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事情聴取五人目~アンナ・ロマノヴァ~01


 ロマノヴァ家はラース村長の家からは最も遠い家だった。入り口には草花で作った冠がかかっていて、何だかおしゃれだ。

「すみません、アンナさんいらっしゃいますか? 探偵のエリックです~」

 扉を軽くノックした後、少し声を張り上げてそう言った。

 今朝のフィリップさんの件を思い出し少しだけ嫌な気分になるも、幸い彼女はすぐに出てきてくれた。

「はーい」

 そんな声がしたかと思うと、扉が中から外へ開かれる。

「急にお尋ねしてすみません。探偵のエリックです。娘さんの事件についてお話を伺いたいのですが……よろしいでしょうか?」

 正直嫌がられても仕方のない話題ではあるが、その時はごり押しで何とかして見せようか。そう覚悟したのだが、アンナさんは柔らかい笑顔と共に家の中へ招き入れてくれた。

「お邪魔します」

「何もない家ですけれど、どうぞ~」

 のんびりとした口調、少しウェーブのかかった金の髪、細身の白い肌、ゆったりとしたワンピース。優し気な女性に見える。娘のことを非常に大切にしていたという話だし、良い母親だったのだろう。

「失礼します」

 そう言って案内されたリビングの椅子に腰かける。テーブルに飲み物を出してくれたので、話の前に一口飲むことにした。

「うわあ、美味しいですね」

「ふふ、良かったわ。リンゴをベースにした飲み物なんですよ」

 両手を合わせて嬉しそうに微笑む彼女にこれから重たい話をするわけだ。探偵の職務とはいえ、あまり気が進む話ではない。

「こちらには、一人で住まれているんですか?」

 二階建ての特に変哲の無い家だ。木製の家具が品よく並んでいる。デザインが統一されているのもあり、すごく高価というわけではなさそうだが上品な雰囲気がある。

「ええ、そうですよ。元々夫が亡くなったことをきっかけにカルーナ村へ来たわけですし、娘は、ほら……あんなことになってしまって……。ああ、でも村人の方はみんな優しくしてくれるんですよ」

「事件の後は村の方々がアンナさんに寄り添っていたと聞きました」

「そうなんです。わたしが死んでしまわないように、朝から晩まで付きっ切りで傍にいてくれて。食事も、洗濯も、掃除も、何から何までしてくださって……」

 ほんのりと目元に涙を浮かべ、それを拭いながら語るアンナさん。その様子から、村人の話が嘘ではないと確信する。

 さて、前置きはこれくらいでいいかな。

「昨日はラース村長を始めとした方々にお話をお聞きしたのですが、アンナさんの言うように、本当に丁寧で優しい方々でした。そこで、急ではありますが、今日はアンナさんにお話をお聞きしたく考えています」

「……ええ、構いませんよ。ラース村長からも頼まれていますし。それに、捜査をするってことは、誰かが依頼したってことなんでしょう? リゼのことを思ってくれている人がいる。母親として、すごく嬉しいんです」

 そうだ、あとで娘さんを描いた絵を見せてもらわないと。

「事件当時のことについて、お聞きしても?」

「ええ。吹雪の日だったのに、あの子ったら、出かけるって言い出して。止めようかと思ったんですけれど、待ち合わせだって言うし、少しくらいは大丈夫かなって……。でも夜になって帰って来ないから、不安になっちゃって。村長さんのお宅を訪ねたんです」

 うん。ラース村長の証言とも、警察の捜査資料とも一致。

 続きを促すべく、一度頷いた。

「村長さんが他の人たちに聞いて回ってくれて。でも、どこにもいなくって。リゼが誰と待ち合わせたのかも知らなかったから、誰かに聞こうにも聞けなくって。あとはもう森に入ったんじゃないかって、それしか思いつかなかったんです」

「当時は二月ですし、吹雪のあとだったとか。よく夜中に森へ入ろうとしましたね。村長さんも村人も、賛成だったんですか?」

「最初は反対されました。危ないから明日にしようって。でも、わたしが『だったら一人で行きます』って言ったら、村長さんが『それはいけない、なら全員で行こう』って猟銃を取り出して来たんです。夜中だったのに、文句一つ言わずに他の方も集まってくださって……」

「娘さんのことを日頃からとても大切になさっていて、事件が起きた際にはひどく動転している様子だったと聞きました。事件後は衰弱していたとか。それで皆さんがアンナさんの様子に気遣ったと聞きました。……事件について、前兆というようなものはありましたか?」

 アンナさんが飲み物を一口含む。そして視線を下げてコップの中の水面を見ながら言う。

「……ありませんでした」

 その一言だけ。

 ふむ、これまでの人々のように行くならば「平和な日々だったんです」とか「事件が起きるまで、普通だったんです」とか言うかと思ったけれども。

「娘さんの様子はどうでしたか?」

「いつも通りでしたよ。楽しそうに出かけていきました」

「荷物などは?」

「手ぶらだったと思います。ポケットの中は分かりませんけれど」

「ところで、娘さんは親の目線から見て、良い子でしたか?」

「と言いますと?」

 困惑するのも無理はない。少し言葉足らずだったな。

「やんちゃだったとか、約束を破りがちだったとか。物を壊してしまったり、人形の扱いが乱暴だったり。お友達と喧嘩したり、です。もっと分かりやすく言うなら、親として叱ってあげるべき場面は多かったですか?」

 『白い』エカテリゼの有した『赤』。つまりは悪事。

 それを探すのも忘れない。

 ノートすれすれにペンを近づけて、彼女の言葉を待った。

「…………いいえ、ごく普通の、女の子だったと思いますよ」

「そう、ですか」

 ちょっと歯切れが悪いな。

 もう一押しするか?

「失礼なことを聞くようですが、捜査ですのでご協力ください。娘さんは、誰かに恨まれるようなことをしていませんでしたか?」

「犯人の動機、ですよね。わたしに思い当たることは、ありませんよ」

「では、アンナさんは誰かに恨まれていませんか? 逆恨みのようなことでも構いません。妬まれたり、していませんか?」

 親への復讐に子を使うこともあるだろう。

「ないと思います。事件後、村人の全員が優しくしてくれたんです。わたしを恨んでいるのなら、わたしの様子を気にかけたりしないと思いますから」

 それもそうだ。

 やはり狙われたのはエカテリゼだった。

「遺体の場所に心当たりは? 雪の日に車や馬を出せたとは思えませんし、目立ちますから、遺体は村の中に隠されたはずです。村人があまり近寄らない場所、娘さんがよく行っていた場所。知りませんか?」

「近寄らない場所は知りませんし……。リゼがよく行っていた場所、というのは、どうして?」

「少女を運ぶのは目立ちますし、血痕が落ちる可能性もありますから。殺害場所がそのまま隠し場所になる可能性がありますので」

「なるほど、探偵さんというのは、警察みたいですね」

「ほとんど一緒ですからね」

「昔見た警察の方々は、もっと柔らかでしたよ。エリックさんみたいに全てを観察している様子はありませんでした。エリックさんは優秀な探偵さんなんですね」

 ふふふ、と笑いながら言うアンナさん。

 それにしてもおかしな話だ。

 彼女らが言う警察とは無論、王都からやって来たティモ警部たちだろうが、彼が柔らか? 仮に部下のことだとしても、ティモ警部は部下が被害者遺族の前で笑うことを許したりはしないはずだ。どちらかと言えば全員に眼光を鋭く光らせることを命じ、犯人への手がかりを決して逃さないようにさせるだろう。

「柔らか、というと?」

「呑気と言いますか、のんびりと言いますか。犯人捜しにあまり熱心でないような」

 やっぱり変だ。

「それは、娘さんの事件の時のことですか?」

 私がそう聞いた途端、アンナさんの表情は分かりやすく固まった。柔らかかった笑顔はぎこちなくなって、「ええっと……」と口ごもる。どうやら彼女は嘘が上手ではないようだ。

 何て言うべきか。それを考えようとしながらも思考が停止している彼女が中途半端に口を開かせる。

「その、ええと……」

 被害者遺族とはいえ、誤魔化しは許されない。

 そして誤魔化そうというからには、理由があるはずだ。

「どうやら、事情がおありのようだ。十四年半前の出来事以外でも警察と関わったことがあるんですね」

 彼女はまだ口をもごもごさせている。

「お話いただけますか? それが無理でしたら、勝手に推測を披露しますが。そうですね、娘さん絡みでしょうか。小さな村です。いきなり猟奇的殺人犯が発生するとは思えない。彼女には、殺される理由があったはずです。それが犯人の勘違い、逆恨み、そういった類の可能性はもちろんありますけれど。しかしいずれにせよ、小規模な村でいきなり村人を殺害しようとは思わないでしょう。相手は幼い少女なのですし、この村には権力争いもありません。普通に過ごしていれば、村人を殺す理由はない。でも犯人はそれをやってのけた。普通ではない行動に出たんです。バレれば村八分どころではありません。一族全員村を追い出されるでしょうね。エカテリゼ・ロマノヴァをよほど恨んでいたんですね。彼女を排除しなければと思ったわけだ」

 語る内容は何でもよかった。口から流れるがままに話した。

 アンナさんが激情して内容を訂正しに来るならばそれでいいし、娘のことをここまで言われてなお何も言わないなら彼女自身が怪しいことになる。

「話しますから……」

 結果として、アンナさんは語ってくれた。

「あの子の父は、捕まったんです。死刑判決を受けました」

 初耳だ。警察はこのことを知っているんだろうか。

「捕まる前に、夫の提案で、わたしたちは離婚しています」

「なるほど。旦那さんの罪状は?」

「……殺人です」

 まあ、だろうなと思った。衝撃はない。

 死刑判決を受けるとなれば、国家転覆でも企んだが、殺人か。それくらいしか思い当たらない。


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