183 甘すぎるコーヒーと王子様の想いと私
「アリオスさん……少しは座って待ったらどうっすか?」
ソファー周りをぐるぐる歩き回っていたら、呆れた顔をしたバートにため息を吐かれながら嗜められる。
女ができてから、男の余裕が出てきたのか、最近はどうも俺の余裕のなさを笑っていやがる節がある。バートのくせに生意気だ。
「おおう……」
バートに言われたから座るのではなく、バートが淹れてくれたコーヒーを飲むためにソファーにドカリと腰を下ろす。
男の準備は簡単なもので、着替えた後髪の毛を整髪料で後ろに撫でつければ終わりだ。早々と準備が整った俺は、俺が用意したドレスでメイクを整えるアルを待っているだけなのだが、どうもソワソワして落ち着かない。
ポトン、ポトンとコーヒーに砂糖を落としながら、食欲に負けて晩餐会の出席を即決してしまったアル。それを見たジェシカが畳み掛けるように俺の耳元で囁いた悪魔の誘惑が脳内でリフレインする。
「アルちゃんを、自分好みに着飾れるわよ……」
俺の選んだドレスを着て笑うアル。瞳を潤ませて俺を見上げるアル。俺の隣で俺の色に染まったアル。
まんまとジェシカの策略に嵌って、俺自身も出席を快諾してしまった。
マロー中のブティックを練り歩き、アルの瞳と同じスカイブルーのドレスを探した。活発なアルには、タイトなドレスやレースでゴテゴテしたふんわりしたドレスは似合わない。いくら瞳の色と同じスカイブルーでも、俺のアルのイメージに合わないドレスは、すべて却下だ。
そして、ついに運命のドレスを見つけた。
白い光り輝く刺繍が、まるで俺の青みのある銀髪の様で、これしかないと思った。
サイズ? マネキンに抱きつけば、アルと同じサイズかなんてすぐにでもわかる。店員に苦笑いされながら、ドレスに合わせて靴も用意してもらう。ついでに、ドレスと対になる俺のタキシードも一緒に購入し、今まさにそれを着ていた。
「アリオスさん……それ、飲めるんですか?」
「おおう……」
ぐるぐると銀色のスプーンでコーヒーを混ぜ、渇いた喉に一気に流し込む……。
「クソ甘い……」
「そうっすよね……アリオスさん、水です」
笑うバートを睨みながら、クソ甘くなった口の中をうがいをするように水を流し込む。
背後からパタパタ近づく足音を聞いて、俺はソファーから立ち上がったのだった。
ポツンと一人残された私は、椅子に座ってモナリィが戻ってくるのを待っている。
スカイブルーのエナメルの靴。踵が高くて立ち上がることしか出来なかった。
靴だけいつものブーツじゃダメだろうか? 鏡に映るドレスを着たお姫様な私を見て、首を垂れる。ダメだ……。このドレスにいつものブーツは、絶対に似合わない……。せっかくモナリィが素敵なお姫様に変身させてくれたのに、この素敵なスカイブルーの靴を無しにするなんてありえない……。
カツ、カツ、カツ……。
パタ、パタ、パタ……。
ドア越しに聞こえる二人分の足音。一つは、間違いなくモナリィで、もう一つはいつもの足音と違うけど、歩幅の感覚や踵を鳴らして歩く癖からアリオスだとわかった。
アリオスが来たら大丈夫? 歩けないことに少し不安を覚えながらも椅子から立ち上がった。
ギィッとゆっくり押し開けられる扉から、アリオスの姿が少しずつ見えてくる。
いつもの無造作な髪型ではなく、整髪料で整えられ後ろに撫でつけられた銀髪。私が着ているドレスの刺繍と同じ色のタキシード。袖口や裾にはスカイブルーの糸で上品な刺繍が施され、緩く閉められたクロスタイと胸元から見えるスカイブルーのチーフが、私のドレスとお揃いなのだと理解できた。
私の正面に立つアリオスが、ゴクリと唾を飲んで、鋭い瞳を大きく見開いていく。私を見たまま動かないアリオスに少し不安を覚える。……私、似合ってない?
私が不安な表情をしていると、アリオスの後ろからモナリィがひょっこりと顔を出した。
「アルさん……王子様連れてきたよ! ほら、アリオスさまも見惚れてないで、綺麗になったアルさんを褒めてあげてよ!」
「!?……ああ、アル……よく似合ってる……綺麗だと……思う……」
いつもの「嬢ちゃん」ではなくて「アル」と名前を呼ばれた。アリオスが、私を名前で呼ぶ時は、冗談ではなく本気の言葉を発する時だ。
ドクンと胸の鼓動が鳴り、同時に胸の奥にポカポカと込み上げてくる暖かさ。アリオスが、私をお姫様だと本気で認めてくれたことが嬉しくて、胸の奥が熱くなった。
「えへへ……師匠……ううん、アリオス師匠も王子様みたいだよ」
私もアリオスの名前を呼んで、本気の思いを伝える。
「うっ……」
アリオスが、なぜか胸を押さえて呻き声を一つあげた。私は、何か間違えた答えでも言ったのだろうか?
「おやおや……クリティカルヒットですか?」
「モナリィ……バートには言うなよ……」
「はいはい……ところで王子様? お姫様は、慣れないお靴で歩けないらしいですよ? さて、どうしましょう?」
「モ、モナリィ……」
ニマニマと楽しそうに笑うモナリィが、私の困った状況をアリオスに暴露してしまった。
「マジか!?」
「……えへへ……師匠……実は、足がプルプルして歩けない」
少し困った顔をアリオスに向けると「そりゃそうか……」とアリオスが呟いた。
そして、私に大きく一歩踏み出してアリオスが近づいた。そして、両手の手のひらを私の前に差し出した。
「お姫様……俺の手をどうぞ」
「うん! 王子様よろしくお願いします」
私は、アリオスの両手に自分の手を重ねる。少し意地悪そうな優しい笑みを浮かべるアリオスに、自然と一歩踏み出すことができたのだった。




