第四話 裁判
第四話 裁判
朝の空気は重かった。
誰もまともに眠れていない。
当然だった。
昨日までクラスメイトだった人間が殺されたのだ。
しかも殺人犯がいるかもしれない。
そんな状況で平常心を保てる高校生などいない。
砂浜に集まった生徒達の顔は暗かった。
そして。
その中心にいるのは李美月だった。
◇
彼女は岩へ背中を預けて座っていた。
周囲には誰も近付かない。
まるで伝染病患者だった。
いや。
扱いはそれ以下かもしれない。
殺人犯扱いなのだから。
「……」
美月は何も言わない。
泣き腫らした目。
青白い顔。
ずっと俯いたままだった。
◇
玲司は離れた場所から見ていた。
誰が味方で。
誰が敵か。
それを見極めるために。
◇
最初に口を開いたのは森崎だった。
「話し合うべきだと思う」
サバイバルオタク。
昨日から急激に発言力を増している男だ。
「犯人を放置するのは危険だ」
数人が頷く。
それを見て玲司は覚えた。
恐怖が広がっている。
そして恐怖は理性を奪う。
◇
「待ちなさい」
榊原雪乃が言った。
委員長らしく冷静だった。
「まだ犯人と決まった訳じゃないわ」
「でも証拠はある」
森崎が反論する。
「現場にいた」
「ナイフも持ってた」
「他に誰がいる?」
正論に聞こえる。
だから厄介だった。
◇
「私じゃない!」
美月が叫ぶ。
初めて大きな声を出した。
「信じて!」
だが。
返事は無い。
皆目を逸らした。
◇
玲司は見ていた。
その様子を。
そして思う。
駄目だ。
証拠より感情が優先されている。
一度疑われた人間を集団は簡単に許さない。
◇
高城が口を開く。
「美月」
彼も辛そうだった。
「何があったのか話してほしい」
美月は震える。
だが答えた。
正直に。
森へ行ったこと。
施設を見つけたこと。
気付いたら死体があったこと。
ナイフは死体の近くに落ちていたこと。
全て。
◇
しかし。
皆の反応は悪かった。
「苦しくない?」
姫川が言う。
「そんな都合良く犯人だけ消える?」
「それは……」
答えられない。
実際その通りだからだ。
◇
「隔離した方がいい」
誰かが言った。
女子だった。
「え?」
美月が顔を上げる。
「犯人じゃなかったとしてもさ」
別の男子が続く。
「念のため」
「危険じゃん」
「俺も賛成」
意見が増える。
どんどん。
どんどん。
◇
玲司は知っている。
これを。
群集心理という。
一人なら言わない。
だが二人言う。
三人言う。
すると皆言う。
そして暴走する。
◇
「ふざけないで!」
久我が叫んだ。
珍しく怒っていた。
「証拠ないだろ!」
「でも人が死んでるんだぞ!」
男子の一人が怒鳴る。
「次俺達が殺されたらどうするんだ!」
周囲も頷く。
恐怖が支配していた。
◇
「じゃあ聞くけど」
玲司が初めて口を開いた。
皆が振り向く。
普段は軽薄な男。
こんな場面で発言するとは思っていなかったのだろう。
◇
「首の傷見たやついる?」
沈黙。
予想通りだった。
誰も見ていない。
死体が怖かったから。
◇
玲司は続ける。
「俺見たんだけどさ」
嘘ではない。
「女の子がやるにしては傷深くね?」
空気が変わる。
◇
実際にはもっと分かっている。
鋭利な刃物。
筋肉の使い方。
一撃。
ためらい無し。
相手は訓練経験者だ。
少なくとも美月ではない。
だがそこまで話す訳にはいかなかった。
◇
「じゃあ犯人分かるのか?」
森崎が睨む。
玲司は肩をすくめた。
「知らん」
本当は少し分かる。
だが証拠が無い。
◇
その時だった。
ガサッ。
森の茂みが揺れた。
全員が振り向く。
◇
飛び出してきたのは男子生徒だった。
息を切らしている。
顔面蒼白。
震えている。
「やばい!」
叫んだ。
「やばいぞ!」
◇
「どうした!?」
高城が駆け寄る。
男子生徒は森を指差した。
◇
「人がいた!」
その一言で場が凍る。
◇
「は?」
「誰が?」
「生存者か?」
質問が飛ぶ。
男子生徒は首を横に振った。
◇
「違う」
声が震えている。
「制服じゃなかった」
◇
全員の顔色が変わる。
玲司だけは変わらない。
予想していたから。
◇
「軍服みたいなの着てた」
男子生徒が続ける。
「顔に傷があって」
「銃持ってた」
◇
騒然となる。
教師が悲鳴を上げる。
女子達も怯え始める。
◇
そして。
玲司の中で一つの可能性が確信になった。
三年前の生き残り。
傭兵。
あるいは関係者。
◇
そいつが。
この島にいる。
◇
その夜。
玲司は誰にも見られないよう森へ向かった。
遊び人の顔を捨て。
暗殺者の顔へ戻りながら。
「あんたか」
静かに呟く。
「生き残ってたのは」
森の奥に残る古い戦場跡。
そこへ向かいながら。
◇
そして同じ頃。
キャンプでは。
皆が寝静まった後。
一人の人影が静かに立ち上がった。
手には血の付いたナイフ。
標的へ向かってゆっくりと近付いていた。




