第16話 動き出す黒い影
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第16話 動き出す黒い影
王との謁見から一夜が明けた。
だが。
美桜はほとんど眠れなかった。
目を閉じるたびに思い出す。
絶望した王。
そして。
王の身体に絡みついていた黒い影。
「あれ絶対おかしいでしょ……」
病気ではない。
そんな気がしてならなかった。
翌日。
聖女としての仕事を終えた帰り道。
人気のない回廊を歩いていると。
「聖女」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
ユリウスだった。
周囲を確認してから近づいてくる。
その表情はいつもより真剣だった。
「見えたのか」
開口一番だった。
美桜は立ち止まる。
やっぱり。
そう思った。
「あの黒い影ですよね?」
ユリウスは静かに頷いた。
「見えていたのは私だけではなかったか」
どこか安堵したようにも見えた。
「ユリウス様にはいつから見えていたんですか?」
「父上が倒れてからだ」
美桜は目を見開く。
「それはつまり、倒れた原因があの黒い影ってことですか?」
「ああ」
ユリウスは窓の外を見る。
「私の……宝石眼と呼ばれるこの目で、普通の人には見えないさまざまなものを見てきた」
「私の経験から、あの王に取り憑く禍々しい影は、黒魔法の一種だと思う」
◇ ◇ ◇
二人は庭園へ移動した。
周囲に人はいない。
誰にも聞かれたくなかった。
「誰かに相談したんですか?」
「してはみたが…」
「信じてもらえなかった」
それはそうだろう。
黒い影が見えるなど普通は信じない。
しばらく考えた後。
美桜は口を開いた。
「あれは…」
「誰かの仕業って思ってるんですか?」
ユリウスがこちらを見る。
「黒魔法っていいましたよね」
「心当たりは?」
美桜は身を乗り出した。
「王様が急に倒れて」
「全てを投げ出して、塞ぎ込んで」
「そうなることが、都合のいい人物」
ユリウスは答えない。
だが。
否定もしなかった。
「私もそう考えたことはある」
その言葉に美桜は少し身を乗り出す。
「ですよね!」
「誰かが王様をあんなふうにしたんですよ!」
ユリウスは少し考え込む。
そして。
静かに言った。
「もし本当に犯人がいるのなら」
「王が倒れたことによって、最も利益を得た者が怪しい」
美桜はハッとした。
ユリウスを見る。
ユリウスもまたこちらを見ていた。
互いに何かを察する。
だが。
どちらもその名前を口にはしなかった。
その時だった。
遠くで鐘の音が響く。
王宮中がざわつき始める。
「何でしょう?」
ちょうど近くを通った侍従が足を止めた。
「貴族会議です」
「貴族会議?」
「陛下のご病気について話し合われるそうです」
侍従はそう言って去っていった。
しばらく鐘の音を聞いていたユリウスが呟く。
「始まったな」
その声は静かだった。
だが。
どこか重い。
美桜も嫌な予感がしていた。
「行ってみますか?」
美桜が言う。
ユリウスは少しだけ口元を緩めた。
「貴族会議に?」
「はい」
「犯人探しの第一歩です」
真面目な顔で言う。
ユリウスはしばらく美桜を見つめた。
そして。
「昨日」
ぽつりと呟く。
「父上は久しぶりに笑った」
美桜は目を瞬く。
「え?」
「お前のおかげだ」
静かな声だった。
「私はもう……父上は二度と笑わないと思っていた」
少しだけ目を伏せる。
「だから」
「昨日、お前を信じて良かったと思った」
美桜は照れたように笑う。
「私は何もしてませんよ」
「いいや」
ユリウスは静かに首を振る。
「お前だから出来たことだ」
ほんの少しだけ。
口元が緩む。
「……ありがとう」
そう言って美桜を見る。
その視線はどこか柔らかく。
いつもより優しかった。
その紫の瞳は。
無意識のうちに美桜だけを追い始めていた。
ユリウスはまだ、その理由を知らない。
小さく微笑むと。
何事もなかったように歩き出した。
美桜は首を傾げながら、その後を追った。
まだ何も分からない。
黒い影の正体も。
犯人も。
前聖女との関係も。
だが。
確実に何かが動き始めていた。
王宮の闇が。
少しずつ姿を現そうとしていた。
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