第七十四話
何度も妻戸を叩いたり、体当たりを試みたりしても無駄だった。
その下に隙間があるが、腕はかろうじて通るものの、肩からはつっかえて通らない。
部屋の石壁は天井まで繋がっていて、窓はあるが届きそうもない高い位置だ。
文机などに乗って背を伸ばしても駄目だった。
私は妻戸横の窪みにある灯台の灯を見つめた。
あの火で妻戸を焼いて壊すというのはどうだろうか?
毎晩、この位の時間に女性が食事と着替えを持ってきてくれる。多分、もうそろそろ来る頃だ。
万が一うまくいかず、出火だけした場合は、彼女が鍵を開けてくれるか、人を呼んでくれるのでは?
それに最悪の場合は、角だらいに入った手水もある。
他に手段はない――
私は袴の裾を細長く破り、その端を灯台に近付け、炎を移した。
そして、そのまま、妻戸の下に置いて経過を見守る。
細長い布全体に火がつき、めらめらと橙色の炎が横に広がっていく。
じわじわと妻戸に火が移るのを確認できた。
下の方からゆっくりと火が入り、やがてメリメリッと木の裂ける音が聞こえてきた。
――今だ!
私は力いっぱい妻戸に体当たりをした。
火がついてもろくなった妻戸が壊れるのを予想していたが、依然としてびくともしない。
だめだ、思った以上に頑丈だ。
これは失敗だ。
「誰か! 火事よ!」
声を上げるが、人が来る気配がない。
あの女性は?
今日に限って遅いわ!
火は一気に戸の下方で燃え広がってきた。
慌てて角だらいの水をかけると、火の勢いは治った。
そこで文机を持ってきて、真ん中辺りを狙い、思い切りぶつけると一部が裂け妻戸が開いた。
やった!
しかし、扉の向こうに出て唖然とする。
なんと、目の前にまた壁と閉められた妻戸が現れたのだ。
パチパチパチと背中で音がする。
振り返ると、壊れた妻戸の火が復活し、さっきよりも勢いを増して全体に広がっている。
万事休す――もう、駄目だっ。
その時、突然バタンと前の妻戸が開き――顕成が飛び込んできた。
彼は私を目で捕らえると、
「早くこっちに!」
と、手を伸ばす。
その手を掴み、前に進もうとしたが、足ががくがくとして動かなかった。
「足が……」
顕成は私の袿を剥がして横に投げ捨てた。
そして単姿になった私を横抱きにして、外に出た。
途中、膳を手にした女性とすれ違う。
顕成と私を見て当然驚いた顔をしたが、塗籠から火が上がるのに気付き、慌ててそちらへ駆けて行った。
顕成の肩越しに見える景色。
ここ、道雅様のお邸だわ!
侍達がやって来て私達を取り囲む。
「待たれよ、その女を連れ出されるわけにはいかない!」
一人の男が顕成に詰め寄って来た。
「うるさい! どけっ!」
顕成が大きな声で怒鳴り、侍の脛を蹴り上げる。
「つっ!」
「ここで拉致監禁が行われた事は既に知れ渡っている! 黙ってここを通しなさい!」
顕成はそう叫び、怯んだ侍達の輪からすり抜けて門を出た。
「どうして道雅様が……」
遠去かる邸を見ながら呟く。
顕成は黙って前方を睨み、ただひたすら歩いた。




