187 高貴なる魔力攻防戦とお姫様の本音と私
光が降り注ぐ中心に静かに現れた一人の影。ホールの全員の視線が、その人影に集まる。
「チッ……また、若くなってやがる……」
アリオスが、ポツリと何気なく呟いた言葉を私の耳が拾う。若くなる? 領主様と面識のない私は首を傾げる。
巨大な魔力に包まれていた人影が、徐々に姿を鮮明に見せてくる。漆黒の闇のような長い黒髪、透き通るような白い肌、そして一番印象的なのは、真っ赤に輝く瞳だ。……真っ赤な瞳? 真っ赤な……真っ赤……!
「アルちゃん……彼の方がトランバニア侯爵……領主様よ」
流石に私が領主様の顔を知らないのは不味いと思ったのか、ジェシカがそっと耳打ちしてくれる。
「ジェシカさん……領主様って、人間じゃなかったんだね」
私の小さな呟きに、ジェシカだけでなくエルビスまでもがビクンと肩を跳ねさせた。アリオスだけは、面白そうなものを見るようにニヤリと口角を上げる。
「アルちゃん……絶対にそれ他所で言ったらダメよ?」
「……わかった」
私の言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろすエルビスとジェシカ。どうやら、領主様が人間ではないのはトップシークレットだったらしい。
「我が子どもたちよ……今宵は、我が宴に足を運んでくれたことに感謝する 昨年は、我がトランバニアの土地が美しい魔力で満ち溢れ、更なる発展を遂げることができた」
領主の視線が私に向けられる。真っ赤な瞳が私を絡め取ろうと手を伸ばしてくる。
パリン……
ふふん、そんな柔な魔力じゃ私の結界は突破できないよ。だけど、これではっきりと分かった。私に纏わりついていた魔力は、領主様の魔力だったということだね。
アリオスが、私をじっと見下ろしながら、首筋に光る黒の刻印を擦る。魔力が同調している分、私と領主様の攻防を刻印で感じたらしい。相変わらず、野生度全開だ。
長々と領主の挨拶が続く中、私は目の前の美味しそうな料理に想いを馳せる。未だにチクチクと魔力を伸ばしてくる領主様へ、今度は私から挨拶をしようじゃないか!
もう、領主様の挨拶は、お腹いっぱいです。
ぎゅるぎゅると鳴るお腹の音を一緒に魔力にのせて、領主様へお返しした。
「こ、これから……これから……ククッ……コホン……失礼……どうやら、お腹を空かせたお嬢さんがいるらしい」
私のお返事は、領主様へ正しく届いたようだ。私と領主様が見つめ合い、ニッコリと微笑みあった。
「アル……」
アリオスが、私の隣でヒクヒクと頬を引き攣らせて、とっても低い声を喉から搾り出した。
「もうすぐ、ごはん食べれるよ!」
「クソッ……この浮気者め」
侵害だ! 私はいつだって、真っ直ぐに生きているのに! 今日だって美味しい料理を食べるために、こんなに頑張ったのに!
領主様が、左手を掲げる。黒服の従者が駆け寄り膝をついた。領主から何か囁かれ、頷くとシュッと姿を消した。そして領主様がパンパンと両手を鳴らした。
トレイにシャンパングラスを乗せた従者たちが、招待客へグラスを一つずつ渡していく。
乾杯……ようやく、ご飯タイム! 私もアリオスやエルビスに倣ってグラスを受け取ろうとすると、アリオスからヒョイッと奪われた。
「嬢ちゃんにはまだ早い……」
「むむむ!」
私だって、大人だよ? 乾杯ぐらいさせてくれてもいいじゃないか!
「アル様……我が主人より、此方を承っております」
「あれ……さっき上にいた……あ、赤い瞳……」
黒服の従者が人差し指を唇の前で立てて、ウィンクをする。彼が持つトレイの上には、可愛らしいピンク色のシュワシュワとしたドリンクがグラスに注がれていた。
振り返り壇上の領主様を見ると、私をじっと見て口角を上げた。
「我が主人が、先ほどの無礼のお詫びだと申しております」
「ありがとう……お詫びは受け取ったとお伝えください」
「畏まりました」
スッと影のように消えていく従者。私とおそらく領主様の眷属であろう先ほどの従者のやり取りをとても楽しそうに見つめていた。
領主様は、きっと人間が大好きなのかもしれない。
ただ悠久に長い時を生き、退屈であるからイタズラをする。きっとそんなところなのだろう。
「……アルの浮気者……」
ブツブツと私に文句をいうアリオスに、腕を絡ませてニッコリと微笑み見上げる。
「王子様……私は、お肉が食べたいです」
「!? おう……肉だな……分かった」
王子様と呼ばれ少しご機嫌になったアリオスが、お肉までのエスコートを約束してくれる。
「我が愛しき子どもたちに……乾杯」
領主様の声とともにみんながグラスを掲げた。アリオスもエルビスもジェシカも金色のシャンパンを一気に飲み干す。私の手には、シュワシュワと音を立てる可愛らしいピンク色のドリンク。領主様へグラスを掲げ、グラスに唇をそっとつけた。
「嬢ちゃん……肉いくぞ! 肉!」
アリオスの催促の答えとして飲み干したグラスを給仕に返す。
目指すはジュージューと音を立てて、鉄板の上で芳ばしい匂いを醸し出す白い長い帽子を被ったシェフのいるあの場所だ。
「私のお腹の虫は、あの鉄板の上で焼かれているお肉を所望しておりますわ!」
「ブハッ! 畏まりました、我が姫の仰せに従いましょう」
私のお姫様なお願いを聞いて、吹き出したアリオス。アリオスは、私の遊びに付き合ってくれる。お姫様と王子様ごっこを楽しみながら、私たちは腕を組んでお肉へ向かって歩き出した。




