~探偵~02
「お婆さん、ちょっといいですか?」
十五分ほど歩いたところで草を刈っていたお婆さんを見つけ、声をかける。腰の曲がった優し気なお婆さんだ。
「なんだい? あんた、見ない顔だね」
こちらを警戒するような顔ではあるが、無視はされなかった。田舎ゆえに、村人以外への警戒心が高いのだろう。悪い事ではない。彼らはこうして身を守っているのだ。
「私、探偵のエリック・ヨハンソンといいます。十四年半ほど前に起きた殺人事件について、再捜査をするために参りました。まずは、この村のリーダーの方にご挨拶したのですが」
腰を低く、言葉尻は丁寧に。しかしお婆さんは狼狽したようにあたふたとし始めた。
「もしかして、エカテリゼのことかい? そんなまさか、犯人が見つかったとでも言うのかい?」
私の腕をぎゅっと掴んで目をかっぴらいたお婆さん。もしや、期待させてしまっただろうか。
「すみません、言葉不足でしたね。我が国には時効を迎える前に再捜査を要求することが可能でして、今回、私が役目を担うことになったのです。ですので、証拠品や犯人といったものは見つかっておらず、これから捜査をする段階なんです」
そう言うとお婆さんは気が抜けたように私の腕を離して、
「そうだったのかい……すまないね、驚いちまって」
と言った。
「いえいえ、こちらこそ急で申し訳ありません」
ぱんぱんとスカートをはたいたお婆さんは、それで気合を入れ直したとでも言うように、
「村長の家だったね、こっちだよ、案内しよう」
と申し出てくれた。
こちらとしては場所を教えてくれればあとは自力でと思っていたので、実にありがたい。断る理由はなかった。
「ご親切に、どうもありがとうございます」
道中、お婆さんは私に話を聞いて来た。
「都会からだろう? 何だか、イメージと違って物腰が柔らかいねえ。何歳なんだい?」
「今年で三十二になります。都会には堅苦しいイメージが?」
「何と言うか、昔来た警察官が堅苦しくてねえ。全員を容疑者扱いする視線というか……。堅苦しいというより、偉そうというのが正しいのかもねえ」
ああ、ティモ警部のことだな、とすぐに思い当たった。
「まあ、警察はそれが仕事ですからね。日常では私のように、普通なんじゃないですかね」
「それもそうだねえ。疑うっていうのも、大変だねえ」
「そうですね。ところで、村長さんはどんな方なんですか?」
「なんだい、何も知らないで来たのかい?」
「当時の村長さんはご隠居されて、代替わりしたとは聞きました」
「そうだよ。代々、ハンセンさんの一族がやってくれていてねえ。今は息子さんのラース君が村長だよ。お父様は腰が悪くなったもんでねえ」
ラース・ハンセン。エカテリゼの友人の一人か。当時は確か14歳。なら今は二十八か二十九だな。
「物おじしない凛々しい子でねえ。中々ハンサムなんだよ?」
おどけるようにお婆さんが言う。
「へえ、それは会うのが楽しみですね」
「王都にはハンサムな人が多いのかい?」
「どうでしょう。普通だと思いますが。都会も田舎も、同じノルウィーン人ですからね」
「それもそうだねえ。さあ、着いたよ」
辿り着いたのは天使の羽のようにして左右に家々を広げた、天使本体の位置にある一軒家。二階建てだろうか、高さがある。いや、屋根裏部屋と言った方がいいのかもしれない。三角屋根だ。色は赤色。村長の家だからか、他の家よりやや派手だ。
「この色のおかげで、雪の日も見えやすいんだよ」
なるほど、そういう用途もあるのか。考えるものだ。
「案内、ありがとうございました。助かりました」
「なあに良いってことだよ。ノックすれば出て来ると思うからね」
「はい、お世話になりました」
別れてから、名前を聞き忘れたなと気が付く。まあ、もしかするとお婆さんにもあとで事件について聞き込みをするかもしれないし、その時聞こうか。
木で出来た扉をノックすると、案外すぐに男が出て来た。
見た目からして年齢は三十代手前。村長本人だろう。
「ええと、どちらさま?」
村の者でない私に対して、やや上から(身長のせいもある)の態度で相手は言う。
「私、探偵のエリック・ヨハンソンと申します。約十四年半前の事件について、時効を迎える前に再捜査をするべく参りました。まずは村長さんにご挨拶をと思いまして」
「十四年半前……」
こちらもお婆さんと同じような反応を返してくる。
村長ラース・ハンセンはいかにも村長といった風貌だった。若々しく、幼い頃はさぞかしヤンチャなガキ大将だったのではないかと思われる。筋骨隆々、逞しい肉体をしている。髪は金、肌は白。
「まさか……。一先ず中へどうぞ。長旅だったでしょう」
田舎とはいえ、マナーは王都と変わらないらしい。丁寧な仕草で中へと招かれ、私はそのままリビングにある椅子へ座らせてもらえた。
「それで、再捜査というのは?」
テーブルを挟んで向かいに座ったラース村長が腕を組む。
「ええ、それでは、説明させていただきますね。改めて、私は探偵業をしているエリック・ヨハンソンと申します。こちらのカルーナ村で起こった十四年半前のエカテリゼ・ロマノヴァの事件について、再捜査を担当することとなり、この度やってまいりました。というのも、殺人事件は時効を迎える半年前になると、事件関係者が再捜査を要求することが可能なんです。時効は十五年、事件が十四年半ほど前です。今回、再捜査を要求した方がいまして、捜査の担当に私が選ばれました。警察ではないのかと思われるでしょうが、当時の警察の捜査に疑問を持つご遺族などもいますので、国の認可を得ている探偵が捜査を行うことも、依頼人次第では可能なのです。それで、こちらの要求といたしましては、事件関係者……主にご遺族と、当時少年少女であった六名の方にお話をお聞きしたく思います。ラース村長から村の皆さまにお話しを通してくだされば、私としても動きやすいので、そちらをお願いしたく思います。もちろん、各家々には自分で向かいますので、呼んで来てもらうなどは結構です。説明はこんなところでしょうか。何か、ご質問は?」
ううむ、と唸るラース村長。ちょっと急に話過ぎただろうか。
しかし、腕組を解くとやや前のめりになって彼は言った。
「一つ、質問が」
「何でしょうか?」
「捜査を依頼したのは、誰なんです?」
おおっと、これは申し訳ない。
「すみませんが、お答え出来ません。守秘義務というものがありまして。まあ、端的に言えば、時効で逃げきれそうだった犯人からすれば、依頼人は敵になりますから。ああ、決してラース村長を疑っているわけではありませんよ。ただ、色々な可能性がありますから。誰にも言えないんです」
ましてや、依頼人が当時の堅物な警察官とは言えないんです。
「ふむ……。まあ、確かにな。犯人からすれば、厄介なことをしてくれたな、って感じだな」
「そういうわけです。どうか、ご理解頂きたく」
「分かりました。まあ、こちらとしても再捜査を邪魔する理由はないですしね。捜査は本日から?」
案外簡単に捜査協力を得られそうで、こちらとしては嬉しいながらも拍子抜けする。こういう状況では、「悲しい事件を思い出させないで……」とか言い始める人もいるのだ。
「ええ、そのつもりです」
「宿泊はどちらに?」
「それが、空いている部屋があればお貸し願えないかと。三日目には一度帰るつもりです。ああ、もちろん、宿代はお支払いします」
「いいですよ、そんなの。田舎じゃ金より物の方が大事ですしね」
なるほど、田舎は未だに物々交換の風潮が残っているのか。確かに、地位や見栄というものが必要ない、みんな知り合いみたいな環境では金など大した価値を持たないだろう。買い物もそうしないだろうし。
「二階の屋根裏部屋でよければ、お貸しします」
「おお、それは大変ありがたいです。では、宿代の代わりといってはなんですが、こちらをぜひ」
私は無料で何かをしてもらうのが申し訳なく、鞄からあるものを取り出した。小さな人形だ。我が国ノルウィーンの伝統品で、都会の雑貨屋などではよく売っている。このカルーナ村にもあるかもしれないが、これは王都の店の特別品だ。妖精トロルが中々に綺麗な衣服を着ている、いわゆる高級品。金のない私がなぜこんなものをと言えば、以前事件を解決してこの店の店主を助けたことがあるのだ。おかげで私は格安で購入できる。
カルーナ村に現在子供がいるのかは知らないが、いればきっと綺麗なこの人形を気に入るだろうし、大人から見ても中々に綺麗で物珍しい高級品だ。宿代分の価値はあるだろう。
「へえ、これは中々……。高そうですけど、いいんですか?」
「もちろん。捜査協力ということで、ラース村長にはお世話になりますから」
村人に話を付けてくれよという賄賂の意味もある。
「では、ここに飾りましょう。さて、俺は事件関係者に話を付けてきます。ここへ来てもらうようにしますよ。エリックさんは、屋根裏部屋に荷物を置いて来るといいですよ」
「そんな、各家には私が向かいますよ」
「いえ、お気になさらず。みんな家を掃除していないでしょうし」
急な来訪過ぎたからな。犯人が逃げたり証拠隠滅したりしないようにと不意を突く作戦に出たが、こうしてご迷惑をおかけするとは。
「では、お願いします。本当に、何から何まで……感謝します」
彼からの報告を待つ間、私は階段を上がって屋根裏部屋へと向かった。
「これはまた、趣のある」
特に何の変哲もない、普通の屋根裏部屋だ。本当に薄っすらと埃を被ってはいるが、問題ではない。何度も使われたような痕跡はないから、彼は日頃から掃除をよくする人なのかもしれない。思えば、家の中も綺麗だった。
木造の建物だ。木の臭いが心地よい。これでは、事件の捜査ではなく心を安らげるための休暇になってしまいかねない。
置かれているのは小さな机と椅子とベッドと横長の棚のみ。棚の傍の壁には、この村の風景を描いたのであろう絵がかけられている。美しい絵だ。こういうのは、そう、水彩画だったか。無数の木々、広大な大地、それらは雪によって銀色に染められている。家々の煙突からは煙が上がり、人々が家の中で暖を取っていることが伺える。そんな絵だ。
ベッドの傍に荷物を置くと、必要な手帳と捜査資料、ペンを取り出す。あとのものはここに置いておけばいいだろう。
ベッドに横になればちょうど視線の先、部屋の入口の正面の壁に丸い窓がある。窓辺に立って下を見下ろせば、村の様子を見下ろせそうだ。月夜の晩にはきっとベッドに月光が射し込むのだろう。
さて下へ戻るかと思ったが、念のため注意深く室内を見て置く。不審な物はないか、こちらを監視できるような仕掛けはないか。
しかしまあ、王族の住まう城ではないのだ。隠された逃げ道だとか、秘密の扉だとか、そういったものは何処にもない。
今度こそ下へ戻り、先ほどと同じリビングの椅子に腰かけてラース村長の帰りを待った。




