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暗殺者、襲来


 誰もいない放課後の教室でただ一人。


「なんでこんなことに」


 校則を破ってミリエラとの決闘を行った罰として、教室の掃除をさせられることになった。カラスリ先生があんなに怒ってるのを見たのは初めてかもしれない。

 ちなみに、事の発端のミリエラはいない。決闘で気絶したあと保健室に連れて行かれ、その後の授業も顔を出さなかったのだ。


「はぁ。決闘なんて受けなければ、っ!?」

 

 後悔の言葉を吐いたその時、突如背筋に寒気が走った。


「......」


 誰かが、後ろにいる。首筋に刃物が当てられているような感覚。


「......誰だ?」


「......殺す」


「っ!?」


 殺気が強くなったその時、ガチャリと教室の扉が開いた。


 一瞬にして、背後の気配が霧散する。すぐさま振り返るものの、そこには誰もいなかった。


「あら? まだ教室に残ってた生徒がいたのね?」


 教室へと入って来たのは、二十代後半くらいの綺麗な女性だった。......女性教師の中に、ここまでの巨乳はいなかったはずだが。


「うふふ、男の子ですわね」


「......すまない、不躾だった」


 俺は慌てて視線を逸らし、謝罪する。


「いえいえ、お気になさらず。初めまして、(わたくし)はサディと申します」


 サディと名乗った女性は、仰々しくお辞儀をする。


「マリユス・サーチャルだ」


 軽くお辞儀を返し、名前を名乗る。


「マリユスくん、ですね。よろしくお願い致します。ところで、マリユスくんはミリエラという女の子をご存知ないかしら?」


「ミリエラ?」


 まさかその名が出るとは思わず、驚いて聞き返してしまう。


「あら、その反応はご存知のようですね。その子が今どこにいるかはご存知ですか?」


「......えーっと」


 さっき感じた怪しい気配の事もある。サディと名乗るこの女性を安直に信じて良いものか。


「うーん、警戒させちゃったかしら。困ったわねぇ、あなたを安心させる証拠があればいいのだけれど」


 そう言って、サディは手に提げたバッグの中を漁り始める。

 俺の誤解を解こうと必死になるその姿に何だか申し訳なさを覚えた。


「......分かった。だったら、俺と一緒に行かないか?」


 そこで折衷案を提示することにする。


「マリユスくんと?」


 思いがけない提案だったのか、女性は首を斜めに傾ける。


「ああ。それならサディは迷わずにミリエラに会えるし、あんたがミリエラを狙う暗殺者とかだったら俺が止めればいい。こう見えて、腕には自信があるんだ」


「なるほど。私としては助かりますが、マリユスくんは何か用があったのでは?」


「......大したことじゃないから気にするな」


 掃除をサボれる言い訳もできてラッキーだな。


 と言うわけで、俺たちは保健室に向かうべく教室を出ることにした。


 のだが、ちょうどミリエラが教室にやって来た。


「なんで私があんたと教室の掃除なんかしなくちゃいけないのよ!!」


 教室に入って開口一番、そんな文句を叫ぶ。俺は耳を塞ぎながら、反論する。


「元はと言えば、お前が悪いんだろ。巻き込まれたのは、俺のほうだ」


「ふんっ!!」


 言い返せなくなったからか、拗ねやがった。


「そんな事より、お前を探してる人がいるんだが......」


 そう言ってサディの方へ顔を向けると、さっきと纏う雰囲気が違っていた。


「会いたかったわ、ミリエラちゃん」


「......あんたが何で学園にいるのよ」


「何でって、貴方を殺すために決まってるじゃない?」


「しつこいわね!! 誰にも言わないって言ってるでしょ!!」


「誰にも言わなくたってダメよ。あの秘密を知ってる人は一人でもこの世に存在しちゃダメなの」


 突然雪崩れ込んできた情報量に俺は一瞬フリーズする。


「ちょっと待ってくれ。サディ、ミリエラを殺すってのはどういうことだ?」


「そのままの意味よ。貴方が警戒してた通り、私はミリエラちゃんを狙う暗殺者だったってこと」


「......ミリエラ、説明してくれ」


「ちょっとしたトラブルがあって、この女は私の命を狙ってるのよ」


「どんなトラブルがあったら、命を狙われたりするんだ?」


「それは」

「"火よ、その女を燃やしなさい"」


 ミリエラが口を開いたその時、サディが生み出した炎の塊がミリエラの元へと一直線に向かった。


「"水よ、壁となれ"!!」


 ミリエラに直撃する寸前のところで、水の壁で防ぐ。


「ダメよ、ミリエラちゃん。話しちゃったらマリユスくんまで殺さなきゃいけなくなるでしょ?」


 こいつ、今本気でミリエラを殺す気だった。


「ミリエラちゃんを差し出してくれたら、マリユスくんは見逃してあげるわ」


「差し出すわけねえだろ。俺を見逃してくれるって保証もねえのによ」


「嘘じゃないわ。私だって、むやみに人を殺したいわけじゃないもの」


「暗殺者の言うことは信じちゃいけない。これくらい子供でも知ってるぜ?」


「......残念だわ、将来有望な子がここで二人も死んでしまうのは。せめて、仲良く二人一緒に殺してあげる」


「残念ながら、仲は悪いんだよ!!」


「"風よ、目の前の二人を切り裂きなさい"」

「"土よ、強固な壁となれ"!!」


 迫り来る突風を土の壁で凌ぐ。


「あら、マリユスくん土魔法も使えるの? ......もしかして、噂の四属性使いってあなたのこと?」


「さあ、どうだろうな?」


 こいつは風の魔法使いか? それとも。


「おいミリエラ、こいつの使える属性は?」


「なっ、この女と戦うつもり? ダメよ、逃げて助けを呼ぶべきだわ!!」


「"火よ、目の前の二人に降り注ぐ雨となりなさい"」


 無数の赤い雨が頭上から降ってくる。


 二属性以上は確定、か。


「"風よ、思いっきり吹き飛ばせ"」


 何とか降って来た雨全てを凌ぎ切る。

 

「この女が逃げる時間をくれると思うか? 俺たちで協力して迎え撃つ方が現実的だ」


「勝てるわけないでしょ!? 私たちまだ学生よ!!」


「"火よ、無数の矢となり敵を撃ちなさい"」

「"水よ、大きな壁となれ"」


 サディは複雑な詠唱の魔法を何発も撃っている。相当魔力量に自信があるらしい。

 ただ相殺するだけじゃ俺の魔力が先に尽きてしまう可能性が高い。


「どっちにしろ、戦わなきゃ死ぬだけだ!! 協力しろミリエラ!!」


「野蛮な言葉遣いの割に、マリユスくんってとても素直な戦い方をするのね。詠唱も端的な指示ばかりで、先のことを考えたとっても慎重で臆病な戦い方だわ」


「後先考えず突っ込んで負けるよりは良いだろ」


「うふふ、それもそうね。でもあなたはそれだけじゃ無い気がするわ」


「......どういう意味だ?」


「さあね? 私を楽しませてくれたお礼に、私のとっておきを見せてあげる」


「とっておき?」


 嫌な予感が頭をよぎる。


「"火と風よ、爆ぜなさい"」


 瞬間、サディを中心に強大な爆発が起きた。


「ぐっ!?」


 俺とミリエラは教室の端へと吹き飛ばされ、背中を壁に強打する。


「属性複合詠唱。複数の属性を扱う君なら知ってるでしょ?」


「あいにく、燃費の悪い詠唱は好みじゃなくてね」


 かろうじて意識はあるが、体へのダメージは大きい。


「あら残念、四属性の複合詠唱が見れると思ってワクワクしてたのに」


「あーもう、やってやるわよ!! "土よ、暗殺者を縛る鎖となれ"!!」


 その時、躍起になったミリエラが昼に見せた土の鎖でサディを縛り上げる。


「あら? 動けなくなっちゃったわ」


 鎖に縛られてもなお、サディは余裕そうな態度を崩さない。

 何か隠し玉があるのかもしれないが、今が攻め時だろう。


「"土よ、複数の球となれ"。"火よ、複数の球となれ"。"風よ、前方に拡散せよ"」


 無数の土と炎の球がサディを襲う。


「"風よ、迫り来る障害を全て切り裂きなさい"」


 しかし、サディはその全てを風の刃で凌ぎ切る。


「この程度なら、案外拍子抜けなのだけれど、っ!?」


「もらったわ!!」


 サディが俺の魔法に気を取られているその隙に、土の棍棒を作り出したミリエラがサディを攻撃。それが俺たちの作戦だった。


 作戦は功を奏し、ミリエラの棍棒はサディの頭へと直撃。するかと思われたが、いつの間にか鎖から抜けていたサディが体を捻り、棍棒は頭ではなく少し下の豊満な胸へと焦点を定めていた。


「「「っ!?」」」


 その瞬間、全員が驚愕した。


 サディの胸が跡形もなく、消し飛んだのである。


「は?」

「......まっずいわね」


 サディはしばらく俯いたまま、そして突然笑い出した。


「ハハハハハハ!!!! まさか私の秘密を知る人間がこの世に二人存在してしまうとはね!!」


「秘密って、その虚乳のことかよ!!」


 サディは細い目をかっ開き、俺を睨みつける。


「......もう良いわ。全部終わらせてあげる」


「なに?」


「ねえ、マリユスくん。どうして魔法を発動する時、属性名の詠唱を言うか知ってるかしら?」


「何の話だ?」


「あれは、体内の魔力を外に出すための詠唱なのよ。いわば、魔法の準備段階」


「だから、なぜ今その話をする?」


「じゃあ、ここで問題。属性名の詠唱を行わず、魔法を発動したらどうなると思う?」


「......そもそも発動すらしないだろ」


「正解。でも、それは意図せず破棄してしまった場合」


 また、嫌な予感が頭をよぎる。


「じゃあ、意図してその準備段階を破棄したらどうなると思う?」


「魔力の抽出を行わず、魔法を使うってことか?」


「そう、体内の魔力ぜ〜んぶ使って放つ魔法、それってどれほどの威力になるのかしらね?」


「......待て。お前、何をするつもりだ?」


 俺が止めるよりも早く、優艶な笑みを浮かべたサディの唇が言葉を紡ぐ。


「"爆ぜなさい"」


 サディの体が赤く光り、凄まじい熱気が俺たちを呑み込む。


 ーー足元の地面が沈んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 一人の殺し屋が命を代償に放った巨大な爆風が、全てを破壊する。


 静寂が戻る頃には、教室の中には塵一つ残っていなかった。


 しばらくして、一部の床がひっくり返る。


「......死ぬかと思った」

「あなたと意見が合うのは不服だけど、今回ばかりは同じ気持ちだわ」


 そこから顔を出したのは、マリユスとミリエラ。そして。


「ふぅ、間一髪だったね」


 サディの狂った自爆から救ってくれたマリユスの唯一の友、カールだった。


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