201 魔力と報酬と私
カラン……
モナリィが、右手に持っていた銀のスプーンが床に落ちてカランと跳ねた。モナリィは、右手をお口の前で固定したまま大きく目を開いて固まっている。
アリオスの肩を抑え宥めていたバートもモナリィと同じように大きく瞳を見開いて呆然と目の前のヴァンを見ていた。
霞が晴れると同時に現れたのは、アリオスと同じくらい長身で、長い艶のある黒髪を靡かせた赤い瞳が特徴のヴァン・トランバニア侯爵。モナリィたちを見て、鋭い切長の瞳をパチリとウィンクしてみせる。
「我は、ヴァン・トランバニア……アルの友人ぞ。ヴァンパイア故に魔力供給が必要じゃてアルに依頼をしたまでじゃ」
あぁ……全部、言っちゃった。再びヴァンが霞を纏うとあっという間に元通りの可愛らしい黒髪少年の姿
へと戻った。
「お姉ちゃん……僕、上手に自己紹介できた?」
私の膝にしがみつくように抱きついて、ヴァンから上目遣いに見上げられ、きゅきゅんと可愛らしさに胸がときめく。
「ヴァン君! とっても上手に挨拶できたね」
ヴァンを抱きかかえ直し、お膝の上に乗せてヨシヨシと頭を撫でたら、「ハッ」と息を吹き返したバートとモナリィが一斉に動き始めた。
「いやいやいや……」
「ちょ、ちょ、ちょっと……どういうことよ!」
「……だから、子どもじゃねえって言っただろう」
アリオスの言葉に、モナリィとバートが、呼吸を合わせているかのように同時にアリオスを見た。仲の良い二人は、こんなところまで、呼吸がピッタリだ。
アリオスが、私の側に近づいてせっかく抱き上げたヴァンの首根っこを捕まえ自分の胸に抱いた。そしてそのままドカリと私の隣に座る。
「あの……そのお子さまは……いったい……」
目を白黒させたバートが、恐る恐る尋ねた。
「ああん? お前もさっき見ただろ……トランバニアの領主だ」
「ま、まじか……」
アリオスが、自然と私の手をとって指先を絡めてきた。今日もアリオスを通じて魔力の共有ってことらしい。
「それで……報酬って何だ?」
じとりと私を睨むアリオス。私は最後の一口となったプリンアラモードをお口に運ぶ。
「あむ……ヴァン君からの今日の報酬は、全部食べちゃいました!」
「ああん?」
「お姉ちゃんに美味しいスイーツを食べさせてあげるって約束したもんね」
「ねーーーー!」
ヴァンからの依頼は、魔力共有。そして、その報酬は、私が大好きなスイーツ三昧! ずっとずっと、美味しいスイーツ、不思議なスイーツ、高級スイーツ、とにかくスイーツをいっぱい食べさせてくれるらしい! お金なんかより、よっぽど価値のある報酬に私が飛びつかないわけがない!
「じゃーん! これが依頼書だよ」
アリオスが、私から依頼書を受け取り、不機嫌なお顔をしたまま視線を落としていく。
「……期限、無期限だと?」
「別に、魔力あり余ってるし、スイーツ三昧だよ?」
アリオスの言葉を聞いて、表情を強張らせたモナリィとバート。
「アリオスさま……私もプリンアラモードを食べちゃった」
モナリィの言葉にアリオスのこめかみに青スジが一つ浮かぶ。
「アリオスさん……俺も、最高級の豆だと……コーヒー頂いちゃいました」
ピクピクと青スジを増やすだけでなく、頬を引き攣らせたアリオス。ゆっくりと長い指先で、ヴァンのぷにぷにほっぺを摘む。
「このクソ餓鬼! 真っ先に買収か!」
「い、痛いぞ! 我は、領主だぞ!」
「し、師匠! ヴァン君痛がってる! ほっぺ千切れちゃう!」
バートとモナリィが、「ハハ……ハハハ」と乾いた笑いを出しながら、不機嫌なアリオスを見守っていた。
さらりと自分の正体を暴露しちゃったヴァンとアリオス。衝撃の事実を知ったバートとモナリィだけど、ヴァンの正体がヴァルハラ神だという事実は、まだ知らない。私やヴァン自身も神様だと知ったのは、つい先日だ。いったい、アリオスはどこまで知っているんだろう。
バートが淹れてくれたコーヒーで、アリオスはお膝にヴァンを抱っこしたままこくりと喉を潤す。最高級のお豆だというだけあって、リビングにコーヒーの香りが充満している。
「ふふふーん、ふふふーん」
ヴァンがアリオスの膝の上で、足をパタパタさせながら歌を歌う。
「ヴァン君、それ、エンジュちゃんがこの前歌ってくれたお歌だよね」
「うん! 僕、このお歌大好き! ふふふーん……あぁ、もう一度聴かせてくれないかなぁ……」
よほど、エンジュのお歌が気に入ったようだ。
「そうだ! 今日は、みんなでエンジュちゃんに会いに行こうよ!」
「行きたい! 僕、行きたい!」
ヴァンは、これでもかというくらい前のめりに返事をする。アリオスのお膝の上で暴れるから、アリオスがすごい迷惑そうな表情をしている。
「えっと……俺らもっすか?」
ぎこちない返事をしたのは、バートだ。バートは、目の前のヴァンが領主様だと知って、どこかぎこちない。
「うむ……苦しゅうないぞ。ついて参るが良い」
「ヴァン君! エンジュちゃんのお歌楽しみだね」
「うん! お姉ちゃん!」
私たちのやり取りを聞いて、アリオスが「ケッ」と鼻で笑う。
「二面性クソ餓鬼が!」
確かに、ヴァンはちびっ子ヴァンとおじいちゃんヴァンの二面性がある。何だかその言い方が面白くて、ヴァンの頭を撫でながらクスクスと笑ってしまった。




