第七十三話
私は自分の局で休んでいる最中に何者かに連れ去られた。
突然口を布で塞がれ、大きな衣に包まれて担がれたのだ。
そして何かの上に降ろされて、運ばれる。
何も見えないので具体的には不明だが、邸の外に出たことは感覚で分かった。
この揺れ具合からして、乗せられているのは牛車だろう。
あ、止まった。
目的地に到着したのだろうか?
ここまで曲がったのは三回――そんなに遠くまでは来ていない。
門をギーっと開ける音がした。
車がまた動き出し中に入る。そして更にどんどん進む。
再び車が止まり、私は布ごと外に引き出され、持ち上げられた。
そこで私は体全体で暴れてみるが、数人で運んでいるようで全く効果がない。
「それは何です?」
ふいに女性の声がした。
「例の女房だ。後は頼むぞ」
男の声がそう言って私はそっと下された。
バタンと扉を閉められ去っていくのが分かった。
時間をかけて何とか巻きつけられた衣をほどき、周囲を見渡す。
薄暗くてよく分からないが、部屋の中に私一人だけが残されていた。
部屋は壁で囲まれていて、上の方に通気のための窓があるだけだ。
出入口の妻戸には外側からしっかり鍵がかけられている。
ここは塗籠?
妻戸を思い切り叩いてみても、びくともしない――幽閉された?
ダンっ! ダンッ!
「ここから出して!」
妻戸を叩き、大声で叫んでみたけれど、人の気配が全くない。
何度も叩いたら鍵か蝶番が壊れて開くかも知れない。
そう期待して、手が痛くなるのも我慢しながら妻戸を叩き続けたが、やがて疲れてしまい、いつの間にかその場で私は寝てしまった。
朝になり、鳥の鳴き声やかすかな光を感じて目を覚ました。
改めて部屋を眺めてみると、四方を土壁で囲まれた部屋だった。思った通り塗籠だ。
しかし、思ったよりも清潔に保たれていて、几帳や寝台、文机など調度品も置いてあり棚には冊子も並んでいた。
褥には衾や髪桶も用意してある。
トン――
妻戸から音がして振り返ると、下に隙間があり、誰かが食膳を差し入れてきた。
妻戸の前まで移動し下から手を伸ばすと、袴の裾に手が届いたので、すかさず掴んだ。
「ひぃっ!」
と相手はびっくりして高い声を上げた。
女性の声だ。
「あなたは誰? いや、誰に頼まれたの?」
「そ、それは……。ごめんなさいっ」
掴んだ裾を上側から引っ張り上げられ、私の手から離れてしまう。
「し、失礼致しますっ」
彼女はガタン、と音を立てて行ってしまった。
私はがっかりして女性が持ってきた食膳を見る。
「え? 何これ?」
肉に魚、珍しい甘味まである。
まるでもてなしでもされているかのような、豪華な膳だった。
恐る恐ると口に運ぶがどれも美味しい。
私を閉じ込めた犯人の意図は何だろう?
この部屋にこの食事――
どうも、誘拐しておきながらも、私に危害を加えるような雰囲気はない。
ただ私を閉じ込めておきたいだけ?
一体誰が?
何のため?
昨日、新任の女房が当子様の食膳に毒を盛るのを見つけたばかりだ。
私が見つけていなければ、気付かずに口にした当子様に何か起こったのかも知れない。
私のせいで計画が崩れたのは間違いない。
だから私が邪魔だと閉じ込めた?
何故?
もう一度実行するため?
また惟義? もしくは道長様?
夜が来てまた朝がきて、その夜がまたきて朝がくる。
そんな事を何度も繰り返し何日も過ぎていった。




