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朧月夜に逢ひにゆく(改稿版)  作者: 斎藤三七子
最終章 朧月夜の夜に
105/106

百五話

「正直言って驚いたけど……別に大丈夫だよ」

「本当に?」

「本当。ただ母の人生を思うと胸が痛むけど、彼女の記憶がないからか他人事のようにも感じる。薄情な息子だよね」

「そんな事ない!」

 思わず振り返り、顕成の顔を見て私は続けた。

「仕方ないじゃない。母君が亡くなられた時、顕成はまだ赤ちゃんだったんだから。それに薄情だったら胸が痛んだりしないと思う」

「そうかな……月姫、危ないよ」

 顕成は馬を止め、振り返った勢いでバランスを崩して落ちそうになっていた私の体を腕で戻した。

「あ、ありがとう……それにね、惟義の話が全て正しいとは限らないよね? 道長様はあきさんにそっくりな顕成を見ても、懐かしそうな顔をされただけだった。あきさんが自分の子を身籠っていたこと自体知らなかったんじゃない?」

「ん……」

 同意というより、ただ合わせているだけのような相づちに少し不安になる。

「もしかして……道長様のこと恨ましく感じた?」

「いや、全く。むしろ、ずっと僕には父母がいなかったから、存命の父親が近くにいるのかと、不思議な気持ちになったよ」

 存命の父親……そうか、そこには思い至らなかった。

 なんだか目頭が少し熱くなる。

「じゃあ息子だと名乗りをあげたい?」

「それはあり得ない」

 きっぱりと強い口調で顕成は言い切った。

「え、そうなの?」

「むしろ、知られたくない。それに、君が言うように惟義殿一人の話を鵜呑みにしてもね」

「違うかも知れないってこと?」

「いや多分間違ってはいない」

「多分、という事は完全に信じてはいないのね。あ、ほら、中将内侍さんは? 彼女に聞いたことないの?」

「母が明るくて賢い人だったとか、一緒に遊んだ思い出話を聞かされた事はあるよ。でも僕の出生に関する話は聞いたことがない」

「そっか……」

 中将内侍さんは全て知っていたからこそ、顕成に話す事ができなかったのかも知れない。

「その中将内侍だけど、上皇様の怒りが治るまで都を離れる事にしたらしいよ」

「聞いたわ。伊勢へ下向されたのよね。それにしても、上皇様は中将内侍さんに対してもそんなに怒っていらっしゃるのね?」

「密通の件も、呪詛未遂の件も、彼女が当子様に手を貸さなければ起こらなかった、そう思われているんだろうね」

「道雅様が当子様のお邸に通うきっかけは私が作ったようなものだけどね」

「……。君は、君こそ大丈夫?」

「私?」

 上皇様に怒られたことを言っているのかしら?

 あれは確かに怖かったわ。

 けど、あの時の話、顕成にしたことあったっけ?

「いや、道雅様と親しくしてたみたいだから」

「まあ、そうだけど……大丈夫って?」

「君、彼に想いをよせてたんじゃないの?」

「はあっ?」

 びっくりしてまた、振り返って叫んでしまった。

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