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第29話 託された未来

読みに来てくださってありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


それでは本編をどうぞ。

光が消える。


ローゼン公爵はその場に膝をついていた。


頬を伝う涙。


震える手。


荒れ果てた広間には静寂だけが残っている。


先ほどまで吹き荒れていた黒い魔力は消え去り。


壊れた床や壁だけが戦いの激しさを物語っていた。


ローゼン公爵はゆっくりと頭を下げる。


額が床につくほど深く。


「申し訳……ありませんでした」


震えた声だった。


「私が頼りないばかりに……」


「セレスティアは死んでもなお」


「安らかに眠ることができなかった」


肩が震える。


嗚咽を飲み込むように。


拳を強く握り締める。


「王を呪い」


「ユリウス皇子を狙い」


「多くの者を傷付けた」


「私の罪は万死に値します」


誰も言葉を発しない。


聞こえるのは。


壊れた窓から吹き込む風の音だけだった。


ローゼン公爵はさらに頭を下げる。


「ユリウス皇子」


「カイル皇子」


「本当に申し訳ありませんでした」


「王の容態も程なく安定することでしょう」


「どうか」


「どうか私を処刑してください」


静まり返る広間。


その時だった。


「お父様……」


かすれた声が響く。


ラシスだった。


ローゼン公爵はゆっくりと顔を上げる。


娘を見る。


幼い頃から。


誰よりも大切だった娘。


守ってきたつもりだった。


だが。


守り方を間違えた。


そのことを今さらながら思い知る。


「ラシス」


ローゼン公爵の声は優しかった。


久しく忘れていたほどに。


「すまなかったな」


ラシスの唇が震える。


「私は……」


「お父様のために……」


言葉が続かない。


涙が零れ落ちる。


ローゼン公爵は静かに首を振った。


「違う」


「お前は私のために生きる必要などなかった」


ラシスは目を見開く。


「もっと自由で良かったのだ」


「もっと笑っていて良かった」


「もっと自分のために生きて良かった」


ラシスの瞳から大粒の涙が溢れた。


ずっと欲しかった言葉だった。


だが。


あまりにも遅かった。


ローゼン公爵は苦しそうに微笑む。


「ラシスだけは……」


「どうか助けてやってください」


「全ては私の責任です」


「この子は何も知らなかった」


「私が巻き込んだのです」


震える手が娘へ伸びる。


だが。


途中で止まった。


その手を。


ラシスが両手で包み込む。


「お父様……」


涙が止まらない。


ローゼン公爵もまた涙を流していた。


「ローゼン公爵」


美桜が一歩前へ出る。


ローゼン公爵が顔を上げた。


「貴方のしたことは」


「決して許されることではありません」


「たくさんの人を傷付けました」


「取り返しのつかないこともあります」


ローゼン公爵は何も言わない。


ただ黙って聞いていた。


「ですが」


「死んで償えば終わりですか?」


ローゼン公爵の目が見開かれる。


「傾いた国はどうなるのですか?」


「王様は?」


「ラシスさんは?」


「貴方が守りたかった国は?」


言葉が胸に突き刺さる。


「死ぬのは簡単です」


「でも」


「生きて償うのは難しい」


美桜は真っ直ぐローゼン公爵を見た。


「ローゼン公爵には」


「まだやるべきことがあります」


「国を立て直してください」


「王を支えてください」


「そして」


「ラシスさんを支えてあげてください」


ローゼン公爵の瞳から再び涙が溢れた。


ユリウスが静かに口を開く。


「ローゼン公爵」


「処刑はしない」


部屋が静まり返った。


「しばらく謹慎だ」


「その体を治せ」


「そして」


「命ある限り国のために働け」


「王の補佐役としてな」


ローゼン公爵は言葉を失う。


「それがお前への処分だ」


長い沈黙。


やがて。


ローゼン公爵は深く頭を下げた。


「はっ……」


声が震える。


「必ず……」


「必ず務めを果たします……!」


嗚咽が漏れる。


長年張り詰めていたものが。


ようやく崩れ落ちた瞬間だった。


◇ ◇ ◇


ローゼン公爵が連行された後。


カイルはその場から動けずにいた。


ただ呆然と。


床を見つめている。


「私は……」


力なく呟く。


「何もできなかった」


「利用されて」


「騙されて」


「誰も守れなかった」


握り締めた拳が震える。


「こんな私に」


「これから何ができるんだ……」


「カイル皇子」


優しい声がした。


顔を上げる。


エレナだった。


「私はそうは思いません」


カイルは苦く笑う。


「慰めはよしてくれ」


だが。


エレナは首を横に振った。


「慰めではありません」


「誰が王になるとしても」


「この国には貴方が必要です」


「私はこれからも」


「カイル様を支えたいと思っております」


カイルは言葉を失った。


胸の奥が少しだけ温かくなる。


失ったものばかりだと思っていた。


だが。


まだ残っているものもあるのかもしれない。


やがて。


カイルは小さく笑った。


「……そうか」


その声は。


どこか少しだけ軽くなっていた。


その少し離れた場所では。


ラシスが一人立ち尽くしていた。


兵士達に連れられていくローゼン公爵の背中。


それをただ見つめている。


呼び止めたい。


謝りたい。


もっと話したい。


だが。


何もできなかった。


父も。


地位も。


誇りも。


未来も。


全て失った気がした。


ラシスは足元へ視線を落とす。


そこには一本の扇が落ちていた。


自ら折った扇。


ゆっくり拾い上げる。


震える指でそっと撫でた。


かつては誰もが頭を下げた。


だが今は誰も見ていない。


ラシスは小さく笑った。


自嘲するように。


「私は……」


声が震える。


「これからどう生きればいいのかしら」


答える者はいない。


ただ。


優しい風だけが吹き抜けた。

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