第九十話
近付いて行って、下から見上げてみる。
左右に仏像が立っている他は特に変わったものは見つからない。
見られているような気がしたのはあの仏像だったのね。
しかし、何て立派な門。
恐らくここも火事に遭い、建て替えられたばかりなのだろう。
大臣以上になると四脚門を構える事を許されるそうだけど――一、二、三、四……八脚もある。そして左側の四つの脚の間には扉が付いている。
こういった楼門は寺院ではよく見かけるけど、個人の邸の門では珍しい。美濃さんが転落した枇杷殿のあの門も楼門だった。上に見張りを立たせたりできるから警護のため、こういった形の門にしたのかも知れない。
見張る――?
周囲を見回し、門番など誰もいない事を確認する。
脚の間にある扉を開いて中を覗くと細い梯子があった。片足をかけて上りかけてから、一度下に戻った。
このままでは装束が重過ぎて上れないわ。ひっかけて足を踏み外しそう。
私はまず唐衣を脱ぎ、梯子の後ろに脱ぎ捨てた。
それから紐を解いて重ねた単を一枚だけ残して更に脱ぎ捨て、単と袴の上に袿一枚だけと身軽になってから梯子を一気に登る。
二階には弓矢を抱えた惟義が立っていた。
「誰だ?」
近江以来の直接の対面――
「お、お前は」
惟義は私を見たとたん、腕を上げて矢先を向けてくる。
「惟義……さんね。中将内侍さんからの伝言よ。計画は中止だから諦めてと」
「お前は藤原月子だな」
惟義は私の言葉は聞こえていないようで、弓をこちらに向けたまま睨む。
その手がかすかに震えてるのを私は目で捕らえた。
――あいつは武闘派ではない。
道雅様の声が頭の中で響く。
昔、弓矢でよく遊んでいたから分かる――あの構え方では的に当たらないどころか、届きもしない。
大丈夫。
万一当たってもかすり傷だ。
私はそっと一歩近付く。
「こちらに来るなっ」
惟義は矢を放ったが、矢はすぐに勢いをなくし、彼と私のちょうど真ん中辺りの所に落ちた。
私は一歩、また一歩と近付く。
「お、お前のせいで……」
惟義がそう言いかけた時、下からざわざわと人々の声が聞こえてきた。
惟義はそれに反応して横を向く。
その視線を追って下に目をやると、車宿に道長様が現れて、牛車の後ろに回るのが見えた。
惟義は鋭い目を更に尖らせて下方を睨んだ。
そして仏像の陰に隠れて弓を構え直し、矢を強く引いて狙いを定める。
先程の弱弱しい構え方と違う。
もしかしたら今度は届くかも知れない。
「駄目!」
私は走り寄ってその腕を止めようと飛び掛かった。
しかし、その両腕は――私が掴む前に脱力してだらりと下ろされる。
ぽとりと、矢は床に落ちた。
惟義の視線はまだ下を向いているが、その表情は呆然としたものに変わっている。
もう一度その視線の先を追って私も見る。
「あ……」
女房姿の顕成が唐車の前に立っていた。




