第10話 会えない国王
読みに来てくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
朝。
美桜は授業を受けながら考え込んでいた
エレナ攻略作戦って何したらいいんだろう……
「集中してください」
「はい!」
怒られた…ダメじゃん、自分
よし!授業で、いいとこ見せよう!!
ふと首を傾げた。
「そういえば……」
ペンを止める。
「どうかなさいましたか?」
エレナが眼鏡越しにこちらを見た。
「私、この国の王様にまだ会ってませんよね?」
エレナの手が止まった。
ほんの一瞬。
だが美桜は見逃さなかった。
「……そうですね」
「普通、最初に会うものじゃないんですか?」
「普通は」
エレナは静かに本を閉じた。
「召喚された聖女は陛下へ謁見します」
「ですよね!?」
やっぱりおかしい。
「じゃあ何で私は会ってないんですか?」
エレナは少し考えた。
「陛下は現在、ご体調を崩されております」
「そんなに悪いんですか?」
「 …………… 」
エレナは答えない。
美桜は眉をひそめた。
その沈黙が妙に気になった。
◇ ◇ ◇
授業を終えた帰り道。
美桜は廊下を歩いていた。
すると。
向こうから侍女が二人歩いてくる。
「今日は少し落ち着いておられるそうよ」
「本当?」
「薬が効いたのかもしれ――」
二人は固まった。
美桜と目が合ったからだ。
「え?」
薬?
「今のどういう――」
「し、失礼します!」
二人は顔色を変えて去っていった。
美桜はぽかんと立ち尽くす。
薬。
何の薬だろう。
風邪?
それとも。
もっと別の――。
「……考えすぎかな」
そう呟いたが。
胸のざわつきは消えなかった。
◇ ◇ ◇
夕方。
美桜は庭園へ向かった。
最近ここがお気に入りだった。
花も綺麗だし。
何より。
「やっぱりいた」
ベンチにユリウスが座っていた。
今日も本を読んでいる。
「ユリウス様」
ユリウスは顔を上げた。
「聖女か」
相変わらず短い。
「隣、いいですか?」
「好きにしろ」
美桜は腰を下ろした。
沈黙。
静かな風。
鳥の声。
沈黙。
さらに沈黙。
「 …………… 」
「 …………… 」
「ユリウス様」
「何だ」
「会話する気あります?」
「ある」
即答だった。
「本当ですか?」
「本当だ」
「全然見えませんけど」
ユリウスは少し考えた。
そして。
「何を話せばいい」
真顔で聞いてきた。
美桜は思わず吹き出した。
「そこからなんですね!?」
しばらく笑った後。
美桜はふと尋ねた。
「ユリウス様って、会話するのはあまり好きではないのですか?」
ユリウスは首を振る。
「そういうわけではない」
「じゃあ、ご自分のことを話したくないとか?」
「違う」
そして。
少しだけ視線を落とした。
「話したくないのではなく」
言葉を探すような沈黙。
「話せない」
美桜は首を傾げた。
「話せない?」
「私は」
ユリウスは遠くを見る。
「これまで、言葉を紡いだ先に待っているものが」
「受け入れがたいものばかりだった」
美桜は黙った。
いつものユリウスらしくない。
少しだけ寂しそうだった。
「例えば?」
ユリウスは少し迷う。
だが珍しく答えた。
「幼い頃」
「友人になりたいと言われたことがある」
「良かったじゃないですか」
「翌日には会えなくなった」
美桜は瞬きをする。
「父親に止められたそうだ」
「神の御子に近付くな、と」
胸が少し痛んだ。
「教師に質問したこともある」
ユリウスは続ける。
「三日後には辞めていた」
「私に関わり過ぎたらしい」
美桜は言葉を失った。
神に愛された皇子。
羨ましい存在だと思っていた。
でも違った。
誰も普通に接してくれない。
誰も友達になれない。
「だから」
ユリウスは静かに言った。
「話さなくなった」
しばらく沈黙が続いた。
美桜は考える。
そして。
勢いよく立ち上がった。
「よし!」
ユリウスが瞬きをする。
「何だ」
「じゃあ今日は私が話します!」
「……は?」
「私の世界の話です!」
ユリウスは首を傾げた。
「面白いのか」
「面白いです!」
「保証します!」
なぜか自信満々だった。
◇ ◇ ◇
「由香って友達がいるんですけどね!」
そこから美桜の独演会が始まった。
変な小説を書く話。
授業中に寝る話。
テスト前に漫画を読む話。
コンビニのスイーツの話。
ユリウスは黙って聞いていた。
最初は無表情だった。
でも。
時々。
ほんの少しだけ口元が緩む。
「今笑いましたよね?」
「笑っていない」
「笑いました!」
「気のせいだ」
「絶対笑いました!」
ユリウスは視線を逸らした。
その様子が少しだけ年相応に見えて。
美桜は嬉しくなった。
日が傾き始めた頃。
ふと美桜は尋ねる。
「そういえば」
「何だ」
「陛下ってどんな方なんですか?」
その瞬間。
ユリウスの表情が変わった。
ほんの僅かに。
だが確実に。
「……急だな」
「気になったんです」
ユリウスはしばらく黙った。
そして。
「優しい人だった」
過去形?
美桜は引っかかった。
「民を大切にしていた」
「皆に尊敬されていた」
静かな声だった。
「今は違うんですか?」
ユリウスは答えない。
代わりに立ち上がった。
そして。
「聖女」
少しだけ強い声だった。
「陛下のことは」
言葉を選ぶように沈黙する。
「……あまり深入りしない方がいい」
それは。
間違いなく忠告だった。
「どうしてですか?」
ユリウスは首を振る。
「今はまだ言えない」
そして。
「すまない」
そう言って去っていく。
◇ ◇ ◇
その頃。
別の場所では。
「また庭園か」
カイルは報告書から目を離した。
「はい」
従者が頭を下げる。
「本日もユリウス殿下と聖女様が庭園でお会いになっていたようです」
「そうか」
短い返事。
驚きはなかった。
もう何度も聞いている。
最近はいつもそうだ。
聖女の話を聞けば。
その隣にはユリウスがいる。
庭園。
図書室。
廊下。
どこへ行っても。
「 …………… 」
カイルは黙り込んだ。
昔からそうだった。
何もかも。
ユリウスだった。
剣も。
勉学も。
人望も。
神の祝福ですら。
周囲は皆ユリウスを見る。
自分ではなく。
いつだって。
「またユリウスか」
小さく呟く。
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
だが。
胸の奥にある感情は少しずつ大きくなっていた。
羨望。
劣等感。
嫉妬。
そして――。
憎しみ。
カイルは気付いていなかった。
その黒い感情が。
少しずつ自分自身を蝕み始めていることに。
◇ ◇ ◇
夜。
部屋へ戻った美桜は窓の外を見た。
王様。
薬。
ユリウスの忠告。
全部が繋がりそうで繋がらない。
だけど。
一つだけ分かったことがある。
神に愛された皇子は。
思っていたよりずっと寂しい人だった。
「……絶対に死なせたくない」
小さく呟く。
その言葉は。
使命だけではなくなり始めていた。




