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第十話 あの日の島(後編)

 第十話 あの日の島(後編)


 神崎京香が死んだのは、島へ流れ着いてから三週間後だった。


 あの日のことを玲司は今でも鮮明に覚えている。


 地下施設への潜入作戦。


 リーが警備兵を引き付ける。


 玲司が美月を救出する。


 神崎が通信設備の証拠を回収する。


 単純な作戦だった。


 成功するはずだった。


 少なくとも玲司はそう信じていた。


 だが。


 現実は違った。


 施設最深部で見つけた資料によって全てが狂った。


 そこにはブーストの研究資料が残されていた。


 被験者リスト。


 実験データ。


 取引記録。


 そして。


 購入者の名前。


 その中にあったのは世界中の企業だった。


 軍需企業。


 製薬会社。


 犯罪組織。


 さらに。


 一つの巨大企業の名前。


 九条グループ。


 玲司の父親が会長を務める企業。


 玲司は凍り付いた。


 神崎も言葉を失っていた。


「そんな……」


 玲司は笑ってしまった。


 理解できなかった。


 だが資料は本物だった。


 偽造ではない。


 つまり父親は。


 少なくとも何らかの形でこの研究へ関与している。


 そういうことだった。


 その時。


 銃声が響いた。


 神崎の体が揺れる。


 胸から血が噴き出した。


「神崎さん!」


 玲司が叫ぶ。


 神崎が崩れ落ちる。


 背後には男が立っていた。


 傭兵達の指揮官。


 コードネーム《ハウンド》。


 三年前。


 島の傭兵団の指揮官だった男。


 顔に大きな傷を持つ男だった。


「見つけてしまったな」


 男が笑う。


 神崎は血を吐きながら玲司を見た。


 震える手で資料を押し付ける。


「逃げて……」


「嫌だ!」


「聞いて……!」


 神崎が涙を流した。


 玲司は初めて見た。


 強いはずの彼女が泣く姿を。


「美月ちゃんを助けて……」


 血が広がる。


「あなたは生きて……」


 そして。


 動かなくなった。


 玲司の世界から音が消えた。


 怒り。


 悲しみ。


 絶望。


 全部が混ざった。


 だが。


 泣いている時間はなかった。


 リーが来たからだ。


 銃撃戦の中。


 血まみれになりながら。


「娘は救出した」


 そう言った。


 美月は気絶していた。


 だが生きていた。


「リーさん」


 玲司の声は震えていた。


 男は笑った。


 疲れ切った顔で。


「最後の仕事だ」


 そして見せた。


 起爆装置を。


 タンカー。


 地下施設。


 そしてブースト保管庫。


 全部を吹き飛ばすためのものだった。


「駄目です!」


 玲司は叫んだ。


「一緒に逃げましょう!」


 リーは首を振った。


「無理だ」


 周囲では銃声が続いている。


 既に囲まれていた。


 逃げられない。


 誰かが残るしかない。


 その事実をリーは理解していた。


「娘を頼む」


 玲司は何も言えなかった。


 リーは美月を抱き上げる。


 そして玲司へ渡した。


「お前なら守れる」


 その言葉は重かった。


 十三歳の少年には。


 重すぎた。


 だが。


 拒否できなかった。


 リーは最後に笑った。


 父親の顔だった。


 優しい顔だった。


 そして。


 玲司を突き飛ばした。


「走れ!」


 次の瞬間。


 島が揺れた。


 大爆発。


 炎。


 衝撃波。


 タンカーが吹き飛ぶ。


 地下施設が崩壊する。


 傭兵達が消えた。


 リーも。


 その中へ消えた。


 玲司は美月を抱えながら走った。


 泣きながら。


 叫びながら。


 ただひたすら。


 生き残るために。


 それが三年前の真実だった。


 そして現在。


 玲司は地下施設の前へ立っていた。


 崩れた入口。


 暗闇。


 そして奥にいる敵。


 ハウンド。


 三年前死んだはずの男。


 全ての元凶。


「思い出したか?」


 施設の奥から声が響く。


 玲司の表情から感情が消える。


「全部な」


 静かな声だった。


 ハウンドが笑う。


「なら見せてやる」


 鉄扉が開く。


 その先に。


 拘束された美月がいた。


 そして。


 大量のブースト。


 さらに。


 見知らぬ武装集団まで。


 十人以上。


 銃を持っている。


「三年前の続きだ」


 ハウンドが腕を広げる。


「歓迎するよ」


 玲司の目が細くなる。


 三年前は子供だった。


 守られる側だった。


 だが。


 今は違う。


 リーの技術。


 組織での訓練。


 三年間の地獄。


 全てがある。


 ハウンドはまだ知らない。


 目の前の高校生が。


 もはやただの高校生ではないことを。


 そして。


 美月もまた。


 震えながら玲司を見ていた。


 何かを思い出したような顔で。


「……玲司……?」


 初めて。


 彼女はその名を口にした。


 三年間眠っていた過去が、ついに動き始める。


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