179 不眠症の男と招待状の誘惑と私
「おう、アルちゃん! おめでとさん これ、精がつくから持っていきな!」
「……? ありがとう……ございます?」
アリオスと二人、マローの街を並んで歩いていると、なぜか「おめでとう」と声をかけられるようになった。
「師匠……また差し入れ貰った……何でも精がつくからって……」
そんなに疲れ果てて見えるのだろうか? 体調も悪くないし、アリオスのお部屋で眠るようになって、毎日ぐっすり眠れるので寝不足なんてものもない。
「クククッ……あのガキども早速いい仕事してんじゃねえか……」
私の手を繋ぐアリオスは、機嫌よく今日も笑っている。毎朝起きた時は、疲れ果てているのだけれど、街に出れば途端に愛想よく笑顔になる。
よく買い物をする肉屋のおじさんも、他の街の人たちともれなく同じ反応だ。
「アリオスさん……幸せにしてやんなよ」
「おう! 任せとけ!」
私とアリオスの顔を交互に見て、首元をトントンと指先で叩きながら、おじさんがにやりと笑う。
「今日も、お盛んだったんだね……」
「まだまだ、若いからな……」
幸せ? お盛ん? アリオスと街の人たちが知っているゲームか催し物でもあるのだろうか? 最近アリオスが、嵌っている遊びでもあったかな? 私が首を傾げるとにやりと口角を上げるアリオス。
「アルちゃんも幸せかい?」
「……幸せ……です?」
「カカカ……アリオスさん、まだまだ足りてねえんじゃねえか? これ持っていきな精がつくから」
「悪いな……オヤジ! ありがたく頂戴しよう!」
またもや「精がつく」という差し入れをいただいてしまった。
「そのうち……わかる日が来るさ……たぶん」
アリオスが、何の確証もないまま私の頭を撫でる。
「くぅ……可愛いね! アリオスさんもこりゃたまらんだろうよ!」
「どうも……?」
何が? とは聞きづらく、アリオスを見上げるも、「よしよし」と撫で続けられる。今朝の疲れっぷりとは異なる、本当に嬉しそうな表情をしているので、私も空気を読んで、一緒に笑っていよう。
可愛いのは、私なのだろうか? 首を傾げながら取り敢えずお礼を言い続けた。
「……今日も一段と距離が近くねえか?」
「フフン……どうとでも言えや タコオヤジ」
「ああん! アリオス……テメエ誰に向かって言ってんだ! 浮かれボケが!」
私とアリオスは、ギルマスのエルビスからお呼び出しを受けて、一緒に執務室までやって来たのだが、執務室に入るや否や、アリオスとエルビスが噛みつき合う。
朝一番の出会いは「おはよう」だと思うのだけど、この二人の挨拶は、罵り合いから始まるらしい。
「ジェシカさん、おはようございます」
「アルちゃん、おはよう……あら? お首の痕少し濃くなったかしら?」
「んな!? アリオス……テメエ……」
ジェシカが、首をトントンしながら微笑んできた。エルビスが、拳を握り締めプルプル震えながらアリオスを睨みつける。
「んー……これ、また今朝、師匠に「隙だらけだ」って噛みつかれた……」
「俺の痕は一生もんなのに、嬢ちゃんだけが痕が消えるのは不平等だろう……」
アリオスが、プイッとソッポを向いて答えた。やられたら、やり返す。その精神を私に教えたのは、アリオスだ。だけど、回数で言ったら、私の方が、断然少ない! 組み手中に羽交い締めして身動きできなくなったところでガブリと噛み付くのは、本当に大人気ないと思うよ。
「アルちゃん……本当にこんな男で良いのか?」
エルビスが、とてつもなく悲しそうな表情をして私を見る。突いたら今にも泣きそうなぐらいしょんぼりとしている。対して、ジェシカは口元に手を当てて、とても愉快そうに笑みを深めた。
アリオスを師匠にと薦めてきたのは、エルビスとジェシカじゃないか……。アリオスが、大人気ないのは知っているくせに、何を今更と思ってしまう。
「師匠は、私より遥かに強いよ?」
「フフン……嬢ちゃん、わかってるじゃねえか」
「あら……相思相愛ってことかしら?」
「うーん……師匠以外に強い人……いないよね? 私は、師匠がいいな」
私の答えにクスクスと満足そうに笑うジェシカの横で、首を垂れてテーブルの上でミシミシと音が鳴りそうなほど筋を浮かべて拳を握り締めるエルビス。
エルビスも強かったと聞いているし、現役なら組み手にお誘いできるのにな……。
「それで……俺たちを呼び出した理由は何だ? エルビス……ギルマスの泣く姿を俺に見せるためか?」
「あ!? 誰が泣くか! いや……アルちゃんのことは、認めたくないが……」
相変わらず、アリオスはエルビスを煽るのをやめない。私だって、Aランクにさせられたことは、今でも認めたくないんだからね。
「チッ……ジェシカ!」
「ハイ……アリオスとアルちゃんに招待状が届いているわ」
真っ白で少し豪華な封筒に私とアリオスの名前が書かれている。封筒には溶かした蝋で封が施され、どう見てもありがたくない招待状にしか見えなかった。
「何だ? トランバニア……差出人は不死王か?」
アリオスが、封筒を摘み上げ、差出人の名前を見て、眉尻を上げる。
「トランバニア? 不死王? 誰それ?」
「マローの街の領主様のことよ……不死王ってのは、領主様の家系からくる噂かしらね……」
マローの街の領主様……聞くだけで会いたくないや。
「バレル盗賊団……身に覚えあるでしょう?」
「え!? 身に覚えないよ?」
ジェシカの質問に即答して答えたら、エルビスが信じられないと目を大きく見開いた。
「アルちゃん……もう忘れたのか……数日前にエルガ村で引き渡した盗賊団じゃないか……」
「あ……すっかり忘れてた……そんな名前だった」
「ハハハッ! 嬢ちゃんは、興味なかったもんな 招待状? そんなもの俺たちには用はない!」
アリオスも面倒なことは、全力で避けるタイプ。さすが、私の師匠だ! 話がわかってる! 私の記憶の奥底に埋もれ忘れてしまった盗賊団のことなんて、どうでもいいもんね!
「んなわけできるか! アリオス、アルちゃん……ギルドマスターとしての命令だ! 行ってこい!」
「ええ!? ギルマス命令……職権乱用だ!」
「いやだね!」
私とアリオスが、プイッとソッポを向く。エルビスのお顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「アルちゃん……領主様って美食家としても有名らしいの……まだ、食べたことのない高級料理やスイーツが食べられるわよ?」
「高級料理? スイーツ?」
ジェシカの魅力的な誘惑に、お腹の虫がざわざわ騒ぎだす。
ぎゅるるるるるる……
またしても、私より先にお腹の虫が返事をしてしまった。
「アルちゃんは、決まりね!」
パチリとウィンクをするジェシカに、私はお口をパクパクさせるだけだ。私の陥落を確信して、ジェシカは、アリオスを狙いに定めた。
「な、何だよ……」
ツカツカとヒールを鳴らしてジェシカがアリオスに近づいた。真っ赤なルージュを引いた唇の口角が上がる。
そして、妖艶な唇がアリオスの耳元で何かを囁いた。
「ハーハッハハハハ! よし! 嬢ちゃん、不死王の招待、受けてやろうじゃないか!」
お顔を真っ赤にしたアリオスが、領主様のご招待を快諾したのだった。
アリオス……チョロいわ……byジェシカ




