208 緊張する花嫁と小さな拳と私
「ふふふーん、ふふふーん」
今日も、今日とて、アリオスに抱っこされてご機嫌に鼻歌を歌うヴァン。ヴァンの歌声にエンジュのお歌を思い出すのか、私の肩でちょこんと座っているアーくんも、ほのかにリズムに合わせて身体が揺れている。
本日、向かう先は、もちろんヴァルハラ教会……ではなくて、マザーが管理する孤児院だ。
「孤児院……我も視察についていくぞ」
ぷにぷにのほっぺを持つお子様姿のヴァンだけど、中身はトランバニアの領主様。住民たちを「我が子どもたち」と愛情たっぷりに見守るヴァンパイアは、孤児院の子どもたちも愛する子どもたちの一人らしい。私は、この優しいヴァンパイアが、大好きだ。
「おや……最近、子守に明け暮れてるって聞いてたけど……噂は本当だったんだね」
「マザー……久しぶりに顔を合わせて、開口一番それか?」
マザーの遠慮のない出迎えの言葉に、ブスッと不貞腐れるアリオス。
「マザー! お久しぶり! 今日は、ジュジュのヒーラーの先生として、私たちの仲間大親友のモナリィを連れてきました」
モナリィが、私の後ろからスッと一歩前に出て、礼儀正しく頭を下げる。
「モナリィと言います。先日Bランクに昇級しました。バートさんの妻として精進して参ります。以後、お見知りおきを……」
「私は、カリーナ。みんなと同じように、マザーと呼んでおくれ。それと、今はただのマザーだから、そんなに肩の力を入れなくてもいいよ……」
背筋を伸ばしたまま頭を下げるモナリィの肩に優しく手をかけて、顔を上げさせる。みんなのお母さんであるマザーの表情はとても柔らかい。緊張しながらもしっかりバートの嫁アピールをするモナリィの度胸も凄いけどね。隣にいるバートは、人差し指でぽりぽりと頬を掻いて、嬉しそうに笑ってる。
「お姉ちゃん!」
「リズちゃん!」
マザーへの挨拶を終わらせた私たちは、孤児院の食堂へ向かった。いち早く私の姿を見つけたリズが勢いよく私に駆け寄り、ドンッと抱きついてきた。
リズは五歳児にも関わらず、大きすぎる魔力が発現した。暴走する魔力を制御することができずに、一人部屋に引き篭もった優しい少女。私が、この孤児院へ来るきっかけになった少女だ。
「会いたかった! アタシね、ジュジュと一緒にいっぱい練習したよ!」
「アルさん、久しぶりぃ。リズは、すごぉく頑張ってたよぉ」
エプロン姿のマザーの孫であるジュジュが、リズの頭をヨシヨシと撫でる。ジュジュは、孤児院でみんなのお兄ちゃんとして、将来はヒーラーになりたいと夢を持つ14歳の男の子だ。
「おうおうおう! 娘っ子! オイラがいるんだ、あったりめぇだろ!」
「イッチ! いつもありがとう!」
ジュジュの肩からひょっこり顔を出した威勢のいい精霊ノームのイッチ。小さいスパナをくるくる回し、ノームの親方顔負けのオラオラ口調。バートの錬金術に惚れ込んで、バートの押し掛け従魔だ。
「イッチ! 孤児院の魔導具のメンテナンスは、問題ないか?」
「おうおうおう! あたぼうよ! オイラだぜ、ちゃんと隅々まで整備してらぁ!」
バートと顔を合わせると小さな拳を突き出して、バートの人差し指とタッチを交わす。ぺちっという小さな音が、可愛らしい。
「あの、バートさんの従魔のイッチさんですね! 私、この度バートさんの妻となったモナリィです!」
モナリィが、イッチの前にぐいっと出てきて、トレードマークのツインテールをピコピコさせながら、早口に捲し立てる。こんなにガチガチに緊張したモナリィを初めて見た……。
「モ、モナリィ?」
私が声をかけると、途端に両頬に手のひらをあてて真っ赤になった。こんなに、テンパったモナリィって……。マザーにも普通だったのに、急にどうしたの?
「だ、だって……バートさんの従魔なら、ご家族も当然でしょう? イッチさんにしっかりと挨拶しなきゃって思ったら……つい」
普段とまったく様子の違う慌てるモナリィを見て、優しく肩を抱き寄せたバートが、手のひらにイッチを乗せてモナリィの正面に連れてきた。
「イッチ……俺の嫁さん! 可愛いだろ」
昔のオドオドしていたバートは、もう何処にもいなかった。アリオス以外は、優しい祝福モードでバートとモナリィを見守る。「ケッ」と舌打ちをするアリオスも本音ではきっと祝福してると思うよ。
モナリィとイッチの初顔合わせも無事に終わり、改めてジュジュにヒーラーとしてのモナリィを紹介した。
「僕、本物のヒーラーから教えてもらえるなんて……嬉しいなぁ。どうぞ、よろしくお願いしますぅ」
少し間延びした話し方が特徴的なジュジュが、明確な強い意志を瞳に宿らせて、モナリィにお辞儀をする。さすが、マザーの孫だということもあり、エプロン姿の優しいお兄ちゃんの意思は固い。
リズもヒーラーの訓練に興味があるらしく、モナリィを上目遣いに見上げた。
「モナリィお姉ちゃん……アタシも一緒に教えてくれる?」
「ええ、もちろんよ。リズちゃん、よろしくね」
引きこもりだったリズの世界も広がっていく。私は、モナリィに二人を託して後ろに下がった。そして、自然と重なり合うアリオスの手のひらに自分の手を重ね合わせた。




