第三話 第一容疑者
第三話 第一容疑者
時間が止まったようだった。
月明かりに照らされた広場。
崩れたコンクリート。
地下施設へ続く鉄扉。
そして。
血だまりの中に転がる男子生徒。
「…………」
李美月は震えていた。
顔は真っ青。
呼吸も乱れている。
手にはナイフ。
刃には血。
誰が見ても最悪の状況だった。
◇
だが。
玲司は死体を見た瞬間に違和感を覚えた。
美月ではない。
まずそう思った。
理由は簡単だった。
怯え方が本物だった。
演技ではない。
そしてもう一つ。
玲司はゆっくり周囲へ視線を向ける。
地面。
草。
木々。
闇。
痕跡を探す。
訓練の成果だった。
「どうして……」
美月が震える。
ナイフを落とす。
「私じゃない……」
その瞬間。
森の奥から声が響いた。
「いたぞ!」
まずい。
玲司の顔色が変わる。
◇
数秒後。
高城達が広場へ飛び込んできた。
焚き火の明かりを持っている。
久我。
榊原。
姫川。
教師。
他の生徒達。
全員がやって来た。
そして。
光景を見る。
沈黙。
誰もが言葉を失った。
◇
「……は?」
最初に呟いたのは姫川だった。
死体を見る。
血を見る。
ナイフを見る。
最後に美月を見る。
「ちょっと待って」
さらに顔が青くなる。
「何これ」
答えられる者はいない。
◇
高城がゆっくり近付いた。
死体を確認する。
脈を調べる。
そして。
重い声で告げた。
「死んでる」
ざわめき。
誰かが悲鳴を上げた。
教師が口元を押さえる。
生徒達の顔から血の気が引いていく。
◇
死体は男子生徒だった。
佐藤亮介。
クラスでは目立たない存在。
特に敵も作らない。
普通の少年。
その首が深く切られていた。
大量出血。
即死。
◇
「うそ……」
「嘘だろ……」
「人が死んだ……」
現実感が無い。
つい数時間前まで一緒に飛行機へ乗っていた人間が死んでいる。
しかも殺された。
◇
そして。
全員の視線が集中した。
美月へ。
誰も口にしない。
だが。
考えている事は同じだった。
死体の側。
血の付いたナイフ。
唯一いた人物。
状況証拠だけなら十分すぎた。
◇
「私じゃない!」
美月が叫ぶ。
涙を浮かべながら。
「来た時にはもう……!」
「じゃあそのナイフ何?」
姫川が怯えた声で言う。
美月が固まる。
答えられない。
パニック状態だった。
◇
最悪だった。
玲司は内心で舌打ちする。
冷静に説明できる精神状態ではない。
だから余計に怪しく見える。
案の定。
生徒達が後退る。
恐怖から。
本能的に。
◇
「落ち着こう」
高城が言う。
しかしその顔にも警戒が浮かんでいた。
「まず話を聞こう」
◇
だが。
森崎健吾が口を開いた。
サバイバルオタクだった男だ。
「いや」
全員が振り向く。
「話は簡単だろ」
冷たい声だった。
「犯人じゃん」
美月の顔が真っ白になる。
◇
ざわめき。
すぐには否定されない。
誰もが心のどこかで思っていたからだ。
状況証拠。
現行犯に近い状況。
無人島。
密室。
◇
「待てよ」
久我が言う。
「それは決め付けだろ」
「じゃあ他に誰がいるんだ?」
森崎が反論する。
「隠れる場所なんてないぞ」
それも事実だった。
◇
玲司は黙っていた。
観察している。
皆を。
死体を。
地面を。
周囲を。
そして。
一つの痕跡を見つける。
草の潰れ方。
靴跡。
木の傷。
誰も見ていない。
だが確かに残っている。
犯人の痕跡が。
◇
(面白い)
玲司は思う。
犯人は素人ではない。
それどころか。
かなり慣れている。
現場が綺麗すぎた。
◇
その時。
教師が震える声で言った。
「今日は戻りましょう……」
限界だった。
完全に心が折れている。
◇
結局。
死体は運ばれた。
皆で。
重苦しい空気のまま。
美月も連行される。
まるで犯罪者のように。
誰も守ろうとしない。
高城ですら距離を置いていた。
◇
歩きながら。
玲司は小さく空を見る。
月が出ている。
三年前と同じだった。
あの日も月夜だった。
リーが死んだ夜も。
◇
そして気付く。
森の奥。
暗闇の中。
こちらを見る影がいた。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
誰かが笑った。
◇
次の瞬間。
消える。
気配ごと。
完全に。
◇
玲司の表情が変わる。
昼の顔ではない。
遊び人でもない。
高校生でもない。
任務中の暗殺者だった。
◇
(生き残りがいたのか)
嫌な予感が確信へ変わる。
三年前。
傭兵集団は全滅したと思っていた。
だが違う。
誰かいる。
この島に。
◇
しかも。
そいつは人を殺した。
そして。
わざと美月へ罪を着せた。
◇
「なるほど」
玲司は小さく笑った。
冷たい笑みだった。
「そういうゲームか」
犯人はまだ見つからない。
だが。
狩る側は決まった。
◇
夜。
誰も眠れないキャンプ地で。
玲司だけが静かに森を見つめていた。
そして決意する。
李美月は犯人ではない。
ならば。
真犯人を見つける。
必要なら・・・殺してでも。




