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第26話 届かない想い

読みに来てくださってありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


それでは本編をどうぞ。

美桜は見逃さなかった。


倒れ込んだラシスを。


ローゼン公爵がほんの一瞬だけ見た。


その瞳に浮かんだ感情を。


心配。


悲しみ。


苦しみ。


だが。


次の瞬間には消えていた。


まるで最初から存在しなかったかのように。


ローゼン公爵はゆっくりと前へ出る。


「さて」


その一言で。


その場の空気が張り詰めた。


突如。


黒い魔力が溢れ出す。


床が軋む。


空気が震える。


ローゼン公爵の身体から噴き出した魔力は。


まるで生き物のように蠢いていた。


皮膚が黒く染まっていく。


血管のような模様が浮かび上がる。


瞳は赤く輝き。


その姿は。


もはや人ではなかった。


「なんだ……」


カイルが息をのむ。


「それは……」


エレナの顔色も変わる。


「黒魔法に侵食されています」


「もう限界のはず……」


だが。


ローゼン公爵は笑った。


「限界?」


「その程度の覚悟で」


「国は救えませんよ」


次の瞬間。


黒いエネルギーが放たれた。


轟音。


床が吹き飛ぶ。


「下がれ!」


ユリウスが叫ぶ。


同時に。


美桜の腕を掴み、自分の後ろへ引き寄せた。


黒い光が二人の目の前を通り抜ける。


先ほどまで美桜が立っていた場所は。


跡形もなく消え去っていた。


「大丈夫か」


短く尋ねる。


美桜が頷くのを確認すると。


ユリウスはすぐ前へ出た。


美桜を背に庇うように。


静かに弓を構える。


銀色の光が集まる。


光の矢。


先ほど魔物を消し飛ばした一撃。


ユリウスは迷いなく放った。


光が走る。


だが。


ローゼン公爵は片手を上げる。


それだけだった。


光の矢は空中で砕け散る。


まるで闇に飲み込まれるように。


「なっ……」


カイルが目を見開く。


ユリウスは続けて放つ。


二本。


三本。


四本。


だが。


全て闇に飲み込まれた。


届かない。


傷一つ付けられない。


カイルが剣を抜く。


「私も行く!」


一歩踏み出そうとした。


「駄目です!」


エレナが鋭く制した。


「あれは殿下でも敵いません!」


部屋が静まり返る。


誰も信じられなかった。


あのユリウスが。


圧倒的だったユリウスが。


全く敵わない。


その時。


ローゼン公爵の右手がゆっくり上がる。


黒い魔法陣が幾重にも浮かび上がる。


「来るよ!」


美桜が叫ぶ。


黒い槍が無数に生み出された。


一斉に放たれる。


ユリウスは振り返らない。


「動くな」


短く告げる。


光の矢で次々と撃ち落とす。


だが。


数が多い。


一本。


撃ち漏らした黒い槍が美桜へ迫る。


「っ!」


エレナは咄嗟に防御魔法を展開する。


だが。


黒い槍は結界を容易く打ち砕いた。


「そんな……」


エレナの表情が強張る。


次の瞬間。


ユリウスが身を翻した。


美桜を抱き寄せる。


黒い槍がすぐ横をかすめた。


壁が大きく抉れる。


「怪我はないか」


「大丈夫!」


それだけ確認すると。


再びローゼン公爵へ向き直った。


美桜は何も言えなかった。


ユリウス様は。


まるで当たり前のように。


何度も自分を守ってくれる。


その広い背中を見つめる。


胸の奥が。


少しだけ熱くなった。


「……こんな時に」


美桜は小さく頭を振る。


ユリウスは静かに弓を引く。


その紫の瞳は。


一瞬たりともローゼン公爵から逸れなかった。


そして。


低く鋭い声が響く。


「ローゼン公爵」


公爵の動きが止まる。


「どうしてそこまでする」


「国の未来を願うのなら」


「共に手を取ることもできるはずだ」


ローゼン公爵は答えない。


ユリウスは続けた。


「母は」


その一言で。


公爵の瞳が揺れた。


「母はあなたを信頼していた」


「誰よりも頼りになる男だと」


その声には。


怒りではなく。


昔を語るような静けさがあった。


黒い魔力が揺らぐ。


ほんの一瞬。


ズキッ。


ローゼン公爵が頭を押さえた。


激しい頭痛。


視界が揺れる。


脳裏に浮かぶ。


銀色の髪。


優しい笑顔。


陽だまりのような声。


『あなたなら大丈夫』


『私は信じています』


遠い日の記憶。


失ったはずの記憶。


「……セレスティア」


その名が零れる。


美桜は息をのんだ。


前聖女。


ユリウスの母。


セレスティア。


公爵の表情が苦しげに歪む。


あと一歩。


届く。


そう思った。


だが。


黒い魔力が一気に膨れ上がる。


「黙れ!!」


轟音。


黒い衝撃波が王宮を揺らした。


「まずい……!」


エレナの声が震える。


カイルも剣を構える。


だが。


誰一人として踏み込めない。


圧倒的な魔力だった。


衝撃波が部屋中を吹き荒れる。


「ぐっ……!」


カイルが吹き飛ばされる。


エレナも壁へ叩きつけられ、その場へ膝をついた。


「美桜!」


ユリウスが反射的に美桜を抱き寄せる。


衝撃が二人を襲う。


床を滑る。


それでも。


ユリウスは腕を離さなかった。


砕けた瓦礫が降り注ぐ。


その全てを背中で受け止める。


「ユリウス様!」


「心配するな」


短く答える。


その視線は。


もう一度だけ美桜の無事を確かめると。


すぐにローゼン公爵に戻る。


再び。


美桜を背にかばうように。


静かに立ち上がる。


その後ろでは。


カイルは剣で身体を支えながら、


それでも立ち上がろうとしていた。


エレナは息を切らしながら、


必死に結界を張り直す。


倒れたままのラシスは。


薄く目を開く。


震える瞳で父を見つめることしかできなかった。


公爵の瞳から。


一筋の涙が流れる。


それでも。


狂気は消えなかった。


「セレスティアの想いに報いるためにも」


震える声。


苦しそうな声。


「私は止まれない」


ゆっくりと右手を掲げる。


巨大な黒い魔力が集まり始める。


空気が悲鳴を上げる。


美桜の顔から血の気が引いた。


まずい。


今までとは比べものにならない。


本能が叫んでいた。


ローゼン公爵はユリウスを見据える。


そして。


静かに告げた。


「ユリウス」


「セレスティアが望んだ未来のためにも」


黒い光がさらに膨れ上がる。


「お前には死んでもらう」


右手が振り下ろされる。


その瞬間。


巨大な闇が解き放たれた。

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