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二日目朝~新たなる死者~02


 二階の部屋もそうだったけれど、家自体に物が少なかった。

 小さな木箱の中にもほとんど何もない。

 水に漬けられたリンゴが入った瓶、小さな燻製肉。三角形のチーズ。それだけだった。

「食材を使ってしまったのか、元々食事は取らないタイプなのか」

 細見だったことを考えるに、まあ、大食いではないのだろう。

「朝食を取らないタイプだったとすると、胃の中を見たところでいつまで生きていたのかの推測が出来ないなあ」

 村人から彼の生活パターンを聞く必要がある。

「やる事が、なくなってしまいましたね」

 ふと傍にあった椅子に手をかけた。四人用サイズのダイニングテーブルを囲う椅子は、三人分ある。

「ご両親と、フィリップさんのもの、ですかね。ご両親は亡くなられているそうですけれど……ずっと、そのままにしているんですね」

 考えてみれば、家に物が少ないのは、新しい家具を入れていないせいではないだろうか。凶器のナイフも古い物だった。

 昔からある物をそのまま使っている。壊れた物はさすがに捨てざるを得ないけれど、新しい物を入れることはしない。だから家具は減っていく一方なのではないか。

「幼いまま、心だけでなく家の時間まで止めてしまったんでしょうか……」

 でもそれにしては、全てを達観して受け入れていたような雰囲気もあった。

「ほんとに、わからないなあ……」

 少し座らせていただいて、昨晩のことをじっくりと考え直すことにする。

 昨日は家へ帰ってすぐにラース村長の作ってくれた夕食を食べて、その後は疲れてぐっすり寝てしまったから、何も考えられていないのだ。

 昨晩のことを脳裏に浮かべる。

 暗い世界、怪しげな森、急にかけられた細い声。

『エカテリゼはね、きれいなおんなのこだよ。でもね、しろのしたには、あかがあるんだよ』

 彼の物言いからすれば、白は美しさ、赤は血の意味だった。

 美しいエカテリゼには血がある……。当たり前だ。人間である以上、血は通っているだろう。

 となれば他の意味だ。

 美しい、は多分合っている。

『ぼくたちはあかをかくすの』

 ──赤は、遺体のことか?

 ──あるいは殺人行為の意味合いか。

 いささか小説的な言葉の飛躍かもしれないが、彼の物言いは全て不可思議だった。事実、ヒントにしかなっていない。

「だとすれば、白の下に赤があるとは、雪の下に遺体があるという意味かも知れないな。エカテリゼが赤を有している、とは、何だろうか。彼女自身、犯罪行為をしていたと?」

 顎に手を当てて唸る。

 しかし、仮にエカテリゼが悪事をしていたならば、殺される理由があったとも取れる。言い換えれば、犯人には彼女を殺す動機があったのだ。容疑者を絞れるかもしれない。

「しかし、エカテリゼが悪人ならば、どうして村人は誰もが彼女を悪く言わない? 悪事は特定の人間に秘密裏に行われていて、それをみんなは知らないのか……? いや、『ぼくたちは』という以上、複数名がそのことを知っているはずだ。あるいは、犯人そのものが複数名か。大がかりな事件を起こすとなれば村長を疑いたいところだが、それだとアンナさんの要望通りすぐに捜索を始めた理由が分からない。絶対に犯行がバレない自信があったのか。あるいは権力を持たない者がこっそりやった犯行か……ううむ。権力に抱かれるようには思えなかった。となれば、村長への恩義かな。ハンセン家は好かれているようだし……」

 フィリップさんの最後の発言を思いおこす。

『もし、もし、うんめいが、ゆるすなら……』

『あした、きてね』

 彼は、あの時既に死ぬつもりだったのだろうか。

「運命が許すなら、か……」

 彼の死因は恐らく出血死。

 となれば、運命が許す、とは、その前に誰かが来て助けられることではないだろうか。

「死ぬか、生きるか……」

 彼は何をしたかった。

 何故そこまで思い悩んでいた。

 全てを知っているのならば、話してしまっても良かったのではないか。少なくとも、事件のことを誇っているようには思えなかった。彼が犯人だとすれば、愉快犯ではないのだろう。

 彼は確かに事件を悔やんでいて、だからこそ私に声をかけ、けれど全ては話せない。ヒントしか、話せない。

「誰かを庇っているのは明白ですけど、一体誰を……」

 纏まらない考えを少しでも簡潔にするために、手帳を開く。真白のページに書き込んでいく。

 言葉にすれば案外簡単に、スラスラと重要な点を挙げていける。ページにインクが滲む暇もなく、以下の事を書き終えた。

『・白は美しさ 赤は何(遺体、血、その他か)?

 ・白が赤を隠すとは、遺体の場所のこと?

 ・エカテリゼは悪事を働いた?

 ・犯人は複数犯

 ・フィリップさんは誰を庇っている?』

 この五つが、フィリップ・オルセンが語ったことから推測できる内容の疑問点だ。これを解決出来れば随分と解決が近づくに違いない。

 少しばかり満足気にしていると、扉の音がした。ラース村長が戻ってきたのだ。

「今、外にみんなを集めて簡単に内容を伝えました。みんな、フィリが急に亡くなったこと、悲しんでいます。そこで一つお願いなのですが、現状分かっていることで構いません。彼の死因なんかについて、俺たちに聞かせてくれませんか?」

 正直、私の中ではフィリップさんは自殺ということで決定していた。彼らに理由を聞かせても問題ないだろう。

「ええ、構いませんよ。すぐに始めますか?」

「お願いします」

「じゃあ、一つだけ先に聞かせてください。フィリップさんは朝食を食べる人でしたか?」

「え、ええ、量は少ないですけど、三食食べていたと思います」

「ちなみに、メニューは?」

「パンと果物くらいじゃないですかね」

「そうですか」

「これが、何か?」

「残っている食材の量から朝食を食べたかどうか、つまりは死亡時刻を予測できると思ったんですけれど。食べる量が少ないのなら、推測は難しいですね」

「お皿は、見ましたか?」

 お皿。食器が洗われていないのなら、幸運だけれども。

「この棚にありますよ」

 ラース村長がキッチン台の下の戸を開けてくれる。そこには一人暮らしには多すぎる量の食器が入っていた。

 種類ごとに分けて重ねられた皿の数々。一か所だけ、高さが低かった。平たいお皿だ。他の食器と比べて一枚少ないのだ。

「食器を使ったんですね。使った食器はどこに?」

「えーっと……。あ、あれですかね」

 ラース村長がキッチンのあらゆる戸を開けたり箱を開けたりして、一つの小さな箱にパンくずの乗ったお皿が入っているのを発見した。

「小食過ぎて一度の食事に一枚くらいしか使わないから、夜に纏めて洗おうとしていたんじゃないですかね」

「なるほど。となれば、朝食は取ったんですね」

「そうですね。夜はスープにパンを浸して食べていましたから、平たいお皿となると、朝食に使ったのかと」

「分かりました。大変助かりました。では、皆さんのところへ行きましょうか」

 玄関へと二人歩いていく。

「お願いします。それと……」

「何でしょうか」

 扉を開け外へ出る直前で、少し振り返る。

「先ほどは、すみません。言い過ぎました」

「……ああ、別に、構いませんよ」

 外には村人が出そろっていた。とはいえ、数はそこまで多くない。カルーナ村出身の者の中には隣町なんかに出稼ぎに出ていて村に滞在していない人もいるため、ここには十五人もいるかどうか。

「初めてお目にかかる方もいますね。私、エリック・ヨハンソンと申します。エカテリゼ・ロマノヴァの事件の再調査に来た探偵です」

 丁寧にお辞儀をしながら、彼らの様子を観察した。

 涙する者は多いが、変に汗をかいている者はいない。私と目を合わせたがらない者もいない。ハンカチで目元を拭いながらも、視線はこちらに注がれている。怪しい人物はいなさそうだ。

「フィリップさんについて、簡単にですが調査しましたので、結果をご報告いたします。もちろん、後から新たな事実や証言が発覚することもあると思います。もし私の話すことと皆さんの知っていることが食い違っていれば、すぐにでも挙手してくださって構いません」

 誰も何も言わないので、続ける。

「まず死因から。私が思うに、彼は自殺ですね」

 ざわざわ、ざわざわ。

 と、騒ぎはするものの。

 まあ、思っていたよりは騒がれなかった。

 誰も殺人事件が起きたとは思っていなかったのだろう。最初から、ある程度自殺の可能性の高さを分かっていたに違いない。フィリップさんが日頃から精神を病んでいたためでもあるかもしれない。

「理由を説明します。まず、事件性がない理由ですね」

 人差し指を立てる。

「一つ、侵入された痕跡がないためです。窓は施錠されていましたし、室内も荒らされていませんでした。彼は即死ではなかったのですから、階段を降りるくらいは出来たはずなんです。つまり犯人に襲われたのであれば抵抗が出来たわけですね。でもその痕跡はないと来た」

 中指も立てる。これで二本だ。

「二つ、凶器は被害者の私物でした。オルセンと彫られていたので間違いないでしょう。こっそり侵入した犯人が凶器を持ってこなかったとなれば不自然です」

 薬指も立てる。三本目だ。

「三つ、被害者は凶器を持ったまま死亡していたのですが、強く握りしめていたことから、死後犯人の手によって握らされたというわけではなさそうでした。死後硬直が始まる前から、つまりは握ったまま亡くなられたんでしょうねえ」

 小指を……立てるか?

 昨晩フィリップさんが自殺を仄めかすような発言をしていたことを加えるべきか否か……。いや、言わなくていいかな。

 自殺と断定する理由は今の三つで十分だろう。

「さて、次に死亡推定時刻ですね。朝食を取った形跡がありましたので、血液の乾き具合から考えても、朝六時から八時半ですかね」

 村人が静かに聞いてくれるおかげで、話し上手にでもなったように錯覚してしまう。

「現状で言えることはこれくらいですかね。さて、何か質問は?」

 首を回して周囲を確認するけれど、挙手する人間はいない。

 いや、一人いた。

「自殺の動機は?」

 ラース村長だ。

「遺書がないので、明確にこれとは言えないですね。ただ、このタイミングです。エカテリゼ・ロマノヴァの件について思うところがあったのではないでしょうか」

「なるほど。みんな、質問や異論は?」

 全員がふるふると首を振る。

「では、私は引き続きエカテリゼ・ロマノヴァの件についての調査に戻りますね。ああ、それと一つお願いなのですが、フィリップさんの遺体ですが、今日はあのままにしておいてください。後から何か新事実が発見される可能性もありますし。幸い気温が低いので、それで大丈夫かと」

 明日は三日目。ティモ警部が来てくれることになっている。

 もし事件性があるようなら、彼に話を通して解剖なりなんなりに回してもらおう。

 私は静かにその場を離れて、ハンセン家へと戻った。一度顔でも洗って気分を入れ替えて、その後アンナさんのお宅を訪ねるとしよう。

 私に続いて村人たちもお開きになった。みんな泣きながらちらほらと家に帰って行く。

 それにしても、誰一人死因に異論がないとは。

「このタイミングだし、一人くらいはエカテリゼの時の犯人が再び動き出したって考える人がいるかと思ったけれど」

 どうもこのカルーナ村の人たちには犯人に対する恐怖がないようだ。彼らの危機感の低さなのか、理由があってのことなのか。

「うーん、未だに何も分からない」

 手がかりを掴めているようで、何も掴めていないようで。



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