第五話 二人目の犠牲者
第五話 二人目の犠牲者
夜の森は静かだった。
虫の声。
風の音。
木々のざわめき。
三年前と何も変わらない。
玲司は音も無く森を進んでいた。
足跡を消し。
気配を殺し。
呼吸すら制御する。
学校で見せる軽薄な笑顔は無い。
そこにいるのは訓練された工作員だった。
◇
目指す場所は決まっている。
地下施設。
傭兵達の拠点だった場所。
爆発で崩壊したはずの場所。
「生き残りがいるなら必ず利用する」
玲司は呟く。
補給拠点。
隠れ家。
武器庫。
理由はいくらでもある。
◇
やがて森が開けた。
崩れたコンクリート。
地下施設の入口。
三年前と比べてかなり崩れている。
しかし残っていた。
玲司はしゃがむ。
地面を確認した。
そして目を細める。
「やっぱりな」
足跡。
それも複数。
誰かが利用している。
しかも最近だ。
◇
その時だった。
ガサッ。
玲司は反射的に物陰へ飛ぶ。
数秒後。
一人の男が現れた。
軍服。
深い傷跡。
無精髭。
手にはライフル。
昼間目撃された人物だった。
◇
(いたな)
玲司は観察する。
記憶を探る。
だが思い出せない。
三年前の傭兵達の中にはいなかった。
少なくとも直接会っていない。
新しい人間だ。
あるいは後から来た者。
◇
男は周囲を警戒する。
そして小さな無線機へ向かって話し始めた。
「こちらハウンド」
英語だった。
「予定通り進行中」
玲司の表情が変わる。
進行中?
つまり事故ではない。
◇
「被験者の確保はまだだ」
男が続ける。
「だが候補は見つかった」
被験者。
その単語に嫌な予感を覚える。
ブーストだ。
間違いない。
◇
「必要なら処分する」
無線が切れる。
男は施設へ入っていった。
玲司は追いたかった。
しかし。
◇
ドォォォン!
遠くで悲鳴が響いた。
キャンプ方向。
玲司の顔色が変わる。
「しまった!」
◇
全力疾走。
森を駆ける。
枝を飛び越える。
崖を下る。
身体能力は高校生離れしていた。
三年間の訓練の賜物だ。
◇
キャンプが見えてきた。
異変は遠目にも分かった。
悲鳴。
怒号。
泣き声。
大勢が騒いでいる。
◇
玲司が飛び込む。
そして。
光景を見る。
◇
死体だった。
また。
血だまり。
倒れる男子生徒。
胸に深々と刺さったナイフ。
◇
二人目。
◇
「健吾!」
誰かが叫ぶ。
玲司は目を見開いた。
森崎健吾だった。
サバイバルオタク。
昨日まで生きていた男子生徒。
◇
その時。
姫川が震える指を伸ばした。
「やっぱりよ……」
皆が振り向く。
その先。
◇
李美月が立っていた。
死体のすぐ近くに。
◇
空気が凍る。
◇
「また……」
高城が呟く。
絶望したような顔。
「おい、嘘だろ……」
久我ですら青ざめる。
◇
美月は首を振った。
「違う!」
涙を流す。
「違うの!」
だが。
もう誰も聞いていなかった。
◇
一回目は偶然。
二回目は?
◇
人間は偶然だと思わない。
◇
「二回だぞ」
男子生徒の一人が言った。
「さすがにおかしいだろ」
「でも!」
美月が叫ぶ。
「本当に私じゃ……」
◇
「黙れ!」
怒鳴り声。
女子が後退る。
男子達も険しい顔になる。
恐怖が限界だった。
◇
「もう無理だ」
「危険すぎる」
「閉じ込めろ」
「監禁しよう」
「縛った方がいい」
◇
次々と声が上がる。
玲司は見ていた。
最悪の流れだ。
◇
集団心理。
恐怖。
生贄探し。
◇
犯人が見つからない時。
人間は誰かを犯人にしたがる。
◇
そして。
ついに。
誰かが口にした。
「死刑にするべきじゃないか」
◇
静まり返る。
だが誰も即座には否定しない。
◇
教師は泣いているだけ。
高城も混乱している。
久我は反対したいが少数。
◇
美月は震えていた。
絶望した顔だった。
三年前と同じ。
助けを求める目。
◇
玲司は静かに拳を握る。
限界だった。
◇
その時。
暗闇の森の奥。
誰にも気付かれず。
一人の男が笑っていた。
傷だらけの傭兵。
◇
「そうだ」
男は呟く。
「もっと疑え」
◇
その手には。
小瓶が握られていた。
中には青い液体。
人を怪物へ変える薬。
◇
ブースト。
◇
そして男は笑う。
「実験は成功だ」
◇
一方で玲司は決意していた。
遊び人ごっこは終わりだ。
もう時間がない。
このままでは美月が殺される。
◇
次の夜。
玲司はついに動き出す。
暗殺者として。
真犯人を狩るために。




