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第8話 公爵令嬢ラシス

読みに来てくださってありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


それでは本編をどうぞ。

「ここが百年前の聖女様が残した記録です」


エレナは本棚から一冊の分厚い本を取り出した。


金色の髪は今日もきっちりと結い上げられている。


一本の乱れもない。


眼鏡の奥の瞳は冷静そのものだった。


「うわぁ……」


美桜は思わず声を上げた。


机の上には本が山積みになっている。


王国の歴史。


神殿の役割。


聖女の仕事。


貴族社会の仕組み。


覚えることが多すぎる。


「難しいです……」


「覚えてください」


即答だった。


容赦がない。


「エレナ先生って厳しいですよね」


「よく言われます」


本人は全く気にしていないらしい。


美桜はため息をついた。


だが。


教え方は上手い。


質問すればすぐ答えてくれる。


しかも驚くほど詳しい。


「あの」


「何でしょう」


「もしかしてエレナ先生って、すごい人ですか?」


エレナは一瞬だけ考えた。


「よく言われます」


またそれだった。


美桜は思った。


この人。


絶対すごい人だ。


その時だった。


コンコン。


部屋の扉が叩かれる。


「失礼いたします」


侍女が入ってきた。


「聖女様」


「はい?」


「ラシス・フォン・ローゼン様がお見えです」


部屋の空気が変わった。


美桜は気付かなかった。


だが。


エレナの眉が僅かに動いた。


「ローゼン公爵家ですか」


その声はいつもより少しだけ冷たい。


「お通しします」


侍女が扉を開いた。


ゆっくりと。


一人の少女が部屋へ入ってくる。


艶やかな銀灰色の髪。


宝石のような青い瞳。


完璧に着こなされたドレス。


誰もが振り返る美少女だった。


だが。


美桜はなぜか寒気を覚えた。


少女は扇を広げる。


口元を隠すように。


そして優雅に微笑んだ。


「初めまして」


声まで美しい。


「ラシス・フォン・ローゼンと申します」


完璧だった。


仕草も。


礼儀も。


笑顔も。


まるで絵画の中から出てきたようだ。


「神谷美桜です」


美桜も慌てて頭を下げる。


ラシスは微笑む。


「聖女様のお噂は聞いております」


「そうなんですか?」


「ええ」


扇の奥で笑う。


なのに。


瞳だけが笑っていなかった。


「突然ですが」


ラシスが言った。


「聖女様は皇太子殿下の婚約者になられるのでしょう?」


美桜は首を傾げる。


「なりませんよ?」


即答だった。


ラシスの動きが止まった。


ほんの一瞬だけ。


だが確かに止まった。


「……そうなのですか?」


「はい」


美桜は頷く。


「お断りしました」


沈黙。


ラシスは数秒だけ考え込んだ。


そして。


再び微笑む。


「そうですか」


その笑顔は美しい。


だが。


空気は冷たい。


「ですが」


ラシスは続けた。


「皇太子殿下は大変お優しいお方です」


美桜は首を傾げた。


誰の話だろう。


「どうか悲しませるようなことはなさらないでくださいね」


優しい声だった。


本当に優しい声。


なのに。


美桜は思った。


――これ脅されてる?


ラシスはゆっくり立ち上がる。


「本日はご挨拶だけです」


そして。


最後に扇の奥で微笑んだ。


「これから仲良くしてくださいませ」


その言葉だけを残し。


部屋を後にする。


扉が閉まった。


静寂。


数秒後。


美桜はぽつりと呟く。


「怖かった……」


「正しい感想です」


即答だった。


美桜は振り返る。


エレナが眼鏡を押し上げていた。


「え?」


「ラシス嬢は非常に優秀です」


そこまでは分かる。


美桜もそう思った。


だが。


エレナは続ける。


「ですが私はあまり好きではありません」


美桜はエレナの意外な一言に驚いた


「今の悪口ですか?」


「事実です」


即答だった。


容赦がない。


「えぇ……」


美桜は思わず引いた。


だが。


エレナの表情は真剣だった。


「聖女様」


「はい?」


「ラシス嬢には気を付けてください」


その声は静かだった。


だが。


冗談ではないと分かる。


「気を付けるって……」


「彼女は努力家です」


エレナは言う。


「そして非常に優秀です」


「ですが」


そこで言葉を切った。


「目的のためなら手段を選ばない」


美桜は息を呑む。


エレナがそこまで言う相手。


普通ではない。


「なるほど……」


美桜は腕を組んだ。


ユリウスを助ける。


国を救う。


そのためには情報が必要だ。


そして。


今の話で一つ分かった。


目の前の家庭教師は。


とんでもなく有能である。


「つまり」


美桜は頷いた。


「国の滅亡を防ぐ近道は」


エレナが首を傾げる。


「近道?」


美桜は拳を握った。


「エレナ先生攻略ですね!」


沈黙。


エレナは眼鏡を押し上げた。


「意味が分かりません」


美桜は満面の笑みだった。


絶対に味方になってもらおう。


そう心に決めるのだった。

読んでくださってありがとうございます!

毎日少しずつ更新しています。

「続きが気になる!」と思っていただけたら、とても嬉しいです。

感想をいただけると作者がとても喜びます!

次回もよろしくお願いします!

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