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事情聴取一人目~ラース・ハンセン~


「では、さっそく」

「何から話せば?」

 私は手帳を空け、現在の時刻を書き入れる。

 『十時四十三分、一人目ラース・ハンセン村長、事情聴取開始』

「そうですね、個人情報からお願いします。名前や年齢なんかを」

「分かりました。ええと、俺はラース・ハンセン。ハンセン一家は代々このカルーナ村の村長をしています。俺には兄妹がいないんで、自然と俺が継ぎました。誕生日が着ているんで、二十九歳です」

「当時は、十四歳?」

 聞きながら、もちろんメモを取ることも忘れない。

「ええ、そうです。十四です。」

「当時の体格は?」

「身長は普通ですけど、そうだな、細身で筋肉質、ですかね。都会と違って学校がないんで、森でよく遊んでいて。足は速かったですよ」

「なるほど。家族構成は?」

「当時は村長やっていた親父とお袋が。今は親父だけです。お袋は亡くなったんで」

「お父様も、この家に? 今は不在のようですが……」

「いえ、親父もさすがに年なんで、隣町に。この村には医者がいないから。月に二、三度は俺も隣町に行って顔を見てます」

「そうでしたか」

 隣町と呼べるのは、今警部が過ごしている場所しかない。当時、その町からは警察官がひとり、ここへ駆けつけている。何かあればお互い頼り合うということなのだろう。

「では、今はおひとりと? ご結婚などは……」

 ラース村長は苦笑しながら首を振る。

「いえ、していません」

「中々にハンサムな顔立ちだと思いますけど、恋人なども?」

「いませんよ」

 彼はなおのこと笑う。

「これは単なる私の興味であって、事情聴取とは関係ないので言いたくなければそれでいいのですが……。恋愛はしない派なんですか? それとも、フラれた?」

 ラース村長は一瞬目を丸くしたが、やがて先ほどまでの苦笑をやめて答えた。

「そうですね……。恋愛はしない派、ですね。まあ、この村に同年代の女が少ないっていうのもありますけど」

 何やら事情がありそうな顔だ。初恋の人にこっぴどくフラれでもした過去があるのか。これは聞かない方がいいだろう。

「脱線してすみません。話を戻します。次に、当時のことをお聞きします。お辛い記憶でしょうから、ゆっくりと思い出していただければ大丈夫です。まだニ十分はありますから。まずは、事件が起こる以前、つまりは平和だった頃のこの村の日常や人間関係なんかを教えていただけると」

「分かりました……。もう、十五年も昔になりますね」

 視線を斜め上にして、追憶を始める。

「ほんと、普通の田舎ですよ。ま、他の田舎を知らないんで何とも言えないですけどね。たまに森の木を切って、火を焚いたり家を建てたり。小さな畑を耕して、雑草を刈って。農業が中心です。夏なんかだと狩りもしますけど、小さな動物がほとんどですね。時折隣町へ行って、木材なんかを売ったり、逆になんか買ったり。平和そのものです」

 彼はそこで一度口を閉じ、唾液を呑んだ。

「俺も、普通です。森を走って、枝を拾って遊んで。たまに草を刈る手伝いをしたり」

「それはおひとりで?」

「いえ、他の奴らと。この田舎には俺を含めて子供が七人しかいないから……いなかったから」

 エカテリゼ・ロマノヴァが死んで、彼らは六人となっている。

「幼馴染七人、年齢に多少の違いはあれど、遊ぶときはいつも誰かしらと一緒で」

「エカテリゼは好かれていましたか?」

「まあ、そうですね。今思い返しても、あいつ、とにかく見た目がいいんです。可憐というか、儚いというか、天使みたいな。俺たちみたいな田舎者とはちょっと違った雰囲気で。当然といえば当然ですけど」

「と、いうのは?」

「あいつ、父親が死ぬまでは都会にいたらしいんです。父親が死んで、それをきっかけに母親が、父親の故郷であるカルーナ村を訪れたとか何とか。母親には親族がいないみたいで、父親の親族を頼ろうとカルーナ村にやって来たものの、もう父方の親族も年で亡くなっていて。でも父方の人は好かれていたんで、彼らの息子の家族を助けようって村人が言って二人を迎え入れて」

「それは温かいお話ですね。カルーナ村の人々は良い人のようだ」

「ええ、それはもう。村長として鼻が高い。自慢の村民ですよ」

 心からの言葉に見える。ラース村長は村と村民を大切に思っていると見て間違いないだろう。

「母と娘……エカテリゼとその母は、村に馴染めていましたか?」

「うーん……。大人同士のことはちゃんとは分からないですけど。でも村人は優しいし、母親も良い人だったんで、仲良かったと思いますよ。たまに夕食を一緒に取ったりしている家もありましたし」

「何歳くらいで越して来たんですか?」

「エカテリゼが十歳くらい、ですかね。最初、俺たち六人、あいつに興味津々で。都会から来たお姫様だとか思ってて。まあ、前半は合っていますけど、後半は違います。あいつの父親は普通の新聞配達らしいんで」

 やはりあまり思い出したくない苦しい記憶なのだろうか。眉は下がり、困り顔をしている。とはいえ、じゃあここまでで結構ですとは言えない。続きを促した。

「事件が起こるまでは、本当に、平凡な日々でしたよ」

 そこで一拍置く。

 やがて意を決したように、彼は一息に言った。

「あの日のことは、よく覚えています。忘れようとしても、忘れられない。それなりに強い吹雪の、日でした……」

 ラース村長はテーブルに置いたコップを手に取る。中身はコーヒーか、紅茶か、酒か。角度と照明のせいで中身がはっきりと分からない。

「俺はその日、家で遊んでいました。落書きをしたり、絵本を読んだり。大人たちは薪を割ったりして、冬を越すための努力をしていました。何てことはない、いつも通りの日常です。ただ、夜、七時前くらいに、アンナさんが、ええと、エカテリゼの母親です、とにかく彼女がうちに来たんです。村長である父を訪ねて。夕食の途中だったので、こんな時間に何だろうって思ったのを覚えています。酒を飲むのを中断して、父が玄関に出ました」

 もう一度、今度はコップの中身をちびりと飲んだ。どうやら喉が渇いているわけではなく、長々と話すのが苦しいらしい。言葉と言葉の間に小休憩が欲しいのだ。

「俺はリビングにいましたけど、玄関の方からアンナさんが物凄い勢いで話しているのが聞こえました。動揺していたんでしょうね、呂律が上手く回っていなかった。まあ、簡単に言えば「うちの娘を知らないか」って聞きに来たんです。父がそれに「特に知らないがどうかしたのか」と聞いて。エカテリゼが帰ってきていないのだという話を知りました。それからは、父とアンナさんと俺の三人で他の家に聞いて回りました。でも、見つからなくて。森に入ったのかもしれないってことで、男性陣が猟銃を持って森に入りました。俺たち子供も、一緒に。普段遊んでいた場所なんかを知っていましたから、大人を道案内するためにも。女性陣は家に残りました。森が危ないっていうのもあるけど、エカテリゼが何事もなく帰って来る可能性がありますから、誰かしらは残らないと」

 ここまでの話、矛盾は特にない。

 私は無言で続きを促した。

「あとはきっと、貴方も知っているかと。人体の一部と血痕を発見して、獣がいる可能性を考えて村に戻り、捜索は夜が明けてから再開することにしました。このタイミングで応援要請を、つまり隣町の警官を呼んでいます。まあ、彼が辿り着いたのは翌日ですけどね。そして、翌日からの捜索で人体の一部や持ち物が発見されて……エカテリゼは死亡したという判断になりました」

 話にひと段落がついた。ラース村長は口を閉ざした。私の反応を待っている。

「お話、ありがとうございました。きちんとメモを取らせていただきました」

 手帳には、話の内容をきちんと、可能な限り分かりやすく記した。

「幾つか質問をさせていただきますね」

「ああ、まあ、いいですけど……。何か言い忘れましたかね、俺」

「いえいえ、そんなことは。ただ私が気になったことです。そう深く考えずに答えて頂きたい」

 他の人に話を聴けていないから、現時点で矛盾を突くことは難しい。気になったことはたったの三つだ。

「一つは、発見された人体がエカテリゼのものではない可能性はありませんでしたか? 例えば、過去数年で失踪した人がいるとか、四肢を欠損した人がいるとか」

 ラース村長はすぐに首を横に振った。迷うような質問ではないとのことか。

「ありません。誰も失踪していない。それに薪割りで怪我をすることはあっても、あんな何本も指を落とすなんて、あり得ない」

 まあ、それもそうだ。当時の警察もこの線は考えただろう。

「では、二つ目です。結局、獣はいたんですか?」

 猟銃を持って出かけたと言っていた。探索にあたってすぐに「念のため武器を持って行こう」と考えるくらいには、この村は獣と近しい暮らしを日常的にしているわけだ。簡単に猟銃を持ちだす価値観をしているとも言えるだろう。

 とはいえ、時は冬。獣は冬眠の時期。本当にいたのだろうか?

「いいえ、いませんでした。足跡も何も、見つかりませんでした。雪が痕跡を消し去った可能性もありましたけど、警察が「指なんかの特定の部位のみを食い残す器用な熊なんかいない」と。そういうわけで、エカテリゼは犯罪に巻き込まれたのだろうと。もちろん、事故の可能性もありますけど、よほど特殊な事故ですから、殺人の線で捜査は進められました」

「なるほど。確かに、そのような偏食をする獣は知りませんからね」

 次が最後の質問だ。これは、最も重要かもしれない。

「エカテリゼがいなくなる前と後の、アンナさんの様子を教えてください」

 悲しいことだが、子供が死んだという事件の犯人が親であるということは多い。育児疲れといった決して計画的ではない感情的な事件もあれば、事故を隠したかったという元は故意ではなかったものもある。人によっては好きで子供が出来たわけではないという人もいる。そう言う場合は特に、子供を可愛いとは思えない。日常的な暴力や育児放棄など、事件前から既に兆候が見られる。

「様子って言っても、一般的な家庭と同じかと。事件前はエカテリゼを可愛がっていて、それはもう、お姫様みたいな。エカテリゼの願いは何でも叶えて、エカテリゼの言う事なら何でも信じてって。かといって、別にエカテリゼを特別扱いするあまりに他者への態度が強くなるってわけでもなくて。俺たちにも優しかったし、大人たちとも良い関係性でしたよ」

「なるほど。人間関係は良かったと」

 アンナ・ロマノヴァはエカテリゼを過剰に愛していた。かといって、エカテリゼに対し過保護になるわけではなかった。事実として、アンナさんはラース村長といった他の子供たちとエカテリゼが遊ぶことを許している。「可愛い我が子を他の者の目に晒して溜まるもんですか!」とはならなかったのだ。一定の常識や一般的な価値観は守られていた。なるほど、一般家庭と変わらない。

「事件後は……そうですね。エカテリゼが帰って来ないって、家に来た時の勢いもそうですけど。夜になっても我が子が帰って来ないことがとにかく心配だって感じでした。アンナさんはあまり身体が丈夫じゃないんですけど、あの時ばかりは自分から積極的に家々を回って、無防備なままで森にまで入ろうとして。母親って感じでしたよ、ほんと。殺人事件として捜査が始まってからはもう、毎日鬱のようになっていて。痩せこけて、睡眠も食事もロクに取れていないみたいで。俺たちの母が交代制でアンナさんの様子を見たり、食事を持って行ったり、励ましたりしていました。元々仲は良かったですから、嫌々ではなく、自主的に。自殺を図ったこともあるみたいですけど、その度に周りの大人が止めて、今日まで生きています」

「俺たちの母というのは、他の子供六名の母親ですか?」

「はい、そうです。親同士の仲は良かったので」

「なるほど……。貴重なお話、ありがとうございました。後日また何か聞くかもしれませんが、今日のところはこれで。ところで、次に来てくれるのはどなたでしょうか?」

 空になったコップを持って台所へ向かおうと立ち上がったラース村長が振り返る。

「隣の家に住む、カーリン・アンデルソンです」

「資料で見たことのある名前です。エカテリゼの女友達で、事件当時は十四歳でしたね」

「よく覚えていますね、メモも見ずに」

「記憶力には自信がありまして」

 ラース村長が台所へと入っていく。話疲れたのだろうか、背中から暗い雰囲気が漂ってくる。思えば、彼ら子供たちは人体の第一発見者だ。当時を思い出して吐き気を覚えていても無理はない。

「探偵というのも、中々凄いんですね」

 奥の方から声がする。ソファーからは、台所は死角だ。

「まあ、私は小さな探偵事務所の、たった一人の探偵ですけどね。人を雇う余裕がないもので」

「それでも凄いですよ」

 コップを台所に置いて来たのだろう、手ぶらになったラース村長が戻って来る。

「普段はどんな依頼があるんですか?」

 事件の話の暗さをかき消すためか、話題を変えようという意思を感じる。私はそれに付き合うことにした。些細な話から分かることもある。

「大抵はペットがいなくなっただとか、子供の結婚相手の素性を調べてくれだとか。警察に捜査協力することもありますけどね。地域に根付いた探偵というのは、案外良い情報を持っていますから。興味、あるんですか?」

 ラース村長が再び私の前のソファーに腰を下ろす。

「まあ、そうですね。都会っていうのに憧れを持っていた時もありました。小さい時です」

「今は違うんですか?」

「……何と言うか」

 窓の外、長閑な景色を見やって続ける。

「俺にはこの村が、ちょうどいいんです」

 それはどういう意味か。

 気になったが、家の扉がノックされたため話は切り上げざるをえなくなった。

 カーリン・アンデルソンの来訪だ。


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