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東京にて

 東京へは私も同行した。やはりというべきか不死原とのグリーン車での優雅な旅。まさか今日、東京に戻ることをするなんて思いもしなかった私としては複雑である。

 ほぼ日帰りというか片道の旅なので私は身軽だが、不死原はPCやら機材が多いために出張する会社員くらいの荷物となっている。とはいえ軽くて柔らかい感じの細い黒のストライプの入ったサマージャケットにブルーのインナーと白いパンツとサラリーマンではない着こなしをしている。バックもよくよく見てみたらブランド品でそれを当たり前のように使っている。

 車内なので会話が出来ないのでチャットで十一と連絡を取り合う。十一の方が早めの時間の新幹線のチケットを持っていたために先に東京へと到着している。逆に遅らせると新幹線が止まるから元のチケットを活用したという。

 十一は事故の記憶がほとんどないために、事故現場に行くという事に関して躊躇いは全くないようで、本当に旅をしているようで楽しそうである。

『午後まで待てば。天気も回復して観光も楽しめんだけどな〜ほんと台風が忌々しいよ』

 なんてことを言っている。


 十一の事故のあった現場近くの喫茶店。お店が変わったようで、私は十一のいる世界から一年後の同じ場所にある異なる名前の喫茶店に入り、窓際の席に座る。窓も大きく外を撮影してても問題はなさそうだ。十一の方も、店の基本的構造が変わらないために若干角度は違うものの席につき待機している。

 今時は喫茶店でリモートで話をしていても咎められないから助かる。

 こちらが写した現在の風景を見て、「あんま風景は変わってないんだな」と十一は楽しそうである。自分が死亡した場所のそばにいるというのに。

「十一さん、大丈夫ですか?」

 無理しているのではないかと、つい聞いてしまう。

『ん? 何が?』

「いや、ここに来るの怖くないですか?」

 十一は何故か面白そうに笑う。

『俺はあいにく、そんな繊細に出来てないから。そっちの二人の方が大丈夫か? 渉夢そんな表情するな。俺は大丈夫だから』

 不死原は困ったように笑う。

「実はさ、お前の事故の後も、何度かこの通りに来ていたんだ。

 俺にとって、ここはこの世界で最も嫌いな場所になってるよ」

『嬉しいね〜。俺って愛されてる』

「当たり前だろ! 大切な家族で、兄弟以上に兄弟だ」

 早くに家族というものを亡くしてしまっただけに、なんか二人のこういう関係が羨ましいと感じた。二人には心の帰る場所がある。

『渉夢、ヒロコちゃん、カメラの角度はこんな感じで大丈夫か』

 気がつけば十一は私の事を名前で呼ぶようになっている。私は十一が表示させている画面を確認する。

「いいと思います」

「いや、もう少し左で【le()onzième(オンジエム) cadeau(カドー)】の看板も入れてくれ」

 不死原は窓の外に見えるフランスのチョコレートショップの看板を少し睨みつけるように指示を与える。その看板が吹き飛び十一を殺した。

 この場所で十一よりも不死原の方がナーバスになっているように見える。いつもより陽気に十一が振る舞っているのは自分のためというより、こういう不死原に気を遣ってなのかもしれない。

『そろそろだな』

 十一の声。東京では震度三程度なので地震警報アラームはならないようだ。そして東京だとそれくらいの震度では誰も騒がない。

 十一から送られてくる映像の中で、雨は横殴り状態で木々も激しく揺れかなり荒れた天気になっているようだ。問題の看板も激しく揺れている。

 十一時十分過ぎたあたりから何か外れたのか揺れ方がより大きくなる。十一時十一分になり看板は外れそのまま回転しながら勢いよく飛び少し離れた地面に突き刺さった。その瞬間地面から謎の光が放たれる。電飾の入った看板でもないというのに。

 被害を受けた人はいないものの、画面の中で、人が大騒ぎになっている。チラリと横にある十一のウィンドウに視線を向けるが、意外と冷静な顔で窓の外を見ている。

『見たか? 同じような光でてたな』

「ああ」

 私は現場の映像の方に視線も戻す。遠巻きに落ちて地面に刺さった看板を見つめ呆然とした人たちの様子が見える。

 ここで同じ事故に巻き込まれた可能性がある佐竹さんを見つけられるかと思って探してみたが、そう甘いものでもないようだ。

 結局この現象のもう一つの共通点らしきものが見つかっただけで、あの光が何なのか? ただ一つ謎が増えただけだった。

「で、どうする? 東京に来たんだ、何か旨いものでも食うか?」

「いや、ついでにニシムクサムライ零のあった場所と、竜巻のあったタワーマンションに寄ってみる」

 確かに、過去に七月十一日に似たような死亡事故が起きた場所は気になる。

「あ? 俺も行くか?」

 十一の言葉に不死原は顔を横にふる。

「いや、そっちは台風で大変だろ?」

「ヒロコちゃんは?」

「気になるので行きますよ!」

 不死原は眉を寄せる。

「体調が悪くなったら、我慢しないでいってくださいよ」

 余計な話をしたことで、不死原を過保護にさせてしまったようだ。

 私は笑顔を作り頷いた。

 

 ニシムクサムライ零のあったのはジャックスマイルという商業施設。ニシムクサムライというのは全国にファミリーレストランを展開しているサムライ株式会社がおしゃれな居酒屋として展開させてきた店の名前。全国に十一店舗あり、零は期間限定に夏のみオープンするビアバー。

 六年前に作られていたのがこのジャックスマイルのイベントスペースだった。ここは四つの建物に囲まれたガラス張りの空間で、よくいえば陽光に照らされて明るく、悪くいえば眩しく日光が肌に痛い空間。

 今年はハワイアンショーなど様々なステージイベントが行われっているようだで悲劇があった場所なんて空気もない。

 落下してガラスを突き破り人を串刺しにしたという事故を起こした四方の建物にある壁飾りは取り外されていて、壁画に変わっている。

「なんていうか、普通ですね」

「そうですね」

 そこで私たちはなんとも間の抜けた会話をする。

 時間も経っているし、ここで事故の痕跡を見つけるというのは難しそうだった。

 むしろそういうものをできる限り排除したのが今の能天気なこの状況なのだろう。

 誰も六年前のことなんて気にしていない。

「あの、少し気になったのですが。ここのジャックスマイルのジャックってトランプのジャックの意味なそうです。

 つまり十一。そしてニシムクサムライ零とコラボしたのもここの十一周年記念でした。

 なんか十一という数字に付き纏われている感じで。気持ち悪いなと」

『だから、ウチの関連した事故が多いってか? 迷惑だな!』

 十一の声がイヤホンから聞こえる。確かに名前が理由でこの現象に巻き込まれているのなら、彼の一族にとって迷惑極まりないだろう。

「なるほど、それで残刻にぶつかってきたあの看板のお店の名前も……」

(le)一番目の(onzième)贈り物(cadeau)ってか。とんだ贈り物だ』

「ヒロちゃん!」『ヒロコちゃん。他にも何かご意見が?』

 私は同時に二人の声で名前を呼ばれ戸惑う。

「ヒロちゃん、やっと見つかった良かった!」

 振り向くと元彼である古井重男が立っていた。探していたという言葉に一瞬喜びを感じるが、目の端にイベントスペースにあるイベントスケジュール表に【ヒューチャー】という彼がいるお笑いコンビの名前が書いてある事に気がつく。たまたま私を見つけただけだろう。

 なぜこの男はこんなに嬉しそうに声をかけてくるのか?

「まだ怒ってる? 謝るから許してよ」

 黙ったままの私に焦れるように言葉を続ける。

「怒るも何も、なんとも思ってない。貴方とはもう何の関係ないから」

 私はそのまま去ろうとすると腕を掴んでくる。

「待ってよ! 戻ってきて! ヒロちゃんがいないと俺ダメなんだ」

 私は掴まれた手を振り払ったの同時に、不死原が間に入り引き離してくれた。その衝動で古井は弾き飛ばされる。

「母ちゃんまだあまり動けないから、婆ちゃんの介護やれって言われるし……賀古は俺を突き放そうとしているし……お願い助けて!」

 床に倒されて身体を起こしたことで土下座のような姿勢で古井はそう叫ぶ。

 あんな別れ方をして、こんなところでこういうことを言ってくる相手が気持ち悪く恐怖すら感じる。

 不死原が守るように前に立ってくれていることで冷静になる。

「助けてという言葉、鼻から何もしてないアンタにはその使う権利はない。

 第一貴方と私はもうなんの関係もないの。無関係の人の家族の世話をする義理も義務もないでしょ」

 なぜ私の言葉にショックを受けた顔をするのか? この男は。

「やり直そうよ! 謝るから」

 古井の言葉になぜか私より大きなため息を不死原がつく。

「君さ、私の婚約者に変な事で絡むのやめてもらえませんか?

 もう貴方にこれ以上関わってもらいたくない。

 それに許して欲しいから謝る? 何ですか? それ。

 普通は、謝罪は謝意の気持ちを相手に誠意をもって示すもので、赦免を相手に求める行為では無い。

 幼稚園で習いませんでしたか?」

 突然会話に入ってきた不死原に戸惑う表情を見せる古井はチラチラと助けを求めるようにこちらを見ながら口を開く。

「シャイって、俺は恥ずかしがり屋じゃないから」

「謝罪の気持ちという意味です。

 そもそも介護が大変というならば、プロの人を雇って任せればいい」 

「そんな人に頼むお金がないし」「ならば、身内である貴方が頑張るしかないですよね。他人である彼女を巻き込まないでください」

 そう言い放って不死原は私の腰の手を回して、この場から離れるように促してくれた。

 追いかけられるかと警戒したが、古井の相方である賀古がきて、止めてくれている。賀古の口が私に向けて『コイツが本当にゴメン』と動くのが見えた。なぜ無関係な彼の方が申し訳なさそうにするのだろう。私は目を逸らし振り返ることもせず出口へと向かった。


 賀古とは、古井と別れた後に一度だけ話をしたら。私達が喧嘩したと思い仲裁の為に動いていた。

 私は彼に八つ当たり気持ちもあって、古井の散々私にしてきた行動ぶちまけた

 私の言葉に相手の顔が見る見る怒りに染まっていく。

『アイツ、佐藤さんにそんな真似を? 佐藤さんの為に頑張ってるって昔いってたのに……』

 昔はそんな風な事言ってたなと他人事のように思い出す。

『勝手につかったお金を請求しないで別れただけ優しいと思って欲しい』

『ごめん佐藤さん。すぐ側に居ながら何も気付けてなくて。俺も佐藤さんに甘えていた』

 目の前で頭を下げる男に私は首を横に振る。

『いいよ。気にしなくて。もうどうでも良い事だから』

 何でだろう。賀古にそんな顔させるつもりはなかったのに、周りの人の反応を見ているとアイツだけがおかしいのがよくわかる。


 ジャックスマイルの建物から出てすぐ不死原はタクシーを止めた。それに二人で乗り込む。とにかくここから離れたかったから、助かった。

 私はタクシーの後部座席でフーと息をはいた。

 


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