表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何か書きたい。  作者: 冬の老人
358/361

努力の完成 3-2

「自己犠牲」とは何故社会で学ぶのか。

それは「役割」があるからだ。

仕事で割り振られた役割を全うし、責任を負う。

そして「自己犠牲」を主張している人間は「 役割」を訴えている。

「社会の維持」のために人間に課せられた「 役割」。

「子ども」を産み、育てる事。


「正論」は「自然の摂理」である以上、人間の社会を維持するための概念である「普通」とは本来相容れない。

だが人間も動物である以上、「正論」には従わざるを得ない。

「正論」で言えば女や子ども、弱い立場の人間を力で押さえつけて搾取するなりするのが効率的だ。

だが「普通」に考えれば女を傷つける男、子どもを傷つける大人は危険な奴であり、みっともない。

「努力の完成」に必要な忍耐力、我慢についてもあくまでも人間の社会のために必要なもの。

その2つ、忍耐力と我慢は自然の摂理の「正論」にはない「普通」の概念側のものだ。

だが「自己犠牲」だけは「正論」であり、「普通」でもある。

親が自己犠牲に徹しなければ子どもは死ぬ。


だがそれ故に「正論」を盾にした「自己犠牲」は「普通」ではない。

「子どもを産み大人に育てる」

その社会から与えられた「役割」には「衣食住」を整える、という仕事はある。

しかし「役割以上」の事はやらない。

子どもに忍耐力を身に着けさせるつもりがない。

子どもに我慢を身に着けさせるつもりがない。

あくまでも社会的な「役割」として肉体的に子どもを大人になるまで育てただけ。

「役割以上」の責任は取る気がない。


社会から課せられた役割には夢も報酬もない。

やらなきゃいけないからやる。

社会から求められる「最低限」の仕事でしかない。


「普通」に考えれば「自己犠牲」を押し付けるのではなく、「バランス」をどう取るかを考えるべきだ。

その上で「自己犠牲」という「正論」「普通」の両方にある概念である以上、そこに向き合う必要がある。


人間社会の維持のため、子どもを守るためには子どもが正論に押しつぶされないため、自然の摂理に押しつぶされないためには普通を盾にするしかない。

では正論の前に向き合い、盾にされるその普通とは何なのか。

それが「大人」であり、「努力の完成」の先ある「自立」した姿。

正論と向き合う必要がある。

そして社会の維持のために弱者、未熟な次世代の存在を守る。

それが「普通」の「役割」。

「正論」を盾にしない。

しかし「正論」に潰されない。

そのために「忍耐力」と「我慢」が必要。


何故「自己犠牲」の他に「忍耐力」と「我慢」が必要なのか。

安心して子どもを育てられる安全な社会を維持するには「不動」「不変」である事が求められる。

だが機械や機具がそうであるように経年劣化や衝撃、摩耗などで壊れていく。

「メンテナンス」が必要だ。


大人に求められるのは「盾」の役割が求められる。

その上で「盾」としての「性能の高さ」、そして長期に渡りメンテナンスをしなくてもいい「メンテナンスフリー」てある事。

そして何より社会を維持する「道具」として「反発しない事」。

そしてその子どもについても最終的にはその「大人」を目指す。

そしてまた次の世代のために「 盾」になる。


自己犠牲を優先させるとは「道具として反発しない事」だけを優先させているだけでしかない。

性能の高さ、メンテナンスフリーは後回し。

それはつまり「使い捨て」だ。

でも「自己犠牲」を主張する人間からすればそれで充分だ。

自分の事しか考えていない。

あくまでも「役割を果たした」という実績を果たせればいいだけだから。


その実績を果たせばどうなる。

誰かが褒めてくれるのか。

誰かが守ってくれるのか。

恐らくは今までは実績を出せば誰かが褒めて、そして守ってもらったんだろうな。

若い頃は「普通」と言うものに。

若さを失ってからは「正論」と言うものに。

最後は誰に褒めてもらって、誰に守ってもらうつもりなのか。

「次世代」か。

恥ずかしいからやめろ馬鹿。

つい言葉が悪くなる。


役割を終えれば「経験」が残る。

その経験を生かすには本人自身が再度役割に就かなければならない。

しかしもう限界だから終えた筈。

だから次世代に「伝える」しかその経験を生かす事が出来ない。

普通を盾にして、正論を盾にして、最後は次世代に守ってもらおうとしていた人間が何を伝える事が出来る?


色々な知識がある、色々な事をしてきた。

だが多くの人間の知識や実績というものは上位互換や代用品がある。

それは社会的には素晴らしい事だ。

「上位互換」や「代用品」があるという事はそれだけ「社会にとって必要とされている」という事だから。

つまりは「再現性」が求められている。

その「再現性」を求められているからこそ「情報」は価値がある。


「前代未聞」の価値は確かにある。

未知の領域を開拓したわけだから。

だがその後に続かなければ結局は「アイツは才能があった」「環境が恵まれていた」「運が良かった」と評価されて終わり。

ましてやそれが前列が多数ある分野で少しばかり人より成功した程度なら尚更だ。

どんな実績を残そうがその人の後に続くものが居なければ社会的には価値はない。

役割を終えても社会的に価値がある存在とされたいのであれば結局「再現性」を示す必要がある。

「優秀な人間なら理解できる」程度では価値が薄い。

「誰でも理解できる」という事が価値が高い。

だが「誰でも理解できるようになっているもの」は既に世の中に出回っている。

皆が「成功」したいんだ。

「成功する方法」が需要があり、そして供給過多だ。

デマも多い。

だからこそ「失敗」の経験談が需要がある。

「何故自分は失敗したのか」

「失敗した後どうすれば良かったのか」

「どうすれば回避出来たのか」


「自分の失敗」

そんなものに向き合いたくない。

恥ずかしい。

隠しておきたい。

だがそれを「克服した方法」

「失敗の再現」と「克服の再現」

それは社会的には「成功の方法」、「成功の再現」よりも価値がある。

そして「自己犠牲」だけに偏った社会を目指すなんてのは既に過去に失敗している。


「身分制度」

我慢の時代より遥か昔の時代。

「役割」が決められていた時代。

自己犠牲の時代は新しい時代でもなんでもない。

既に過去に通った道だ。

無論、今と昔では違う。

技術も人口も文明も遥かに発達した。

しかしその上で過去に失敗した時代に舞い戻ろうとするなら先人が残した「失敗」を「再現」 しないように解析しなければならない。

そんな事「自己犠牲」を主張する人間はやらないないだろう。

「 役割」を重視している以上、「役割以上」の仕事は避ける。

「役割を自分は果たした。なのに何故自分がそんな事を解析しなければならない」

そうやって言い訳する。


「若さを求めている」が故に「今」しか見ていないからそんな事を言う。

「仕事」なら過去のデータや実例を見たりして準備しておくだろう。

社会の事を考えて敢えて遥か昔に失敗した時代の価値感を取り戻そうするのであれば何故失敗したのか、同じ悲劇を繰り返さないためにどうするか、は考えるのが当然だ。

場当たり的に「コッチがダメだからアッチ」なんて無責任な人間に舵取りなんてさせられない。

「やってみなくちゃ分からねぇ!」

なんて勢いに任せてどうにかなる年齢でもない。

若さが消えた人間は経験が武器になる。

外から選択肢は与えられない。

若者や子どもに選択肢を与える側。

ちゃんとしたメリット、デメリット、リターンとリスクを記した選択肢を。

責任を背負い提示できる選択肢を。


こうして書いてきて、「普通」に考えた時の自己犠牲もまた深掘りすれば3つに分けられている。

弱者を守るための「盾」としての役割。

社会を維持するための盾としての「経験」を得るための役割。

経験を通して「選択肢」を若者に示すための役割。

自己犠牲に価値を見出すならばただの「盾」だけでは足りない。

最低限3つは身に着けなければ「自己犠牲」に偏る事を是とするような主張をしてはならないし、この3つを身につければ「偏る事」その主張自体が愚かな事だと気付く。


「普通」に生きたいなら「普通」にならなきゃならない。

普通を盾にするのでもなく、正論を盾にするのでもない。

弱者と正論の板挟み。

弱者を背負い、正論に向き合う。

普通では正論には勝てないし、勝つ必要もない。

人間の法が自然相手に無力であるように自然とは共存、共生しなければならない。

だからどう正論と折り合いをつけるか。

どうすれば弱者を背負いながら正論と普通が対立する事なくやっていけるのか。

その狭間で盾として役割を果たしてこそ、「自己犠牲」を学び「努力の完成」が果たされる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ