があったのですか?」と聞いてくる。


「ええ!素敵な男性にピクニックに誘われたの」

今日はこの悪趣味なドレスも気にならないくらい浮かれている。


「そうだ!ルアーナ・ラブラジュリ侯爵令嬢にお見舞いのお花を送ってちょうだい」


リュック様がが結婚式を欠席してくれてよかったわ。

このドレスを着ている姿を見られたら、お誘いが無かったことになるかもしれないもの。


朝から乗馬なんてするから身体中が痛いけれど、それを忘れるくらい、今日は浮かれている。

結婚式では終始ニコニコしている私を見て、新婦が感極まったけど、お祝いでニコニコしているわけではない。


パーティーで合流したイステル氏は、私の様子を見て驚いていた。

「何かいい事があったのですか?」

「ええ!そうなの!」


今朝、バーナードの詰所に行ったが会えなかった事、侍従が誤解して乗馬クラブに連れて行かれた事を話した。


「それのどこがいい事だったんですか?ダンフォード侯爵令嬢にとっては苦手な乗馬クラブに連れて行かれたのですよ?」


「そうよねそうよね!乗馬は苦手よ」

ここまで話して、大きく息を吸った後、声を潜める。

「でも、そこでリュック・ラブラジュリ公爵令息にお会いして」

「公爵令息にお会いしたんですか? 今日…ご欠席のようですが……」


「やはりルアーナ様が事故に遭われた事には変わらなかったのだけれど、気分転換に乗馬にいらっしゃっていたのよ。そこでね、今度ピクニックに誘われたの」


「ピクニックですか?」


「そうなの!これってデートのお誘いよね?」

「そうでしょうか……」

イステル氏はなんだか苦い顔をしている。


「それ以外にないじゃない!だから、何としてもループを終わらせないといけないわ。ねえ、女性からのアプローチって難しいのだけど、イステル様は今までどうだったの?どんなアプローチを受けたの?」


「どうって……」

狼狽えているのか目が泳いでいる。


「教えてよ。今まで沢山のアプローチを受けてきたでしょ?」

「まあ無かったわけではありませんよ。ですが、私は爵位が高くありませんから…高位貴族の女性からアプローチを受けた経験はありません」


「下級貴族や庶民の女性からはあるのよね?」

「ええ、まあ」


「どんな感じなの?」

「プレゼントを貰ったりしましたよ」

「それだけじゃないでしょ?印象に残らないといけないもの。プレゼントなんて沢山貰ったら、どれが誰から貰ったか忘れちゃうわ。他にもあるんでしょ?」

「……ないですよ」

笑顔を作っているが、笑い顔が胡散臭い。


「嘘ついてもダメよ。あるんでしょ?白状しなさいよ」

「海軍の遠征先のホテルの私の部屋に、コートだけを羽織った女性がやってきて、押し倒された経験があります」

イステル氏は、何かを思い出したのか、顔をそむける。


「??そんな恥ずかしがることかしら?コートを羽織った女性。コート……。ねえ、今コートのみって言いました?」

イステル氏は答える代わりに頷いた。


「コートの下は、一切着用せず?」

「……そうですね」

思わずシャンパングラスを落としそうになる。


「海軍の遠征先で起こったことですから、ここにいるほぼ全員が知っていることですよ」

やっぱり庶民の女性ってアピールがすごいわ。


「あまり参考にならなかったわ、どうやって仲を深めていくべきなのかしら?」

「きっと、ラブラジュリ侯爵令息からのアプローチを待てばいいのですよ」

「そんなの無理よ。だって、いつループが終わるのかわからないのに。未来を待ち続けるなんて酷だわ」


今朝の事を思い出してみる。

素敵だったわ。

ラブラジュリ公爵令息。

「ダンフォード侯爵令嬢、顔がニヤけてますよ」


指摘されて口元をぎゅっと結ぶ。

「今朝ね、アビーって呼んでもいいか聞かれたの。そしてね、手の甲にキスされたの」


「それはよかったね。そろそろ、行かないといけませんね」

なんだかイステル氏の態度がそっけなく感じだが、きっと気のせいだわ。


私達は時計台広場に向かった。

そしていつもの通りクッキーを配る。


3日目、この日も早朝から起きて乗馬クラブに向かった。

朝早くなので、まだ利用者は少ないが、やはりリュック様の姿があった。


「おはようございます、リュック様」

「おはようアビー」

その榛色の瞳がキラキラと輝く。


なんて素敵なのかしら。

オレンジ色の髪はきちっと整い、服装には乱れもない。


うちの兄や弟はまだこんな時間は寝ているし、朝食に起きてきても、髪はボサボサな事もよくある。

同じ男性だとは思えないわ。


「昨日、妹のために花をありがとう。もしよかったら。今日は私がレッスンをするよ?妹が馬に乗れるように手伝ったのも私なんだ」


最初の誘い文句こそドキドキしたが、普通のレッスンだった。

それでも、少しは距離が縮まっている気がする。


今日は3日目。

このまま、またループをすることになるのかしら。

少しだけ、ほんの少しだけ気になる人に近づけた気がするのに、先には進めないだなんて歯痒すぎる。


また「はじめまして」からスタートするのね。

真剣に指導してくれるリュック様を見て残念な気持ちになる。


「楽しくてもうこんな時間になってたなんて」

そう言われて時計を見ると8時だった。


「朝食の時間だね。そろそろ帰らないと、妹が待っているんだ。明日は即位式だ。そこで会えるかな?」

「ええ!きっと」


帰りの馬車の中で考える。

明日はいつになったら来るのかしら。

タイムループを早く終わらせないといけないわ。

そして、リュック様とピクニックデートに行くのよ。

そう思っていたが、ここからの未来は変える事ができず、シルファランスホテルに向かい、そしていつものように意識を無くす。


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