189 お肉攻防戦と新たなる攻略対象と私
もぐ、もぐ、もぐ、もぐ……
真っ赤なお顔のまま咀嚼を続けるアリオス。美味しいでしょう! お肉がスッとお口の中で溶けていく……そんな感じでしょう! 無言は肯定。少し熱っぽい瞳で私を見つめるアリオスに、満足したところ私はニッコリと微笑んだ。
「……反則だろ」
素直に負けを認めるアリオスに少し嬉しくなってしまう。
「……アリオス、ったく……少しはおとなしくできんのか、子ども相手にみっともな……」
一通りの挨拶を済ませたのだろう、少し疲れ果てたエルビスが私たちに声をかける。そして、私の胸の中でおとなしく抱きかかえられている脂まみれの領主様のお顔を見て言葉が止まった。
「あらあら……お顔が汚れてますわよ? トランバニア侯爵様」
隣のジェシカが、真っ白な品のあるハンカチをそっと領主様に差し出した。
「エルビス、ジェシカ、よく我の晩餐会に参った 苦しゅうない……我も今は、この姿で場を楽しんでおる……ね、アルお姉ちゃん!」
ジェシカからハンカチを受け取り、脂まみれのお顔を拭く領主様。……そっちが素の言葉なんだね。私たちの王子様とお姫様ごっこと同じで領主様もお子様ごっこを続けたいらしい。とりあえず生意気な少年の姿をした領主様の頬を指先でぷにっと突いた。
「ア、アルちゃん……領主様だぞ……」
「ん? でも師匠としょうもない喧嘩してたよ?」
「チッ……クソ餓鬼のふりして……嬢ちゃんの唇を……」
お肉を飲み込んだらしいアリオスが、ゴニョゴニョと先ほどの喧嘩の言い訳を始めたが、私の唇なんか関係ないじゃないか? ただのお肉の焼き加減の喧嘩だったじゃん!
「師匠……レアかミディアムか、おすすめのお肉の焼き加減で喧嘩していただけじゃんか……」
私の言葉にキョトンとするアリオスと領主様。私をじっとりと睨むアリオスの顔を領主様が、それは面白いものを見たかのように嬉しそうに口角を上げていく。
「お姉ちゃん……僕のお顔……綺麗になった?」
私の胸の中で領主様が、少し潤んだ瞳で見つめてくる。その赤い瞳には、独特の魔力が混じって、至近距離で私を堕としにくる。
私は、ぐっと指先に力を入れた。私には効かないよ……その魅了!
ビチッ!
「あいた!」
領主様は、短い悲鳴を上げると真っ赤になったおでこを小さな手のひらで押さえ込んだ。思いっきりぶちかましたいデコピンの威力は、相当痛かったようだ。
可愛らしい少年の姿だけど、中身は紛れもなく怪物級だね。「……へえ」っと私を珍しいものみたいに観察してくる視線が、ただの少年ではないことが丸わかりだ。
「フン!」
アリオスが、私の腕の中の領主様を強引に奪い去った。そして領主様の右手に持つジェシカの上品なハンカチをもぎ取ると領主様のお顔を上下に激しく擦るように拭き上げていく。
「あばばばばば!」
「最初から……こうすりゃよかったんだ!」
側から見れば、王子様なアリオスが脂まみれの少年を抱きかかえ、ハンカチで綺麗にしていく素敵な構図だけど、領主様の口から飛び出す小さな悲鳴ともの凄い勢いで上下に高速で擦られるハンカチが痛々しいと感じるのは私だけではなかったようだ。
「ア、アリオス……そ、その位で」
エルビスが、真っ青な顔をしてアリオスに声をかける。ギルドマスターという立場は、本当に大変なのだと改めて実感した。
「シェフ! 次はウェルダン? でお願いします」
「……か、かしこまり……ました」
「アルちゃん……アリオスたちを……」
真っ青なお顔のエルビスが、私に縋るような目で呟くが、そんなことより私はお肉が食べたいです! せっかく両手が空いたのだから、この機会を無駄にするわけにはいきません!
「ギルマス……心配しすぎ! 師匠も領主様もちゃんと手加減してるって」
「そ、そうかな……」
「はい、ギルマスも一緒に食べよう! ジェシカさんもどうぞ!」
私は、芳ばしく焼き上がったお肉が盛られたお皿をエルビスとジェシカに差し出した。
エルビスは、アリオスたちの様子を目を白黒させながら見ていたけど、お肉の誘惑には勝てないようで、一口齧り付けば「美味いな……」と咀嚼を始める。ジェシカも上品にお口を開けて、パクリと静かに口の中へお肉を運ぶ。口元を指先で少し隠して咀嚼する姿は、洗練されたお姫様のような仕草だった。
やはりアリオスの私への理解は半端ない。長く一緒に過ごした時間がものを言うのだろうか? お肉は『ミディアム』が一番美味しゅうございました。
アリオスのおすすめを心ゆくまでお代わりをした私は、次に目指す攻略対象を視線に捉える。
どこの世界でも中間管理職って胃が痛いですよね。
ギルドマスター、エルビスを励ましていただける方、ぜひ応援をよろしくお願いします。
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