204 歌姫と精霊と私
押し開けられた扉の隙間から柔らかい日差しが降りそそぐ中庭が少しずつ私たちの目の前に現れた。
扉という障害物がなくなり、エンジュの高く澄んだ歌声が、直接私たちの脳内に語りかけてくる。
星一つ輝くことができない暗闇の中
一筋の風となり小さな光が足元を照らす
光は、色と温もりを育み、全てを優しく包み込む
姿を現すは銀髪の天使
その笑みはどこまでも希望に満ちていた
柔らかな木漏れ日が光のベールになって、歌うエンジュを包み込み、その周りを軽やかに飛び回る風の精霊シルフだけでなく水の精霊ウンディーネまでもがエンジュの歌声を歓迎していた。
「すごい……」
モナリィの唇から紡がれたたった一言の感想が、エンジュの歌声の全てを表していた。
アリオスに抱かれたヴァンは、ようやく聞けた本物の歌声に赤い目を細め、ぷにぷにほっぺの少年姿なのにどこか物悲しくだけど柔らかにエンジュの歌声にお耳を傾ける。
毛むくじゃらとリオが、ゆっくりとエンジュのそばへ近づいていき、彼女の正面に立つとゆっくりと腰を落とし、前脚を前に出して身体を低くして特等席で身体を寄せ合って歌声を聴き始めた。
「……ガル……やはり……そうか」
可愛らしい二匹の従魔の後ろ姿を見て、アリオスが静かに呟いた。毛むくじゃらは、アリオスを置いて動き出すことはない。その珍しい行動にご主人様としてやきもちを焼いたのかもしれない。そのお気持ち、少しわかります。だって、私の肩で止まっているアーくんさえも、ウズウズ、ソワソワしているから。
「アーくん……エンジュちゃんのお歌、おそばで聴いてきてもいいよ」
『ホッホー』
私の許可が嬉しかったのか、小さく鳴いたアーくんが、エンジュのお歌を邪魔しないように静かに羽ばたいた。そして、ぽすんと毛むくじゃらの頭の上に着地して、特等席に加わった。
少し後ろに立つバートたちの方へ振り返れば、大きく口を開けて言葉を失うジューク。そして、モナリィという可愛らしいお嫁さんがそばにいるにもかかわらず、エンジュに見惚れるだらしないバートのお顔が目に入った。
「えへへ……エンジュちゃんの歌声すごいでしょ! 一緒に来てよかったでしょ?」
「……あ、ああ……」
ニヤリと肘で突けば、ハッとしたバートが言葉少なく返事をする。モナリィもこれは仕方ないと呆れた様子で、エイッとバートの肘を抓った。
「精霊が……精霊が、祝福をもたらしている……」
私には、エンジュの周りを楽しそうにシルフやウンディーネが飛び回っているように見えたけど、さすが精霊使いなだけあって、飛び交う精霊の祝福までもジュークには分かるようだ。ちょっぴり羨ましい……。
エンジュの歌が緩やかに終わりを告げ、中庭に静寂が戻ってくる。以前聴かせてもらったお歌より、遥かに上手になっている。
歌い終わったエンジュが、「ふぅっ」と一息ついたのを見て、私はパチパチと盛大に拍手を贈った。
アリオスに抱っこされているヴァンもぷにぷにほっぺをほんのり赤くさせて、小さな手のひらでパチパチ拍手を送り始めると、モナリィ、バート、ジュークもパチパチと拍手を打ち鳴らす。
その様子をマリアベルが、自分のことのように嬉しそうな笑みを浮かべ私たちを見ていた。
ただ、ヴァンを抱っこしているアリオスだけは、少し眉間にお皺を寄せて難しいお顔をしている。抱っこしたままだと拍手ができないから、少し拗ねているのかもしれない。
「師匠……私がヴァン君抱っこしようか?」
ヴァンが嬉しそうにアリオスの胸で跳ねる。
「いや……このままでいい……大丈夫だ」
アリオスのお返事に、ヴァンが露骨にガッカリする。
息を整え終わったエンジュが、手のひらを胸に当てながらゆっくりと瞳を開ける。一瞬目の前の観客の多さに大きく目を開いて驚いていたようだけど、観客の中に私の姿を見つけ、ほにゃりと柔らかい表情で笑った。




