第31話 それぞれの未来
読みに来てくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
あの日から数日。
王宮には久しぶりの穏やかな時間が流れていた。
王都も落ち着きを見せ始めている。
ローゼン公爵の事件。
国王への呪い。
王位継承問題。
様々な問題は残されている。
だが。
確実に前へ進み始めていた。
◇ ◇ ◇
カイルは執務室で書類に目を通していた。
机の上には大量の書類。
判子を押す。
報告書を読む。
次の案件へ目を通す。
終わらない。
だが。
以前のような重苦しさはなかった。
「カイル様」
声がした。
振り返るとエレナが立っている。
「どうした」
「国王陛下のご様子です」
カイルは手を止めた。
「父上は?」
エレナは微笑む。
「順調に回復されております」
「まだ完全ではありませんが」
「かなりお元気になられました」
カイルは小さく息を吐いた。
「ああ」
「ようやく父上が戻ってくる」
その言葉には安堵が滲んでいた。
数日前。
貴族会議で。
国王は自らの足で壇上へ立った。
その隣にはローゼン公爵の姿もある。
二人の間に以前のような険しい空気はなかった。
何が話し合われたのか。
それを知る者は少ない。
だが。
国王の表情は晴れやかだった。
会場に集まった貴族達は静まり返った。
そして。
国王は全員を見渡しながら宣言した。
『次代の王はユリウスとする』
その瞬間。
会場が大きく揺れた。
「なっ……!」
「ユリウス殿下だと!?」
「第一皇子殿下はどうなる!」
貴族達がざわめく。
だが。
その時だった。
「異議ありません」
静かな声が響く。
全員の視線が集まる。
立ち上がったのはカイルだった。
「カイル殿下……!」
驚く貴族達を前に。
カイルは真っ直ぐ前を見据える。
「王に最も相応しいのはユリウスです」
会場が静まり返った。
「兄上……」
ユリウスが目を見開く。
「私は兄上を支えるつもりでした」
「ユリウス」
カイルが弟を見る。
その表情は穏やかだった。
「私はずっと勘違いしていた」
静かな声だった。
「王にならなければ国を守れないと思っていた」
「だが違った」
会場中が耳を傾ける。
「王でなくとも国は支えられる」
「私には私の役目がある」
カイルは小さく笑った。
「そして」
「王に相応しいのはお前だ」
ユリウスは言葉を失った。
「兄上……」
カイルは肩をすくめる。
「だから胸を張れ」
「私はこれからもお前を支える」
その言葉に。
ユリウスはゆっくり頭を下げた。
「ありがとうございます」
その様子を見ていたローゼン公爵もまた静かに立ち上がる。
「私も異議ありません」
ざわめきは広がらなかった。
かつて王位継承争いの中心にいた男が認めたのだ。
反対する者はもういなかった。
カイルは窓の外を見る。
あの日から。
やるべきことは山ほどある。
ユリウスを支えるために。
この国をより良くするために。
学ばなければならないことも多い。
だが。
もう逃げるつもりはなかった。
「いい方向へ動き始めたようですね」
エレナが言う。
カイルは頷いた。
「まだ始まったばかりだ」
「はい」
エレナは柔らかく微笑む。
「私も補佐として全力を尽くします」
「お互い忙しくなりそうですね」
カイルは少し笑った。
「違いない」
エレナは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て。
カイルも少しだけ肩の力を抜く。
失ったものもある。
間違えたこともある。
だが。
これから取り戻していけばいい。
そう思えた。
◇ ◇ ◇
その頃。
ラシスは自室で一人座っていた。
手には一本の扇。
あの日。
自ら折った扇だった。
窓から差し込む光が白い扇を照らしている。
静かな部屋だった。
以前とは違う。
使用人は減った。
屋敷も以前ほど華やかではない。
豪華な調度品の多くは売却された。
ローゼン公爵は爵位こそ失わなかった。
だが。
財産の大半を国へ返還した。
公爵家の力は大きく落ちた。
今では名ばかりの公爵家だ。
ラシスは小さく息を吐く。
社交界も変わった。
以前のように媚びへつらう者はいない。
話しかけてくる者も減った。
陰では様々な噂も流れている。
あれほど眩しかった世界が。
今では遠く感じた。
だが。
それでも残った者達がいる。
給金は安くなった。
将来の保証もない。
それでも。
屋敷に残ってくれた使用人達がいた。
「お父様の人望ね……」
ラシスは呟く。
権力でもない。
財産でもない。
ローゼン公爵が積み上げてきたもの。
それがあったからこそ。
皆が残った。
ラシスは扇を握り締める。
自分はどうだろう。
人を利用し。
蹴落とし。
上へ行こうとしてきた。
間違っていたのだろうか。
しばらく考える。
そして。
ゆっくり首を振った。
「いいえ」
ラシスは窓の外を見る。
王都の街並みが広がっていた。
「私のやり方が全て間違っていたとは思わない」
それが本音だった。
お父様のために。
公爵家のために。
必死だった。
ただ。
見ている場所を間違えたのだ。
「でも」
ラシスは静かに立ち上がる。
「これからは違う」
今度は。
誰かのためではない。
公爵家のためでもない。
「自分のために生きるわ」
静かな決意だった。
ラシスは扇を開く。
折れた跡は消えない。
だが。
もう捨てようとは思わなかった。
過去もまた自分だからだ。
「私は」
小さく微笑む。
「このまま終わるつもりはないわ」
昔と同じ言葉。
だが。
意味は少し違っていた。
「返り咲いてみせる」
その瞳には。
かつての傲慢さではなく。
強い意志が宿っていた。
「お父様」
窓の外へ向かって呟く。
「進む道は違っても」
「私は私のやり方で歩いてみせます」
風が吹く。
扇が揺れた。
ラシスは静かに微笑む。
その顔は。
少しだけ大人になっていた。
王国は変わり始めている。
人もまた変わっていく。
それぞれが。
それぞれの未来へ向かって。
歩き始めていた。
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