事情聴取二人目~カーリン・アンデルソン~
カーリン・アンデルソンは茶色の髪を三つ編みにし、頬にはそばかすのある、地味な感じの女性だった。しかし、印象的な女性でもあった。静かなる闘志、確かな意志。そういうものを感じる。知的さを感じるとも言える。
都会の華やかなドレスを来た女性とはまた違う凛々しさがある。田舎では珍しくもないタイプなのかもしれないが、都会では決してお目にかかれない貴重な一輪の野花だ。一流のデザイナーが彼女を見れば、彼女を穢れ無き原石と呼んでモデルにしたがるかもしれない。
「あの、なにか……?」
いけない、少し眺めすぎたか。先ほどラース村長が座っていたソファーに腰かけた彼女が委縮している。
「失礼しました。人間観察が長いのは探偵の悪い癖ですね。つい見つめてしまう」
服装は茶色のワンピース。花を模した刺繍が裾の辺りに入っているが、基本的には簡素なものだ。身長は百五十ちょっと。女性の平均的なものよりはやや低いかもしれない。
「事情はラースから聞いています。事情聴取、ですよね。構いません。始めてください」
潔いというか何と言うか……。まあ、この場に来るまで三十分はあったのだ。覚悟を決めてきてくれたのだろう。
お言葉に甘えて、前置き無しで話題に入ることにした。
「私は探偵のエリック・ヨハンソンと申します。貴女の事と、十四年半ほど前のエカテリゼ・ロマノヴァの事件について、聞かせてください」
「はい。……わたしはカーリン・アンデルソンと申します。年齢は二十九です。普段は刺繍をしています。衣類なんかに縫って、隣町へ持って行って買い取ってもらうんです。隣町の人は、また別の街にそれを売ります」
隣町はこの村にとって、商売の仲介人というわけか。
「事件についてですね。正直、あまりよく覚えてはいないんです。何でもない一日になる、そう思って午前中を過ごしていましたから。夜七時半くらいですかね、ラースのお父様、前村長が家を訪ねてきて、エカテリゼの居場所を知らないかと言ってきました。もちろん、知りませんでしたから、一緒に捜索を始めました」
スラスラと語り出すカーリンさん。ここへ来るまでに、覚悟だけでなく話す内容まで決めて来たのだろうか。用意周到だが、これでは隙がない。台本を読んでいるみたいだ。真実か嘘か、区別がどうにも付きにくい。とはいえ、文句を言うことでもない。私はメモを取りながら聞き続けた。
「八時過ぎに森へ入りました。寒くて、真っ暗で、怖かったので、わたしは六人の中でも後ろの方にいました。だから、見つかったという人体の一部をはっきりとは見ていないんです。後ろから覗いたような形です。暗かったのでよく見えなくて、ただ細い小さな棒切れのようなものが見えました。それが……指だったんですけれど」
ラース村長が彼女にコップを差し出した。彼はそのまま、何も言わずに台所へと去って行く。一口飲んで、カーリンさんは続けた。
「正直、怖いとは思いませんでした。現実味がなかったというか。遺体が発見されなかったのも、大きいかもしれません。エカテリゼが死んだという実感がなかったんです。手足だけじゃ、誰か分かりませんから」
家族、友人、恋人、知人。そういった存在が失踪したという人々も同じようなことを言う。実感がないのだと。心がぽっかりと空いたようだと。死んだのか生きているのか、はっきりしない。そういう状況は、一番恐ろしいかもしれない。どうして、どこで、どうやって死んだのか分からない。仮に生きているとしても、姿を見せてくれない重大な理由があるわけだ。それはきっと苦しく、悲しいことだ。失踪した者は記憶を忘れて案外楽しい第二の人生を送っているかもしれないと想像しつつも、残された側としては今もなお彼あるいは彼女が苦しんでいる可能性も考えてしまう。
「ええと……あとは何を語れば?」
あまりにも纏まりのある内容になってしまった。まだ十分も経っていないのに。
「そうですね……。当初は獣の仕業である可能性も考慮されたそうですが、貴女はどう思いますか? 獣か、殺人か、事故か」
「それは……殺人か、事故、で、しょうね」
「理由は」
「……獣は見つかりませんでしたし、足跡も何もありませんでしたから。警察も、そういう理由で、殺人だろうと」
「事故と思う理由は?」
「獣を狩るために、罠があります。冬は獣が冬眠していますから、そういうものは小屋なんかにしまってあるんですけど、もし遊び半分で持ち出したなら、手足が挟まれて欠損することも、あるかと。あの日は、雪が積もっていたので、足を滑らせたりして、遺体が発見されないことも、なくはないかと」
急な質問だった割にはやけにきちんとした考えをお持ちだ。
「こういう質問は当時もされましたか?」
「いえ、特には……。犯人の心当たりなんかは、聞かれましたけど」
「なんて答えたんです?」
「特にいない、と。仲の良い村ですから」
「では、事故の可能性については個人的に考えたことがあると?」
「まあ、少しは……」
歯切れが悪い。質問を変えて、気を取り直そう。
「質問を変えますね。カーリンさんは被害者エカテリゼとは仲が良かったんですか?」
「そう、ですね……。都会には興味がありましたから、最初、王都から引っ越してくる子供がいるって聞いた時、本当に楽しみでした。ましてやそれが女の子だったんですから。わたし、昔からこんな性格ですから、小さな村の中であっても男の子っていう存在と接するのが下手だったんです。だから女の子相手なら、わたしであっても頑張って勇気出して、色々お話を聞けるなって思って……」
「そうですから。これは私の興味ですが、どんな話を聞いたんですか?」
「ええっと」
カーリンさんは少しばかり過去を振り返るように斜め左上に視線をやった。
「父親の話を、聞いたことがあります」
「父親ですか。確か、お父様が亡くなられたことをきっかけに、お母様はこの村に娘と共に訪れたんでしたね。お父様の故郷だから」
「ええ、はい。そう聞いています」
「それで、どんな内容でしたか?」
「優しい父親だった、自己犠牲の感情が強い人だった、と」
そうでしたか、と言いかけて、強い違和感を覚えた。
優しい父親だったというのは、良い事だ。きっとエカテリゼと一緒に遊んだり、頭を撫でてあげたりしたのだろう。
だが、後者はどうだ。十歳程度の幼い少女が父親に抱く感情としては、いささか不自然な気もする。自己犠牲。その言葉は、子供が日常的に使う、会話の中で簡単に頭に浮かぶ言葉だろうか。
「エカテリゼは、そう言ったのですか?」
「……? はい、そうですけど」
何かおかしい事を言ったかと、カーリンさんが首を傾げる。その表情は強張っていた。
「そうでしたか。ちなみに、お父様が亡くなられた理由などは?」
「さあ。何だったでしょうか。わたしはあまり、踏み込まないようにしていましたから、覚えていません。聞いても、聞き流していたように思います」
「そうでしたか」
まあ、そうするのが普通だろう。
貴女の父親は何で死んだの? なんて、口が裂けても言わないはずだ。クソガキならばともかく、彼女は思慮深い人に見える。
「まだ、他にも何か?」
早く帰りたそうにカーリンさんが言う。探偵と二人きりというのは気まずいんだろう。いや、一応台所の方にラース村長が居はするが。
「うーん」
しばし考える。
何か、聞き逃したことはないだろうか。
事件についてはあまり詳しくなさそうだし。さっきも、人体発見当時は後ろをついていただけできちんと見ていないと言っていた。事件が大ごとになってからはとくにだろう。子供であった彼女が積極的に捜査に関わったとは思えない。どちらかと言えば、親たちは子供を家に閉じ込めたはずだ。子供を襲った犯人が見つからないのだから。
「では最後に一つ。エカテリゼと最も仲が良かったのはどなたですか?」
「ええ、と……」
コップの中身を飲み干して、すっかり冷めたであろうコップを両手で包む。真冬に人間が温もりを求めてやる仕草だ。が、今は冬ではなく秋だ。そう寒くもない。となればこれは、緊張を隠す仕草だろうか。何かを持って指と指を絡ませなければ、震えてしまう?
「みんな、同じだったと思います。遊ぶときは七人で一緒にってことが多かったから」
あはは、と乾いた笑いが聞こえてきそうな表情で彼女ははにかんだ。ぎこちない笑みだった。
「そうですか。では、今日は以上です。また何かあれば、今度は私の方から訪問しますよ。本日はご協力ありがとうございました」
言うと、彼女は「頑張ってください」と言うが早いか立ち上がるが早いか、台所へコップを持って行ってそのままそそくさと帰ってしまった。
部屋に残された私は考える。
ラース村長とカーリンさんの証言に矛盾はない。
警察の資料とも、矛盾はない。
まあ、まだ二人目だ。これから世紀の大発見があるかもしれない。
「……それにしても」
エカテリゼという少女の人物像がもう少し分かればいいのだが。
警察の捜査資料にある白黒写真は、当時の村人のものばかり。エカテリゼの写真はない。
この村は田舎だ。写真を撮影する機械も機会もない。だからエカテリゼの写真を彼ら村人は持っていなかった。そして、遺体が見つからない以上、警察が写真撮影を行うことも出来なかった。
当時の証言からエカテリゼが「愛らしい」「天使のよう」「お姫様のよう」という言葉が相応しい容姿だったことは推測できるが、それだけだ。実際に見て見なければその者が持つオーラというのは分からない。
「次はエリアス・コルホネンです。当時十三歳、俺の一個下ですね。ちょっと気が強い奴ですけど、良い奴なんで、失礼なことを言うかもしれませんが、あまり気を悪くしないで付き合ってやってくださいな」
台所から顔を出したラース村長が苦笑いを浮かべながらそう言った。一個下ということは、二十七か八というわけか。小さな村で、尊大な性格を温めているというわけだ。
「お気遣いなく。事情聴取に来てくださるだけで、十分過ぎますからね」
私用に飲み物を置いて行ってくれる。思えば、まだ貰っていなかったな。一口飲む。ああ、美しいオレンジ色の液体、カシュクだ。
「美味しい」
つい言葉が漏れる。
「それは良かった。おかわりが欲しければ、いつでもどうぞ」
「ありがとうございます」
カシュクはコーヒーと自家製蒸留酒を混ぜた飲み物だ。コップにコインを入れて、コインが見えなくなるまでコーヒーを注ぎ、その後コインが見えるようになるまでスピリッツを注いで作る。
私の大好きな飲み物だ。まさか、ここでも飲めるとは。
しかもこれほど美味とは驚いた。
これは、長い距離を移動して、難しい事件を解決しに来た甲斐があったというものだ。
「ああ、来ましたよ」
ラース村長が三人目の来訪を告げる。
私は心穏やかな思いで、やんちゃな青年を迎え入れた。




