182 鏡の中のお姫様と動けない子鹿と私
肩にかけられたタオルがモナリィの手によって取り払われた。
「うん……完成よ! さあ、アルさん目を開けて……」
鏡の前に座る私は、モナリィの合図でゆっくりと瞳を開けていく。
「うわ……うわぁ……これ、本当に……私?」
「フフン……そうよ、アルさんで間違いないわよ」
一仕事終えてやりきって満足した表情のモナリィの横に映るスカイブルーのドレスを纏った私の姿に目を丸くする。
ほっぺがほんのりピンクで、唇もツヤツヤぷっくりしてて、まつ毛も上向きにカールしてお目目もパッチリになっている。両サイドに少し残された髪の毛も緩くウェーブがかかり、全体的に柔らかで可愛らしくて、少し大人びたお姉さんみたいだ。
鏡の前で、お顔を右に左に動かして緩く編み上げられアップに結い上げられた後ろ髪を見る。
「スカイブルーと白いお花が揺れている……可愛い!」
「ドレスと一緒にお花のコサージュがあったから……ヘアアクセサリーとして使ってみたの……どうかしら?」
「私……本当にお姫様みたい……本当に、可愛くなった?」
私自身、とても可愛いと思うけど……自分の美的感覚には自信がない。いくらモナリィの腕が良くても、素材が可愛くなければ台無しだ。
「ええ、いつもより100倍、可愛らしく美しくなったわよ! アルさん、自信を持って!」
「えへへ……私、可愛い!」
私は椅子から立ち上がり、スカイブルーのドレスを少し摘んで、鏡の前のお姫様みたいな私に「初めまして、お姫様な私」と挨拶をしたのだった。
「だけど……その首筋の赤い痕……そのままだと……面倒よね……」
「ん? 師匠が噛み付いた痕のこと?」
モナリィの首筋にもバートがつけたナイショの痕が見えるのに、私の首筋に歯型がついているのは問題があるのだろうか?
「アリオスさまの……執着心というか……ね」
ごにょごにょと言い淀むモナリィの言わんとする意味が分からず、首を傾げ鏡に映り込む私の姿をじっと見つめる。
「たしかに……綺麗なスカイブルーと真っ白なレースやお花のアクセサリーに、赤い歯型は似合わないよね……」
私は指先でアリオスの刻んだ歯型をそっと撫で、歯型に自分の魔力を流していく。赤い痕が私の魔力に馴染んで白色に変化し、綺麗な紋様のように輝き始めた。
「え!? アルさん……痕を消すんじゃなくて残しちゃうの?」
「え!? だって、消したら……また師匠が噛み付いちゃうよ?」
「……アルさんが、いいならいいんだけど……歯型じゃなくて綺麗なアクセサリーみたいに変貌したけど……魔力を馴染ませたら……アルさんの首筋も歯型が一生残っちゃうんじゃないの?」
「……あ!」
私がアリオスに残した歯型と同様に、アリオスの歯型も魔力で自分の身体に定着させてしまったことをモナリィに指摘され、気づいてしまった。アリオスの「ざまあみろ」と喜ぶ顔が目に浮かんで、ちょっぴり悔しい……。
「まあ、アリオスさまは、喜ぶんじゃないかしら?」
「……そうだよね……」
またしても、アリオスに負けた。その事実だけが、私の首筋に残されたのだった。
「さあ、アルさん……靴を履いてリビングに行きましょ! みんなが楽しみに待ってるわよ」
「うん!」
私は、椅子に座ってアリオスからプレゼントされたスカイブルーのエナメルの靴に履き替えた。
ゆっくりと立ち上がるとヒールの高さほど視線が高くなり、少し不思議な気分だ。
モナリィに誘われるように、右足を一歩前に……右足を一歩前に……右足を……。
「どうしたの?」
一歩も動くことができない私を見て、モナリィが首を傾げる。
「モナリィ……どうしよう……踵が高くて上手に歩けない……」
「ああ……なるほどね……」
眉毛を下げて泣きそうになる私をモナリィが「ふふっ」と笑う。
「お姫様には、エスコートが必要なのよ アルさん、椅子に座って待っててくれる?」
「モナリィ……このままだと、私、お料理食べられない……」
「大丈夫よ……王子様がいるから」
そう言ってモナリィは、私を一人残して部屋から出て行ってしまった。
パタパタと走り去っていく足音を聞きながら、ポツンと一人寂しく部屋に残され、前にも後ろにも動けないまま私は立ち尽くしていた。




