第9話 王宮の違和感
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少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
「神の御子……?」
美桜は首を傾げた。
その日の授業中。
エレナが何気なく口にした言葉だった。
「はい」
エレナは本を閉じる。
「ユリウス殿下を指す呼び名の一つです」
「え?」
「主に神殿の上層部が使う呼び方ですね」
美桜は瞬きをした。
「神に愛された皇子って呼ばれてるのは知ってましたけど……」
「そんなにすごい人なんですか?」
エレナは少しだけ考えた。
そして静かに頷く。
「ええ」
「間違いなく、この国で最も特別な方のお一人です」
美桜は身を乗り出した。
「詳しく聞きたいです!」
エレナは小さくため息をつく。
「授業が進みませんね」
「お願いします!」
「……仕方ありません」
エレナは本を閉じた。
珍しく遠くを見るような目になる。
「私が九歳の頃の話です」
「ユリウス殿下がお生まれになった日」
「王都中が大騒ぎになりました」
「空から花が降っている、と」
美桜は目を瞬いた。
「花?」
「神花です」
エレナは答える。
「神殿の奥にのみ咲く王国の象徴」
「本来、その季節には咲きません」
「ましてや王都全体に降るなどあり得ない」
美桜は息を呑む。
エレナは続けた。
「最初は誰も信じませんでした」
「ですが外へ出ると、本当に降っていたのです」
その時のことを思い出しているのか。
いつも冷静なエレナの表情が少しだけ柔らかくなった。
美桜は目を丸くした。
「見たんですか?」
「ええ」
エレナは静かに頷いた。
「王都の空が白く染まっていました」
「まるで神様が祝福しているようでした」
美桜は思わず聞き入る。
「すごい……」
「さらに」
エレナは言う。
「ユリウス殿下は紫色の瞳を持ってお生まれになりました」
「神話に登場する英雄王と同じ色です」
「それで神に愛された皇子……」
「はい」
エレナは頷く。
「そして神殿の一部では神の御子と呼ばれるようになりました」
美桜は少し考えた。
そこまで聞くと。
むしろ疑問しか浮かばない。
「普通なら」
ぽつりと言う。
「ユリウス様が皇太子になりますよね?」
部屋の空気が変わった。
エレナの手が止まる。
数秒。
沈黙。
そして。
「その話は」
眼鏡を押し上げながら言った。
「王宮ではなさらない方がよろしいでしょう」
「やっぱり何かあるんですね!?」
「あります」
即答だった。
「あるんだ!?」
「あります」
二回言った。
よほどらしい。
美桜は黙った。
エレナもそれ以上は語らない。
だが。
その反応だけで十分だった。
王宮には何かある。
それもかなり面倒な何かだ。
◇ ◇ ◇
午後。
授業を終えた美桜は王宮の廊下を歩いていた。
最近少しずつ慣れてきた。
それでも。
違和感は増している。
侍女たちの会話。
騎士たちの視線。
貴族たちの噂。
誰もが何かを気にしている。
「気のせいかなぁ……」
その時だった。
前方に人だかりが見えた。
数人の貴族たち。
その中心にいるのは。
ラシスだった。
今日も純白の扇を手にしている。
真っ白な絹地。
上品で美しい。
遠目には何の模様もないように見える。
だが。
ふと光が当たった瞬間。
刺繍が浮かび上がった。
白百合。
そして。
百合の茎に絡みつく一匹の蛇。
糸の色が僅かに違うだけ。
近くで見なければ気付けない。
だが。
一度気付くと目が離せなくなる。
「綺麗……」
思わず呟く。
王国最高の職人が作ったと言われても信じる。
そんな逸品だった。
ラシスは扇で口元を隠しながら何か話している。
貴族たちは頷く。
誰も反論しない。
誰も逆らわない。
まだ十七歳なのに。
まるで長年政治を動かしてきた人みたいだった。
「すごいなぁ……」
美桜が感心していると。
ラシスが振り返った。
目が合う。
その瞬間。
身体が固まった。
青い瞳。
美しい。
けれど。
恐ろしい。
蛇に睨まれた蛙とはこういうことなのかもしれない。
視線だけで動けなくなる。
ラシスは微笑んだ。
完璧な笑顔。
だが。
瞳だけは笑っていない。
「ごきげんよう、聖女様」
美しい声だった。
「ご、ごきげんよう……」
何とか返事をする。
ラシスは軽く会釈する。
そして去っていった。
美桜はようやく息を吐く。
「怖っ……」
思わず本音が漏れた。
あの人。
絶対怒らせちゃいけない。
本能がそう告げていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
美桜はベッドへ倒れ込んだ。
「疲れた……」
天井を見上げる。
ユリウス。
カイル。
ラシス。
エレナ。
王様にはまだ会っていない。
なのに。
王宮の中だけでも十分すぎるほど面倒だった。
「この国……」
ぽつりと呟く。
「思ったよりずっと複雑だな……」
ユリウス毒殺。
国の滅亡。
最初は遠い未来の話だと思っていた。
でも違う。
王宮全体が。
どこか歪んでいる。
そんな気がしてならない。
美桜は寝返りを打った。
そして小さく拳を握る。
「まずは情報収集」
未来を変えるためにも。
犯人を見つけるためにも。
知らなければ始まらない。
そして。
今のところ一番頼りになる人物は――。
「エレナ先生だな」
美桜は頷いた。
まずは情報源を確保しよう。
つまり――エレナ攻略作戦だ。
そう決意しながら。
美桜は静かに目を閉じた。
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