207 酒と揺れる夜と俺
……トン、……トン、……トン。
机の上に積み上がった書類に目を通しつつ、一枚一枚ギルドマスターの承認印を押していく。いくら片付けても、いくら捌いても、一向に片付かない書類の山。最近は、書類に目を通しただけで眉間の皺が増えていく。
「ったく、なんだ……このヴァルハラ教会の御神体増殖ってのは……」
件名が目に入っただけで理解に苦しむ。もともと、冒険者のエルビスにとって、書類整理や報告書関連は一番苦手な分野だ。ただ、ギルドマスターという立場があるため、逃げられない。一人執務室で、ぶつぶつと愚痴りながら承認印を押していく。
「……ヴァルハラ教会の御神体が増えた、嬢ちゃんがそれを隣に並べた……ただそれだけだ」
不意に聞こえてきた静かな低い声にエルビスは書類から視線を外し顔を上げる。
執務室の扉のそばで、壁にもたれかかっている長身の青みがかった銀髪の男の姿が目に入る。エルビスが気が付いたのを確認してから、開けっ放しになった扉をコンコンとノックした。
「アリオス……テメエ、先にノックしろといつも言ってるだろう」
「今した……」
エルビスの反応を了承の合図と受け取って、太々しい表情のアリオスが酒の瓶を土産に執務室へ入ってきた。そしてそのままでかい身体をソファーにドカリと預けた。エルビスの仕事は、アリオスの登場によって強制的に打ち切られた。
エルビスが首と肩を回しながら窓の外を見ると、どっぷりと日が暮れていた。バサリと書類の山を未決の箱へ戻すとギギィと椅子を後ろにひいて立ち上がる。
「それで……俺の邪魔をしたんだから、美味い酒を持ってきたんだろうな?」
グラスを棚から二つ取り出し、ソファーに座るアリオスを見る。
「エルガ村でラルバさんに貰った秘蔵の酒だ! テメエにも分けてやる」
相変わらず素直じゃない言い回しにエルビスも苦笑いをした。
十年前、マローの街へ従魔のガルとやってきた銀髪の少年は、誰にも属さない、拒絶をあらわにした危なっかしい鼻持ちならない少年だった。影と孤独を背負う若い少年を放って置けるわけもなく、煙たがられながらも関わり続けた。
いつしか、酒を酌み交わす関係になろうとは当時は思いもしなかった。
【白銀の翼】から逃げ出し自由を掴むためマローにやってきた純真無垢な少女アルも、守ってやりたい人物だが、孤独なアリオスにも居場所を作ってやりたかった。だから、ジェシカと共にアリオスとアルを引き合わせた。
トプトプと音を立てながら注がれた琥珀色のまろみのある液体に入ったグラスをアリオスが、エルビスに指先でテーブルの上を滑らせた。
自分の目の前で止まったグラスを受け取り、目の前のアリオスに掲げ、ぐいっと煽る。
「くぅ……こりゃ効くな」
「当然だ」
上品な香りだが喉を焼くような純度の高いアルコールが、一気に身体中に染み渡る。口角を上げニヤリと笑うアリオスもエルビスが飲んだのを見届けてからぐいっと一気に喉奥へと流し込んだ。
アリオスは、自分について語らない。だから、エルビスも余計な詮索はしない。だからこそ、イタズラ心が湧いてくる。
「最近は、子連れでアルちゃんと仲良く手を繋いで街を歩いているらしいじゃないか……」
「ぶほっ……エルビス……テメエ」
気管に酒が入ったのかむせ返るアリオスが、年相応に頬を赤らめるのを見て、エルビスはニヤリと笑う。
「テメエとジェシカが、嬢ちゃんにヴァンの依頼をしたからじゃねえか……」
「ふん……だが、オメエが関わる必要はねえだろう?」
ブスッと面白くなさそうに酒を煽る姿を見て、随分と人間くさくなったもんだと思う。アルへの執着だけは、行き過ぎだと思うが、誰にも渡したくない、守りたいという意志だけは強く伝わる。
「まあ、飲めや」
「クソッ……俺が持ってきたんだ」
トプトプとグラスに酒を注ぎながら男たちの夜は更けていった。
暗闇の中ゆっくりとドアを押し開ければ、止まり木に止まった憎たらしい赤い目と視線がぶつかる。部屋のど真ん中には、俺のベッドと天蓋付きの可愛らしいベッドが並んでいる。
「ったく……また、俺のベッドを占領してやがる」
足音を立てないように静かに進めば、ベッドのそばで丸くなったガルが「くーん」と鼻を鳴らした。俺のお姫様は、大きな口を開けて、俺の枕に顔を擦り付けるように眠ってやがる。
ベッドの端からゆっくりと眠り姫を起こさないように体重を預けていく。ど真ん中に眠ってやがるから、俺の方がベッドから落ちそうだ。
エンジュの歌を聴いたヴァン、そしてガルたちの反応を見て、俺の仮説は正しいと確信した。燻る胸の内からか、自分を落ち着かせたいからか、酒を持ってエルビスに会いにいった。
「ハァ……全てはテメエのせいだ」
俺を監視するフクロウ姿の憎たらしいクソ悪魔を睨みつけた。
あのクソ悪魔が、本能で抗えない程の歌声……。ヴァンの歌声への執着が全てを物語っている。
「召喚士……」
ベッドの歪みに気がついたのか、眠り姫がうっすらと瞳を開けて、微笑んだ。
「お帰りなさい……」
そう一言だけ呟くと、俺の胸に顔を擦り寄せて、再び「すぅすぅ」と規則正しい寝息を立て始めた。
エルビスと酒を交わしたにも関わらず、眠気がすっかり抜けていく。
ガルが、パタン、パタンと恒例となった尻尾の音を俺に聞かせる。眠り姫をそっと抱きしめながら、今日も尻尾の数を数え始めた。
どうしてもアリオスの心の揺れをかきたくて、アリオス視点のエピソードを書きました。
いかがでしたでしょうか?




