第13話 見えてきた歪み
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それでは本編をどうぞ。
第13話 見えてきた歪み
「今日は授業内容を変更します」
ある朝。
いつものように机へ向かおうとした美桜へ、エレナがそう告げた。
「変更?」
「はい」
エレナは眼鏡を押し上げた。
「本日は王都へ向かいます」
「王都!?」
美桜は勢いよく立ち上がった。
「王宮の外に出られるんですか!?」
「授業ですので」
「やったー!」
久しぶりに本気で喜んだ。
歴史の授業より百倍いい。
エレナは小さくため息をついた。
◇ ◇ ◇
王都は賑やかだった。
市場には人が溢れている。
商人たちの声。
子供たちの笑い声。
焼きたてのパンの香り。
美桜はきょろきょろと辺りを見回した。
「すごい……」
思わず呟く。
すると。
「あれ?」
一人の女性が美桜を見つけた。
「聖女様だ」
その声をきっかけに周囲がざわつく。
「本当だ」
「新しい聖女様だ」
「可愛い方ね」
「前聖女様みたいに国を守ってくださるかしら」
美桜は慌てた。
「え、えっ?」
エレナが平然と言う。
「聖女ですから」
「そんな有名人みたいな」
「聖女は国中の人が知っています」
「有名人です」
即答だった。
しばらく歩いていると。
美桜は違和感に気付く。
閉まった店。
空き店舗。
商品の少ない露店。
活気はある。
だが。
どこか疲れている。
「エレナ先生」
「何でしょう」
「何か変じゃないですか?」
エレナは少しだけ表情を曇らせた。
「気付きましたか」
「はい」
「王国の景気は年々悪化しています」
美桜は目を丸くする。
「え?」
「税収の減少」
「地方貴族との対立」
「魔物被害の増加」
「問題は山積みです」
思った以上に深刻だった。
市場の一角では。
商人たちが小さな声で話していた。
「最近は本当に厳しい」
「仕入れ値も上がってるしな」
「税も重い」
「このままじゃ店を畳むしかない」
美桜は思わず足を止めた。
「そんなに大変なんですか?」
商人たちは驚いたように顔を上げる。
まさか聖女本人に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
「ええ」
年配の商人が苦笑した。
「それでも王都はまだましですよ」
「地方はもっと大変だ」
美桜は黙り込む。
王宮で聞く話よりずっと現実味があった。
市場を後にした美桜たちは、そのまま王都の別の区域へ向かった。
しばらく歩くと、大きな建物が見えてくる。
「ここは?」
美桜が尋ねる。
「孤児院です」
エレナが答えた。
「王国を知るなら、ここも見ておくべきでしょう」
建物の中へ入ると、子供たちの元気な声が聞こえてきた。
そして。
「あっ!」
一人の少女がエレナを見つける。
「エレナ先生だ!」
その声を聞いた瞬間。
子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
「先生!」
「来てくれた!」
「今日は何のお話するの?」
美桜は目を丸くする。
「えっ!?」
子供たちに囲まれたエレナは少し困ったように眉を下げた。
だが。
ほんの少しだけ微笑んだ。
「順番です」
「全員一度に話さないでください」
美桜は固まる。
今。
確かに笑った。
「エレナ先生」
「何でしょう」
「今笑いましたよね?」
「気のせいです」
即答だった。
しばらくすると、一人の女性が近付いてきた。
孤児院の院長らしい。
「いつもありがとうございます、エレナ様」
「いえ」
「子供たちも楽しみにしております」
院長は穏やかに笑った。
「前聖女様がお亡くなりになってからも、こうして来てくださって本当に助かります」
美桜は思わず顔を上げる。
「前聖女様も来てたんですか?」
「ええ」
院長は懐かしそうに頷いた。
「この孤児院も前聖女様の支援で作られたものです」
「子供たちのことを、とても大切になさっていました」
美桜は静かに子供たちを見る。
皆楽しそうだった。
その後。
美桜も子供たちと少しだけ遊んだ。
勉強を見たり。
話を聞いたり。
追いかけっこに巻き込まれたり。
気付けばあっという間に時間が過ぎていた。
帰る時間になると、小さな女の子が服の裾を引っ張る。
「また来てくれる?」
美桜は少し驚いた。
だが。
自然と笑顔になる。
「うん」
少女も嬉しそうに笑った。
それを見ていたエレナは何も言わなかった。
ただ静かに視線を向けていた。
その時だった。
向こうから歩いてくる青年がいる。
簡素な服装。
だが。
見間違えるはずがない。
「ユリウス様!?」
青年は少しだけ足を止めた。
「聖女か」
「何してるんですか!?」
「視察だ」
当然のように答える。
「視察!?」
「お忍びですか!?」
「まあな」
美桜はぽかんとした。
エレナは頭を押さえている。
「またですか」
「問題あるか?」
「護衛が少なすぎます」
「いるだろう」
少し離れた場所に数名の護衛が立っていた。
どうやら本当に視察中らしい。
三人で歩くことになった。
市場。
職人街。
住宅街。
王都を見て回る。
そして美桜は気付く。
ユリウスはただ歩いているだけではない。
人の話を聞いている。
店主に声をかけ。
商人へ質問し。
困りごとを記録している。
「いつもこんなことしてるんですか?」
美桜が尋ねる。
「ああ」
「見なければ分からない」
短い言葉だった。
だが。
それだけで十分だった。
その後も。
ユリウスは視察に来たはずなのに、気付けば何度も美桜へ視線を向けていた。
真剣に商人の話を聞く横顔。
不思議と目が離せなかった。
やがてユリウスが口を開く。
「聖女」
「はい?」
「この国のことを学んでいるようだな」
「はい!」
美桜は嬉しそうに頷く。
「どうだ」
「順調か?」
美桜は言葉に詰まった。
正直に言えば、順調とは言えない。
歴史も礼儀も覚えることばかりで、毎日頭がいっぱいだった。
答えに困っていると、
エレナが代わりに口を開いた。
「聖女様は大変熱心に学ばれています」
「そうか」
ユリウスはしばらく美桜を見つめていた。
やがて。
「次も来るか」
美桜は目を丸くした。
「えっ?」
「いいんですか?」
「ああ」
「現場を見ることも勉強になる」
美桜の顔がぱっと明るくなる。
「はい」
「ぜひお願いします」
その笑顔を見て。
ユリウスはほんの少しだけ微笑んだ。
「ユリウス様」
エレナが呆れたようにため息をつく。
「ユリウス様が、そのように仰るとは珍しいですね」
「問題あるか?」
「……ありません」
エレナは苦笑する。
穏やかな笑い声が響く。
王都を吹き抜ける風は、どこか心地よかった。
しばらく歩いた後。
美桜はふと首を傾げた。
「待ってください」
「何だ」
ユリウスが振り返る。
「王様は体調悪いんですよね?」
「ああ」
「公爵様は頑張ってるんですよね?」
「ああ」
「ユリウス様も頑張ってるんですよね?」
沈黙。
そして。
美桜は言った。
「第一皇子は何してるんですか?」
エレナが目を閉じた。
ユリウスは空を見上げた。
「え?」
美桜は首を傾げる。
「何でそんな反応なんですか?」
しばらく沈黙が続く。
やがて。
エレナが口を開いた。
「カイル殿下も公務はなさっています」
「本当に?」
「本当です」
即答だった。
「勉学も優秀でした」
「剣の腕も立ちます」
「努力家でもあります」
美桜は目を瞬かせた。
正直。
信じられなかった。
今の印象と違いすぎる。
「昔は」
エレナがぽつりと言う。
「今とは少し違いました」
その声はどこか寂しかった。
「優しく」
「真面目で」
「責任感の強い方でした」
「誰よりも早く起き」
「誰よりも遅くまで努力していた」
今のカイルから想像できない。
「じゃあ何で……」
エレナは答えなかった。
代わりに。
ユリウスが口を開く。
「兄は努力家だった」
美桜は振り返る。
ユリウスが自分から兄の話をするのは珍しかった。
「私は兄を尊敬していた」
その言葉に嘘はなかった。
「兄は誰にでも優しかった」
「私にも」
ユリウスは少しだけ遠くを見る。
「幼い頃はよく遊んでもらった」
「木剣の使い方も兄が教えてくれた」
美桜は黙った。
そんな話を聞くと。
今の二人の関係が余計に切なく感じる。
「今も仲良しなんですか?」
美桜が聞く。
ユリウスは黙った。
エレナも黙る。
答えは聞かなくても分かった。
美桜は少し後悔した。
聞くべきではなかったのかもしれない。
しばらくして。
エレナが話題を変える。
「王宮には大きく二つの勢力があります」
「勢力?」
「派閥です」
美桜は首を傾げた。
エレナは続ける。
「ローゼン公爵閣下は第一皇子殿下を支持していますので、ローゼン公爵を支持する方々は必然的にカイル皇子を支持することになります」
「もう一つは、ユリウス殿下を支持する方々です」
「2つの派閥が仲良くすることはできないんですか?」
思わず聞く。
エレナは少し考えた。
「もし、それが、可能ならば、理想の未来ですね」
その言葉の意味は重かった。
「公爵閣下は実績があります」
エレナは静かに説明する。
「国のために尽くしてこられました」
「支持者も多い」
「民からの信頼も厚い」
美桜は頷く。
確かに納得だった。
「では、ユリウス様の派閥は?」
「理想を掲げる方々です」
「神官達のほとんどがそうですね」
ユリウスは苦笑した。
「神に愛された皇子だからな」
「その肩書に期待しているだけだ」
「自分で言うんですか」
思わず突っ込む。
「事実だろう」
その時。
ほんの少しだけ。
ユリウスが笑った。
帰り道。
美桜は空を見上げた。
国の状況。
王宮の派閥。
苦しむ民。
そして。
会うことのできない王。
全部が繋がっている気がした。
「私」
ぽつりと呟く。
エレナとユリウスが振り返った。
「王様に会いたいです」
二人が固まる。
「会わないと」
「何も分からない気がする」
沈黙。
風だけが吹き抜けた。
やがて。
エレナが静かに言う。
「それは……」
珍しく歯切れが悪い。
「難しいかもしれません」
その言葉に。
美桜はますます違和感を覚えた。
なぜ。
誰も王へ会わせようとしないのだろう。
なぜ。
皆、その話になると口を閉ざすのだろう。
王宮の歪み。
その正体が。
少しずつ見え始めていた。
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