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第19話 ユリウスの母

読みに来てくださってありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


それでは本編をどうぞ。

第19話 ユリウスの母


貴族会議から数日後。


王宮は妙な熱気に包まれていた。


廊下を歩けば誰かが噂をしている。


庭園へ行けばまた誰かが話している。


内容はどれも同じだった。


次の王は誰になるのか。


「何だか騒がしいですね」


美桜が言う。


エレナは小さく息を吐いた。


「貴族たちも焦っているのでしょう」


「焦る?」


「国王陛下は表舞台へ出られない」


「次代を考える者が増えるのは当然です」


なるほど。


言われてみればその通りだった。


その日の午後。


再び貴族たちの集まりが開かれた。


美桜も見学のため呼ばれている。


前回以上に空気が張り詰めていた。


やがて一人の貴族が立ち上がる。


「本日は皆様へお伝えしたいことがあります」


会場が静まり返る。


「第二皇子ユリウス殿下の母君についてです」


ざわりと空気が揺れた。


美桜も思わず顔を上げる。


ユリウスの母?


「今まで公表されておりませんでしたが」


「ユリウス殿下の母君は」


一拍置く。


そして。


「先代聖女様です」


一瞬。


誰も言葉を発しなかった。


そして次の瞬間――


会場が爆発した。


「何だと!?」


「本当なのか!」


「聖女の血を引いているのか!」


「まさか……!」


あちこちから声が上がる。


美桜も固まった。


「え?」


「え?」


「ええええ!?」


思わずユリウスを見る。


本人は無表情だった。


だが。


少しだけ居心地が悪そうにも見える。


視線が合う。


美桜は驚いたまま固まっていた。


その姿に。


ユリウスの表情が、ほんの少しだけ柔らいだ。


「待ってください」


美桜は思わず手を上げた。


会場が静まる。


エレナが嫌な予感しかしない顔をしている。


「前聖女様っておいくつだったんですか?」


静寂。


エレナが頭を押さえた。


「そこですか」


「そこです」


美桜は真面目だった。


「だって気になります」


「ユリウス様は17歳ですよね?」


「はい」


エレナは諦めたように答えた。


「前聖女様は百歳を超えておられました」


「はい?」


美桜は固まる。


「聖女ってすごい……」


会場の空気がおかしくなる。


エレナはため息を吐いた。


「聖女は二十代半ば頃から外見の変化が止まります」


「ですが寿命はあります」


「前聖女様も最期まで若い頃の姿のままでした」


美桜は真顔になる。


「怖っ」


「失礼ですよ」


「つまり見た目は20代で中身はおばあちゃん?」


「そうなります」


美桜はしばらく考えた。


「ちょっと羨ましいかも」


エレナはもう何も言わなかった。


だが。


次の瞬間。


その表情が少しだけ真面目になる。


「前聖女様は偉大な方でした」


会場も静かになる。


「聖女として結界を維持し」


「政治にも助言し」


「経済改革にも関わり」


「孤児院や救護院の設立にも尽力されました」


「王国の発展は前聖女様抜きでは語れません」


美桜は黙った。


それほどの人だったのか。


だから今でも皆が語るのか。


だから今でも忘れられないのか。


「聖女の血」


「王家の血」


「まさに神に選ばれた皇子ではないか」


誰かがそう言った。


それをきっかけに会場が再びざわめき始める。


「ユリウス殿下こそ次代の王に!」


「聖女の息子だぞ!」


「神意は明らかだ!」


ユリウス派は一気に勢いづいた。


その熱は貴族たちだけではない。


やがて王都にも広がっていくことになる。


聖女の息子。


神に選ばれた皇子。


次代の王。


そんな言葉ばかりが飛び交う中、


カイルは黙っていた。


何も言えなかった。


誰もが興奮し。


誰もがユリウスの名を口にする。


「聖女の血を引く皇子だ!」


「神に選ばれた王だ!」


歓声が上がる。


カイルは机の下で拳を握り締めた。


爪が掌に食い込む。


じわりと血が滲んだ。


だが。


痛みは感じなかった。


◇ ◇ ◇


会議が終わった後。


カイルは自室へ戻っていた。


部屋には誰もいない。


静かなはずだった。


ガシャン!!


机の上の花瓶が床へ叩きつけられる。


破片が飛び散った。


「ふざけるな!」


荒々しく机を叩く。


書類が散らばる。


椅子が倒れる。


息が苦しい。


胸が痛い。


何も考えられない。


「またユリウスだ!」


本を掴み壁へ投げつける。


鈍い音が響いた。


「また!」


「また!」


「またユリウスだ!」


叫び声が部屋に響く。


「聖女の息子だから何だ!」


「私は父上の息子だ!」


「第一皇子だ!」


机の上の物を次々と払い落とす。


ペン立て。


書類。


置時計。


「私は何年も頑張った!」


「王が倒れてからも!」


「この国を支えてきた!」


そこまで叫んで。


言葉が止まる。


荒い息だけが残る。


「……私では」


小さな声だった。


「私では駄目なのか」


膝から力が抜ける。


近くの椅子へ崩れ落ちた。


割れた花瓶。


散らばる書類。


荒れ果てた部屋。


それが今のカイルの心そのものだった。


コンコン。


静かなノックの音が響く。


カイルは顔を上げる。


「……入れ」


扉が開く。


そこに立っていたのはラシスだった。


ラシスは荒れ果てた部屋を見回す。


だが。


驚いた様子はない。


まるで最初から分かっていたかのように。


「殿下」


静かな声だった。


「お苦しみなのですね」


カイルは答えない。


ラシスだけがゆっくりと近付いてくる。


「ですが」


ラシスは微笑んだ。


「まだ終わってはいません」


カイルが顔を上げる。


その言葉に。


縋るように。


「……どういう意味だ」


ラシスの笑みが少しだけ深くなった。


「皆を納得させる方法があるのです」


(続く)

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