世界の中心へ
怒りでなのか、気持ち悪さからくるもか、手が震える。その手の震えを止めるかのように不死原の掌が私の手を包む。
「申し訳ありません、余計な口出ししたようで。
ああいう輩は男には弱いから
そして基本貴方のような存在に甘えている。だから貴方がどんなに正論を言っても届かない」
不死原の掌の温かさに少しづつ気持ちも落ち着いていく。
「いえ助かりました。そしてお恥ずかしいところを見せました」
「恥ずかしいのは、あの男で、貴方ではない。
勝手に婚約者を名乗って申し訳ありませんでした。でもそのくらいのこと言った方がインパクト与えて、黙ってくれるかなと」
こういうところは本当に紳士だと思う。言葉も行動も。
「おかげで少しスッとしました」
フリーターに近い生活をしているお笑い芸人にとって、元彼女が自分を忘れてなんか雰囲気のあるイケメンな男と婚約しいていたというのはそれなりなショックも与えられただろう。
「ならば良かった」
不死原は優しく笑った。
『さすが渉夢くんはやること男前だね〜。
でも婚約者発言が本家の奴に伝わったら偉いことになってたぞ』
茶化す十一の声に不死原は苦笑する。
「あそこにウチの関係者はいないだろ。 バレたとしても、明日になれば無かった事になる」
『確かに。
仮初の婚約者ってか』
明日になれば無かった事になることでも、私が彼氏に言いたかったことを全て言ってもらえたという事で私はスッキリしていた。
『しっかし、ヒロコちゃんすっげえ良い男の趣味してんな。ダメンズ好き?』
「あんな男でも昔は優しく可愛かったの! でもとんだモンスターになってしまった。だから捨てたの」
そう昔はもっと無邪気で優しかった。いや、寧ろ高校時代から精神的に成長していないから問題なのだろう。そして甘えん坊に狡さが加わってしまった。
『さいですか。つまりダメンズメーカーってわけか』
「私はあの男の母親ではない。そういう言葉は製造元に言って」
そう言ってみたが、その母親は呑気な方ではあったが悪い人でもなかった。
別れたあと丁寧な謝罪の手紙が来ていた。私が介護などで病院に送り迎えした時のタクシー代等を立て替えていた分のお金を息子にあずけたら、それをヤツが全て臨時収入としてパクっていた事に気が付いたようで現金書留封筒の中にその手紙はあった。
『ヒロコちゃん、結構色々先回りして考えて動くタイプでは?
それって甘ちゃんタイプの男を増長させるよ』
確かに昔は優しく周りへの気遣いもできる人だった。
大学の時にアイツは私の家に転がり込んできてそのまま居着いた。私は家族がまた出来たようで嬉しくて全力で面倒を見た。
彼を否定せず肯定し続け受け入れつづけた。でもそれがダメだったと言うのか? 私に甘えるだけ甘えて一方的に頼り求めてくるだけのモンスターとなっていた。
十一は不死原に怒られて黙ってくれた。
そのまま三人とも無言のままタクシーは七年前の事故現場へ向かっていく。
私はあの男と別れた時のことを思い出す。
一人で緩和ケア病棟の見学を済まし、重すぎる足取りでマンションに帰った私。
肉体的にも精神的に疲れ果てていて、もうベッドでそのまま倒れ込みたいくらいの状態だった。
そんな私の寝室で出迎えたのは、知らない若い女の子と裸で抱き合っているヤツだった。
「え! なんで? ヒロちゃん。会社じゃなかったの?」
驚き慌てるヤツに怒りを通り越して私はもう何も考えられなかった
「病院に行ってたからね」
棒読みの台詞のような言葉を返す。
「え? 体調悪いの? 大丈夫?」
何素っ裸で、こっち呑気に寄ってきているのだろうか? 後ろの女の子の方がまだ空気を読んで慌てて服を着ている。
「ここは私の家なの。人を勝手に連れこむなと言ってたよね?」
コイツは勝手に私の家に友達とか呼んで飲み会して汚すだけ汚してそのままにしてきた。怒ったら『もうしないから』と謝って終わりでそれの繰り返し。
浮気をしていたのは気がついていたが、流石にここに連れてくることはしていなかった。
「ごめん、怒ってる? あっこれ、浮気じゃないから、ちょっとした……遊びだから」
後ろで聞いている女の子もこの言葉にムッとしている。
「関係ないよそれが友達だろうと、浮気相手だろうと。あんたが約束を破ったということが問題だから。何度も言うけどここは私の家なの! あなたか荒らして許される所ではないの!
まず、服を着て!」
慌てて服を着出す重男。私は足元に放り出されていた重男のカバンを手に取りそこに付いているこのマンションの鍵を外してポケットにしまう。
そしてオロオロとしている女の子に向かって微笑む。
「貴方にコレあげる、こんな甲斐性無しのだらしない男だけど。さっさと持って帰ってくれない?」
「え、待ってよ、捨てないでよヒロちゃん」「さっさと出ていって! 金輪際私の前に現れないで」
相手の女の子の方が私の気持ちを理解してくれたようだ。渋る彼氏を連れ出してくれた。私は玄関の鍵だけではなくチェーンもつける。
私はベッドルームに戻りそこで一人叫び声をあげた。
汚れた寝具を全部ゴミ袋に入れて口を縛る。そしてあいつが汚したリビングも同じようにコップも何もまとめてゴミ袋に放り込んでごみ収集場に持っていく。
ネットで纏めて注文したドリンクの段ボールの中身を出して、そこにアイツの荷物を全て詰めて封をした。宅配の引き取りに連絡してそれをすぐにアイツの実家へと送り帰した。
私にとって何よりも大切な家族との思い出の詰まった家。私の唯一帰る場所。それを穢されたことが許せなかった。あの男を切り捨てる踏ん切りとなるには十分な理由だった。
そして大切だったこの家を処分する事にも躊躇いはなくなった。
私がもの想いに耽っているうちに、タクシーはタワーマンションMedio Del Mondoへと到着した。
建物の名前は「世界の中心」という意味ならしい。
大きな交差点の各コーナーに聳え立つ四つのタワーマンション。ゆるく捻れるようなタワーの構造も不思議なのだが、その四つのマンションを繋ぐように配されたペデストリアンデッキも曲線を多用したデザインで、トータル的になんとも未来的。異次元にきたような錯覚をうけた。
そしてここも七年前ということもあるのだろうが、事故の痕跡なんて何もない。ただ普通でないインパクトを与える建造物が私たちを圧倒してくるだけだった。真っ青な空だけに、白いタワーマンションをより浮立たせ私達を囲むように見下ろしている。
「なんかすごいデザインのマンションですね」
私は半ば唖然として上を見上げてしまう。
『そこはいわゆるデザイナーズマンションで日廻永遠という建築家のデザインらしい』
私たちが移動中に調べていたらしい十一がこの場所の解説を入れる。
「こんなところ どんなオシャレな人が住んでいるんだろ」
私の呟きになぜか不死原は笑う。
『あらら、ここもかよ』
「残刻、どうした?」
不死原はマンションの写真を撮りながら私にはツッコまず十一に話しかける。
『別に〜』
「勿体ぶらず、さっさと話せ!」
不死原と十一の関係の面白いところは、残刻の方が豪胆で強引な性格で不死原を引っ掻き回しているように見えているが、力関係で言うと対等のようで少し不死原の方が強い。
『……その建物のある場所って、富士見十一番街という商店街があった場所だとさ。大きな道路を通す為にそこを丸々ぶっ壊し区画整理したその場所に作られたらしい』
「また十一か……本当に気持ち悪いな。その数字に付き纏われているようだ」
不死原は大きくため息をつき、嫌になる程晴れ渡った空を見上げる。
もう炎昼の時間。私たちに容赦ない陽光が降り注いでいる。
「少し休みましょうか?」
そう言って不死原は私をマンションの二階にある喫茶店に誘った。
クーラーの効いた店内は心地よく。色々あって騒ついていた私の心も少し落ち着く。
パソコンで十一と繋ぐと、十一はこちらの映像を観て何故かニヤリと笑う。
『おぉ〜ビンゴ!』
そう言って自分もパソコンをくるっと回すと私たちの前に広がっているのと同じペデストリアンデッキが見える。
どうやら同じ喫茶店の窓際のカウンター席に十一は座っているようだ。そしてパソコンを自分の方に戻すと十一の背後に私達が座っているソファーが見える。当たり前だがそこに私達はいない。
『最初の喫茶店からタクシー飛ばしてきたんだ! ここの建物に興味あってな。こっちはまだスッゲー雨でマンションがしっかり見られなくて残念。なんか空き室もあるみたいだから見学してこようかな』
楽しそうに不死原と話しをつづける十一。なんで十一はこの問題に対してどこか無関心なのだろうか?
今回の東京行きも調査の為という意志を何処か感じられなかった。旅を楽しむスタンスである。
『斬新で尖っているようで、実はとても合理的でそこの空間においては自然なデザインなんだよな』
今も日廻永遠という建築家についての話題を楽しんでいる。この建築家の作品がいたく彼の感性に刺さり気に入ったようで熱く彼について語ってる。
『会ってみたいな~。コイツに』
私はアイスティーを飲みがら、不死原のタブレットを借りて一人調べ物をする。
しかし集中出来ない。先程の、出来事のせいで。
二人は会話に夢中なようなので、ソッと私のスマホで検索をする。
【ヒューチャー】と。
別れてからは情報を追いかけていない。と言うか遮断していた。
驚く事に前よりかは、テレビでの露出も増えて人気はでてきていたようだ。
しかし最近は賀古と古井は別々に仕事する事が増えてきていた。というか賀古が一人活躍している。
貧乏レシピも本を出版したりレポーターなどの仕事をするようになっている。
一方、古井は集団ライブの仕事とドッキリに仕掛けられる感じの仕事のみ。
YouTubeで古井のクズネタが増えて来ていたのはゆるクズキャラで名前がでてきたので、それでより売り出していこうとしていたのだと勝手に解釈していたが、賀古が古井を見切ってきたというのもあったようだ。
あのYouTubeの【重大なお知らせ】は本当の賀古から古井への最終通告だった。
そして古井はその賀古の問い掛けに答えられなかったのか、甘えからなんとかなる思い答えようともしなかったのか……来月解散。
キッカケを作ってしまったのは私かも知れない。しかし完全に古井の自業自得。
ふと視線を感じ顔を上げると不死原と目が合う。
「それってさっきの男? 芸能人だったのか」
「ええ、売れないお笑い芸人。今日あそこの舞台でライブする予定だったようです」
不死原は顔を顰める。
「仕事先であんな騒ぎ起こしていたのか?! 信じがたいな」
プロの画家として、経営者として仕事をしている不死原からしてみたら信じられない姿なのだろう。
「まあ、来月解散するみたいなので、ある意味問題ないにでは?」
私は苦笑する。
『あらら、夢破れて引退?』
十一が茶化すような声を出す。
「さあ、相方の方は色々ピンで仕事しているみたいだからやっていけるでしょうけど……」
私としてはもう知った事ない。
『厚かましさってフリーで仕事する人間にはもっていて悪くないスキルなんだけどね~』
「バカで図々しいだけと、人から嫌われ干されるよ。才能あったとしてもな」
不死原は息を吐く。彼にとって、古井はかなり許し難い存在だったようだ。嫌悪するように眉を寄せる。
『ねぇ、ヒロコちゃん。もうお仕事終えて、飲みに行かないか? 港区に四十二階の高層から東京タワーとか見ながら昼間から飲める良い店があるぞ!
この店! そっちでもまだやってるかな?』
店の情報を飛ばしてくる。
「東京タワーって、お上りさんですか……」
今少し心が荒んだ状態だったからか、そんな言い方をしてしまう。
『俺たちは田舎モンんなの実際。だからそういったモノを見るとテンション上がって楽しい。
それに東京タワーって東京の人の方は結構行ってない人も多いとがいるって聞くけどその辺どうなの?』
そういえば東京タワーに行ったことない事に気がつく。
「確かに、スカイツリーの方は行ったのに……」
「ならば、行って登りますか? 残刻そちらの天気はどうだ?」
『ん~晴れ間が少し見えてきたかな?
おぉ、マンションがよく見えるようになってきた! なかなかスゲェな』
結局その後は三人で東京タワーを登ることにした。確かに何も考えず観光客的なことするのは楽しかった。
タワーのマスコットと写真撮影して展望台に登る。高いところからの景色は天気も良く気持ち良いものだ。
ただ、展望台で下が透けて見えるところに立つと足が竦む。その様子を見て不死原に笑われる。
「もしかして高所恐怖症?」
私は恐怖症まではいかないと認識していたが……。
「いえ、高い所から景色とか眺めるのは好きですよ。
ただこうして見下ろすと言うのは怖くないですか?」
「そう?」
不死原は首を傾げる。この男はバンジーでもするかのように躊躇うこともなく飛び降りたことを思い出す。
『そんなんでよくあの崖から飛び降りよぅなんて思ったな』
十一の笑い声が聞こえる。
『お前にはバンジーとか向いてないよ』
周りの人の視線があったのだろう。そう誤魔化している。
十一から送られて来る写真を見ると、あちらも雨は止んできて天気は良くなって来ているようだ。むしろ雲間から見える太陽の光がドラマチックな風景を作り出している。
やはり芸術家だからだろうか? そういうスナップ写真も素敵に思える。
隣の増上寺にも行き並ぶ風車を回しながら千躰子育地蔵尊の圧巻の光景を楽しむ。
まるで人気のオシャレなテレビドラマのような時間を楽しむ。午前中の昭和のようなクズ男とのグダグダとなり崩壊した恋愛の世界とは同じ繋がった世界の話とは思えない。
その後十一オススメというバーで私の誕生日パーティーを楽しみ、アルコールで火照った頬を夜風で冷やしながらライトアップされた東京タワーを見上げながら二人に笑顔でお礼を言った所でこの日は終えた。




