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元Sランク冒険者は、新人!?冒険者として、お一人様を満喫したいそうです  作者: 枝豆子
第10章:神の名が揺れる街でーーヴァルハラ編

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213 ヴァルハラへの祈りと揺らぐ絆と私

 エンジュの小さな唇から紡がれる歌は、小さな細波のように静かに打ち寄せてくる。ヴァンを胸に抱くアリオスすらも、エンジュから目を逸らすことが許されない。私とアリオスが繋がる首筋の刻印が、エンジュの歌声に合わせて共鳴し始めた。



 エンジュは、生まれたことへの感謝を紡ぐ。

 エンジュは、守られてきた日々への感謝を捧ぐ。

 エンジュは、光を与えてくれた存在への感謝を唄う。

 エンジュは、迷いの中で導いてくれた存在への感謝を肯定する。

 全てが、ヴァルハラ神への感謝を表現していた。

 歌の全てが、ヴァルハラ神への祈りとなる。



 金と銀の祝福が、中庭から教会全体へ大きな波となりうねり始めた。私と繋がるアーくんの動揺が魔力を通じて胸を騒つかせる。



 ダメだ……。止められない……。



 私の胸の鼓動が警鐘を鳴らす。そして、歌の終わりと共に、金と銀の祝福がヴァルハラ教会を包み込んだ。



「ガル!」

『あおーーーーーーーーん!』



 毛むくじゃらは、アリオスに声をかけたと同時に、大きな声で中庭が震えるほどの遠吠えをした。



「きゃあ!」

「エンジュちゃん!」


突然の出来事に、歌い終えたエンジュが驚いて小さな悲鳴をあげた。そしてそのエンジュを守るようにリオが覆い被さり、慌てて駆け寄った私を鋭い眼光で睨みつけた。



「リオ! 違う!」

「リオ……ちゃん?」



 突然唸り出したリオに戸惑うエンジュ。エンジュの歌は、素晴らしかった……でも、その歌は歌ってはダメ。世界の全てが塗り替わる。



「ヴァン! おい、ヴァン!」

「ヴァン君!」



 背後で叫ぶアリオスの声に、ハッとして私は振り返った。必死にヴァンを揺さぶりながら呼びかけて続けるアリオス。私は、急いでアリオスに駆け寄り、アリオスの胸からヴァンを奪った。



 ヴァンの赤い瞳にかげりが現れ、虚な目は私と視線が重ならない。赤い瞳からは遮ることすらできない涙が頬を伝って溢れていた。



「ヴァン君! ダメ、帰って来て! そっちじゃないよ!」



 私は、ヴァンに思いっきり自分の魔力を流し始めた。アリオスからでは間に合わない、私の本能がそう感じたため、アリオスの腕からヴァンをもぎ取った。



「私……私……」

「エンジュちゃん! 違うよ! エンジュちゃんが悪いんじゃないよ!」



 戸惑うエンジュの声に、思わず大きな声で否定してしまった。エンジュの歌のせいで、ヴァンに異常が現れた……そう思っても仕方がないかもしれない。だけど、エンジュのせいじゃないんだよ!



 私と交代するかのように、今度はアリオスが、唸るリオに呼びかけ始める。アリオスの側には毛むくじゃらもピタリと寄り添っていた。あのアーくんでさえも、アリオスのそばへ駆け寄った。



 エンジュを守るようにアリオスたちを威嚇しながら右に左にと移動しながら唸るリオ。



『わふっ!』

『ホッホー!』



 毛むくじゃらとアーくんが、リオに向かって一斉に飛びついた。



 敵じゃない、敵じゃない、敵じゃない!



 そうわかってもらうため、リオを押さえ込むように、毛むくじゃらとアーくんが自分たちの身体を擦り付けるように訴えている。



「リオ……おまえの名前は、リオだ。モナリィから貰った大事な名前だ。思い出せ、リオ!」



 アリオスもリオに呼びかけ始める。私も必死にヴァンに呼びかける。



「ヴァン君! あなたの名前は、ヴァン! 私がママで、アリオス師匠がパパ! ヴァン君、私の魔力に応えて!」



 私とアリオスの首筋に刻まれた刻印が強く共鳴し始める。白く輝く私の刻印。黒く輝くアリオスの刻印。金と銀の祝福が降り注ぐ中、私とアリオスは、共に魔力を解放した。






「……ア……アルお姉ちゃん?」



 うっすらと赤い瞳が、私の視線と重なった。そして、可愛らしい唇がわずかに動き、少年ヴァンが私を呼んだ。



「ヴァン君? 覚えてる? ここが、どこかわかる?」

「お歌……聞いてた……」



 私にぎゅうっとしがみつくヴァンに応えるように強く抱きしめる。



「リオちゃん……私は、大丈夫だよ……」



 ヴァンの意識が戻り、少し落ち着きを取り戻したエンジュが、リオに優しく呼びかける。そして、唸り続けていたリオも、徐々に身体の力が抜けていき、ぽてんと転がって、毛むくじゃらとアーくんに大きなお腹を見せて降参のポーズをした。だけど、リオの視線の先には、エンジュがいた。



 戻ってきたヴァン、そしてリオを見て、硬直していた身体の緊張が、一気に溶けていく。きっと、エンジュも驚いたはずだ。だけど、今日は、ゆっくりと休んだほうがいい。



 私は、エンジュに微笑みかけ、ゆっくりと柔らかく語りかける。



「エンジュちゃん……今度、全部を話すよ……だから、絶対に今日のこと、自分を責めたらダメだよ」

「アルお姉様……私……」

「うん、エンジュちゃんは悪くない。だけど、エンジュちゃんは、知る必要がある。だから、全部話すよ」



 コクンと静かに頷くエンジュ。その様子をアリオスが複雑な表情で私たちを見ている。無事、リオも冷静になった。だけど、アリオスが強く握りしめた拳がわずかに震えていた。




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