第12話 前聖女の足跡
読みに来てくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは本編をどうぞ。
この世界へ召喚されてから、いつの間にか一週間ほどが過ぎていた。
最初は右も左も分からなかった王宮での暮らしも、最近では少しずつ慣れてきている。
朝は神殿で祈りを捧げる。
その後は神殿の仕事。
午後はエレナによる授業。
夕方になると庭園へ向かう。
そんな毎日だった。
「眠い……」
美桜は小さく欠伸をした。
ここは神殿の大広間。
朝の日課である祈りを終えたところだった。
祭壇の中央には巨大な水晶が置かれている。
その水晶は淡い光を放っていた。
神官たちは皆、安堵したような表情を浮かべている。
「聖女様、お疲れ様でした」
神官の一人が頭を下げた。
「毎日これやるんですね……」
「はい」
「思ったより大変です」
神官は少し笑った。
「聖女様のお祈りによって、王都を守る結界が維持されておりますので」
「結界?」
美桜は目を丸くする。
「聞いてませんけど!?」
「説明いたしました」
「覚えてません!」
神官は苦笑した。
神殿の仕事は想像していたものとは違った。
もっとこう。
優雅なものだと思っていた。
実際は忙しい。
結界の維持。
神殿の浄化。
病人への祝福。
神官たちとの打ち合わせ。
さらに午後はエレナの授業。
「小説と全然違う……」
思わず呟く。
神官が首を傾げた。
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ、何でもありません」
慌てて誤魔化した。
その日の仕事を終えた帰り道。
美桜は神殿の庭を歩いていた。
ふと足が止まる。
花壇の隅に、一輪だけ元気のない花が咲いていた。
白い小さな花。
周囲の花は元気なのに、その花だけが俯いている。
「どうしたのかな」
美桜はしゃがみ込む。
そっと花へ触れた。
その瞬間だった。
ふわり。
柔らかな光が指先から溢れる。
「え?」
驚いて手を引っ込める。
すると。
萎れていた花がゆっくりと顔を上げた。
葉が艶を取り戻す。
花弁が美しく開く。
まるで元気を取り戻したようだった。
「ええっ!?」
美桜は飛び上がった。
その後。
騒ぎを聞きつけた神官たちが集まってきた。
「今のは聖女の力ですね」
神官長が穏やかに言う。
「私がやったんですか?」
「そのようです」
美桜は花を見る。
さっきまで萎れていたとは思えない。
「すごい……」
「聖女の力は万能ではありません」
神官長は静かに続けた。
「傷付いたものを癒し」
「穢れたものを清め」
「本来あるべき姿へ導く力です」
「本来あるべき姿……」
美桜は首を傾げた。
何となく分かるような。
分からないような。
不思議な説明だった。
午後。
エレナの授業を終えた美桜は神殿の資料室へ来ていた。
最近ずっと気になっていることがある。
前聖女のことだ。
「そういえば」
本棚を眺めながら呟く。
「前聖女様ってどんな人だったんですか?」
近くにいた老神官が顔を上げた。
「前聖女様ですか」
その声には懐かしさが混じっていた。
「はい」
「私、ほとんど知らないんです」
老神官はゆっくり頷く。
「そうですね」
「聖女様が来られてからまだ一週間ですから」
美桜は資料室の椅子へ腰掛けた。
「そんなにすごい人だったんですか?」
老神官は少し笑った。
「すごい、では足りませんな」
「え?」
「偉大なお方でした」
その言葉には迷いがなかった。
「前聖女様は百年以上この国を守られました」
「百年!?」
美桜は思わず立ち上がる。
「そんなに!?」
「はい」
老神官は頷いた。
「ですが、ただ祈っていただけではありません」
「え?」
「孤児院の設立」
「貧しい地域への支援」
「農村への援助」
「災害が起きれば現地へ向かわれ」
「争いが起きれば仲裁もなさいました」
美桜はぽかんとする。
「聖女ってそんなことまでするんですか?」
老神官は苦笑した。
「普通はいたしません」
「ですよね!?」
「前聖女様だからです」
即答だった。
別の神官も話に加わる。
「あの方は貴族も平民も関係なく接してくださいました」
「誰の話も最後まで聞いてくださった」
「困っている人を見過ごせない方でした」
次々と語られる。
皆、本当に尊敬しているのだと分かった。
美桜は少し肩を落とした。
「私には無理だなぁ……」
百年も国を支える。
皆から尊敬される。
そんな人になれる気がしない。
すると神官長が微笑んだ。
「誰も前聖女様になれとは言いません」
「え?」
「聖女様は聖女様です」
「前聖女様とは違う」
「それで良いのです」
美桜は少しだけ気持ちが軽くなった。
資料を読んでいるうちに。
ふと気になる記述を見つけた。
『前聖女様の逝去後』
『王宮の様子が変化した』
『陛下のご体調悪化』
美桜は眉をひそめる。
「変化?」
思わず呟いた。
老神官が顔を上げる。
「ああ……」
どこか寂しそうな表情だった。
「陛下のことですよ」
「王様?」
「はい」
老神官は頷く。
「前聖女様がおられた頃の陛下は、とてもお優しい方でした」
美桜は目を瞬く。
優しい王様。
今の話とはまるで違う。
「ですが」
老神官はそこで言葉を止めた。
「前聖女様がお亡くなりになられてから、急に体調を崩されましてな」
「体調を?」
「はい」
「それから少しずつ……」
老神官は口を閉ざした。
そして首を振る。
「失礼しました」
「年寄りの独り言です」
だが。
その表情はどこか不安そうだった。
夕方。
資料室を出た美桜は廊下を歩いていた。
前聖女。
偉大な聖女。
そして。
前聖女が亡くなってから変わった王宮。
王様。
ユリウス。
全部がどこかで繋がっている気がする。
「前聖女様……」
美桜は小さく呟いた。
もしかしたら。
この国の秘密を知るためには。
まず前聖女という人物を知らなければならないのかもしれない。
そんな予感がしていた。
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