209 残滓と優しい涙と私
モナリィとリズ、ジュジュの顔合わせが無事終わり、それを見届けたバートがイッチに声をかける。
「イッチ、それじゃあ俺たちは魔導具たちのメンテナンスといきますか」
「おうおうおう! 久しぶりに見て、オイラの技術に驚くんじゃねえぜ!」
「魔導具たち」だって、バートらしいといえばバートらしい。錬金術師たちの魔導具愛が込められた発言に思わず笑ってしまった。「ウルセェ」と少し頬を赤らめて、バートとイッチが私たちのそばを離れていった。
モナリィたちもどうやらヒーラーの訓練を始めるようで、リズと手を繋いだモナリィが、私たちに手を振ってから食堂を出ていった。
「ふむ……リズは、水色。ジュジュとやらは、緑だのう」
アリオスに抱っこされたヴァンが、ちびっ子らしくない顎を擦る仕草をしながら、ポツリと呟いた。
「ん? ヴァン君、水色とか緑ってなあに?」
「あ、アルお姉ちゃん! 僕ってほら、ヴァンパイアだからさ、その人の持つ魔力の色が見えちゃうんだ」
ぷにぷにほっぺで首をこてんとさせて、サラリととんでも発言をしちゃうヴァン。アリオスが、ほっぺをむぎゅっと抓る。
「アリオス……お主、加減というものを考えよ……意外と痛いぞ」
赤い瞳でジロリとアリオスを見上げ抗議の言葉を吐くヴァン。相変わらずの二面性幼児は健在だ。ヴァンを宥めるため、ヨシヨシと頭を撫でれば、きゅるんと笑顔を私に向ける。
「ここで話すのもなんだから、俺たちも外へ出よう」
確かに、サラリと『ヴァンパイア』だと暴露しちゃうヴァンだ。このままだと子供たちの前で、領主であることやヴァルハラ神であることもツルツルお口から滑っちゃうかもしれない。
ヴァンを抱っこしたアリオスと手を繋ぎ、私たちもお散歩がてら孤児院を後にした。
向かう先は、マローの冒険者たちが眠る石碑の前。私が、自暴自棄になり落ち込んだ時にアリオスが連れて来てくれた場所だ。心半ばで倒れた冒険者たちが帰ってくる場所、鎮魂歌の刻まれた人通りのない場所にひっそりと建てられた大きな石碑だ。
「えへへ……久しぶりだ」
「そうだな……あん時は大泣きしやがって」
「そ、それは……忘れてください」
アリオスから私の黒歴史の一つを不意に言われ、思わず頬が熱くなる。だけど、あの時私をここに連れて来てくれたから、私は、私を見つめ直すことができた。
「確かに……ここは、懺悔や後悔の念に包まれた残滓が多いのう……」
赤い瞳を静かに閉じて、少年ヴァンが胸に手をあてる。
「その悔やみ薄れるまで我の中で眠るがよい……」
「ヴァン君……」
ヴァンの呟きを聞き、慌てて声をかけるも私たちの周りを渦巻く風が、ヴァンの中へと吸収されていく。優しすぎるヴァンパイアは、いつもこうやって我が子だと愛する住人たちの、死しても残り続ける思いまで掬い上げてしまうのだろうか。
風が静かに止み、ぷにぷにほっぺの少年が、静かに赤い瞳を開けた。私は、ヴァンの両頬を両手で添えて、ぐいっと自分へと顔を向けさせた。
「ヴァン君! 絶対にダメだよ こんなことしちゃダメ!」
「お、お姉ちゃん……怒ってるの?」
戸惑う赤い瞳ををじっと見つめ、私は首をふるふると横に振った。
「怒ってない……怒ってないよ、ヴァン君」
「じゃあ、お姉ちゃんは……どうして泣いているの?」
「ヴァン君……全部一人で背負わなくていいの。彼らの無念も後悔も……遺された私たちが、みんなでその想いも受け継いでいくの」
大きく赤い瞳を見開いたヴァンが、そっと私の顔におでこをコチンとあててきた。
「お姉ちゃん……アルお姉ちゃんの魔力の色は、とても綺麗だね」
「えへへ、私の魔力の色って綺麗なの?」
「うん! パパがいなかったら、僕のお嫁さんにしたかった」
「ぶはっ!」
うむむ? パパ……?。魔力の色や、石碑に眠る冒険者たちの魂について話してたと思ったけど? お嫁さん? 最近のヴァンパイアは、結婚とか興味あるの? ヴァンのお嫁さん発言に困ってアリオスを見上げると、ギチギチとヴァンの頭を握り始めていた。
そうだ、アリオスがパパで、私がママだった。すっかり忘れていた設定を思い出し、ニヤリと笑った。
「そうだね、ヴァン君! ママは、パパのものだから、お嫁さんにはなれないなぁ」
「ちぇ……パパは、ズルイな」
「ん!? パパ……パパ……なんか言ったか?」
急にご機嫌になったアリオスが、ギチギチ握っていたヴァンの頭を、モサモサになりそうな程、今度はなでなとなだめ……ではなく、撫でくりまわす。
私の自然なママ役と違って、アリオスのパパ役は、いまだにぎこちない。目尻に溜まる涙を指先で拭い、ヴァンの柔らかいぷにぷにほっぺを指先で突いて笑った。




