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乗馬服が招いた誤解

2日目、私はこれまでのループで一番早起きをした。

空が白んできて、庭木に柔らかな光が差し込む。


結婚式に参列するあのダサいドレスを着る前に、バーナードのいる詰所に出かけなければならないからだ。

結婚式など本当は参列しなくてもいいが、イステル氏とお話をしないといけないから、仕方なく参列するのだ。


詰所に行くのに目立たないドレスがいいわよね。

ナイトドレスのまま、衣装部屋に向かった。

部屋の灯りをつけて、ざっとドレスを見渡す。


どれも色使いもデザインも凝ったものしかない。

こうやって見ると、私のドレスってどれも派手ね。

落ち着いた色や雰囲気のドレスがない。


ため息をついて地味な色合いのドレスを手に取ってみるも、大きくスリットが入っていたり、胸の辺りにスパンコールが散りばめられていたりと、全く地味ではない。


呼び鈴で侍女を呼び、一番地味なドレスを出してもらうようにお願いする。

「アビゲイルお嬢様、こんなお早い時間にいかがされたのですか?地味なドレスと言われましても、これ以外にドレスはございません」

侍女は、少し控えめに答えたが、声とは裏腹に顔は少し引き攣っていた。

きっと怒られると思っているのだろう。


普段の私ならここで怒ったかもしれないが、何かをお願いする時は冷静に言った方がスムーズに物事が進むと学習したので、少し咳払いをして、自分の気持ちを落ち着かせる。


「どんな格好でもいいから地味な装いがいいのよ。実は今から、バーナードにお願い事をしに、警ら隊の詰所に行きたいのよ」

声を荒げずに冷静に受け答えする私を見て、侍女は安堵した表情を見せた。


「警ら隊の詰所ですか。確かに地味な格好の方がよろしいかと思いますわ。今、奥の衣装庫から見繕って参ります」

「ええ、お願い」

やっぱりうまく行った。


「ところでお嬢様、詰所に行くならお一人ではなく誰かを伴って行った方がいいと思います」

「何故ですの?」

「警ら隊は荒っぽい人が多いですから。ボデーガードとして、侍従のクリフを連れて行くのをおすすめしますわ」


「じゃあ、クリフも呼んできておいて頂戴」

「かしこまりました」


侍女が衣装庫に行っている間に、ここからの行動を考える。

きっと説明や説得は、やはりイステル氏がいた方がいいのだろう。上手く説得できるとは思えないが、やるしかない。

なんで軽々しく引き受けちゃったのかしら。

自分でも不思議だが、イステル氏には、人を意のままに動かす能力があるのかもしれない。

きっと諜報員の特殊能力よ。


しばらくして侍女が戻ってきた。

「お嬢様のお召し物で地味なデザインのものはございませんでした」

「それならお母様のドレスでもいいわ」

いくら家族といえど、誰かの袖を通したものは、ビンテージ以外では絶対に着たくはない。

でも、今はそんなこと言ってられない。


「お嬢様は、いくら奥様のお召し物といえども抵抗があるのはわかっております。ですが、念の為、奥様の衣装庫も見てまいりました。デザインが古めで、お嬢様にはお似合いにならないかと」

数着のドレスを見たが、確かにデザインが古めかしい。


「お嬢様、これをお召しになるのはなんと申しましょうか……」

「言葉を濁さなくてもわかるわ。ドレスを新調できない貧乏貴族みたいよね」

「噂に伝え聞きますが、ダンフォード侯爵家がご参加されないような、社交の場にたまにいらっしゃるようでして」

「あまりお金のかけないタイプの社交の場ね。聞いたことはあるわ」


貧乏貴族のような出立をするか、いつもの煌びやかなドレスで行くか。

どちらもダメよね。

どうしようかしら。

悩む私に侍女は最後の一着を出してきた。


「奥様の若い頃のお召し物をもう一つ見つけてまいりました。乗馬用のお召し物です。こちらは流行などは関係ありませんが、お嬢様はあまりお好きではない出立なので、お持ちするか迷いました」

この中だとこれしかないわ。


乗馬をしない私はパンツスタイルの服装などしたことがないが、流行遅れのドレスを着るよりはマシ。


乗馬用のシャツとジャケットを羽織り、パンツをはいた。

足元はハイヒールでは格好がつかないので、お母様が若い頃使っていた乗馬用のブーツを履く。

髪は、編み込みにしてもらい、本当に乗馬を嗜んでいる風の格好にしてもらう。


「アビゲイルお嬢様、素敵ですわ。伝統的な貴族の乗馬スタイルで風格を感じます」

侍女が褒めてくれる。


「では、馬車で出かける準備をして、クリフを呼んでちょうだい」

「もう全て整えております」

侍女がにっこりと笑い、馬車まで見送ってくれた。

御者はいつもの使用人と違い、クリフ同様に体が大きく、警ら隊にも負けそうにない外見をしている。



馬車の中では、どのように説得すればいいのかをずっと考えた。

考えたが、思いつかない。


何かを考える時間というのはあっという間に過ぎてしまい、あっという間に警ら隊の詰所についてしまった。


クリフが先導し、私はその後ろを歩く。

御者をしていた使用人は私の後ろを警護するようにしてついてきた。


クリフが掛け合ってくれたが、バーナードは不在にしていた。

明後日式典があるのだから、警ら隊も忙しいのは当然だ。

クリフは前日の14時までは詰所にいたそうだ。

私がエリーおば様と出会う時間だ。


何もかも、目覚めた時の行動にかかっているということなのかしら?

でも、どう改善していいのか検討がつかない。


じっと考え事をしていると、御者が馬車を停めた。

「アビゲイルお嬢様、どうぞ」

馬車のドアが開き、外を見ると何故か乗馬クラブだった。


驚いて馬車の外で待つクリフを見る。

「お嬢様、お召しになっているジャケットの胸元のマークはこちらの乗馬クラブのものですね。ここは、ダンフォード侯爵家が立ち上げ当時に出資していると伺っております」


話が見えずに「はぁ」と力無い相槌をうつ。


「お嬢様、本日は結婚式参列前に乗馬を嗜まれるのでしょう?さあ、ご案内しますよ」

クリフはにこにこと、親切そうな顔でクラブハウスを指差した。


「いえ。あの、私は……」

予想外の展開にうまい断り文句が見つからない上に、クリフから醸し出す圧に負けて、馬車を降り、クラブハウスに入った。


乗馬なんてしない。

だから、数回前は小指をぶつけて酷い思いをしたのだけれど。

狼狽えている私に気が付かないクリフはテキパキと受付を済ませている。


すると、奥からスタッフジャケットを羽織った若い女性が出てきた。

乗馬用の帽子を被り、ダークブラウンの髪は後ろで一つに束ねているが、その帽子を脱いで、膝をつき丁寧なカーテシーをした。


「本日はご来場頂きましてありがとうございます。ダンフォード侯爵様は立上げ時に、このクラブハウスを建築なさって、更に土地の無償提供をしていただいております」


お父様が乗馬クラブを支援しているとは知らなかった。

「侯爵様のお陰で。こちらは、王都でも最高級な乗馬クラブとなっております。この度は、その侯爵家のお嬢様にいらっしゃって頂き、誠に喜ばしく思っております。ではご案内いたします」


この女性も有無を言わせない。

何も言えない私は、後をついていくことにした。


豪華なクラブハウスを抜けて、厩舎に向かう。

「では、初めて乗馬を行いますお嬢様にぴったりの馬をお連れいたします」

女性が厩舎に入って行った。


今のうちに隠れてしまおうかしら。

乗馬をして、また小指をぶつけては困るわ。

後ろを向いた時、こちらに歩いてくる男性と目が合った。


リュック・ラブラジュリ公爵子息だ!

あれ?

ルアーナ・ラブラジュリ公爵令嬢は昨日、馬車に暴走馬が突っ込んだせいで事故にあって、今日結婚式をおやすみされるはずよね。


28回目の今回は、何もしていないから、事故は回避できていないはず。

何故ここにいらっしゃるのかしら?


思わず話しかけそうになった時だった。

「ダンフォード侯爵令嬢様、今日、騎乗いただく馬を選びました」

厩舎から先ほどの女性が馬を引いて出てきたようだ。

馬の足音と女性の足音が背後から聞こえる。


危うく、自分よりも爵位の高い方に話しかけるというマナー違反を犯しそうになっていた。

知り合いでもないのに、ましてや異性の高位貴族に話しかけるだなんて、眉を顰める行動だ。


一度深呼吸をしてから、振り返る。

「ありがとう。あの、わっわたくしは今からどうすればいいのかしら?」

軽率な行動を取りそうになっていたので、動揺して声が上ずった。


私達の横をラブラジュリ公爵子息が通り過ぎていく。

女性は一瞬黙って会釈をしてから、真新しい乗馬用の帽子を私に手渡してくれた。


「ドレスで乗馬する時のレッスンを受けたいの」

「かしこまりました。では、まず、馬の乗り方から学びましょう」


厩舎の横で、まず乗り降りのレッスンから始まった。

目の前の広い馬場では、ラブラジュリ公爵令息を含め、3人くらいが馬を走らせている。



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