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事情聴取四人目~リトゥヴァ・マケラ~


「遠路はるばるご苦労様です、探偵さん」

 リトゥヴァ・マケラはいかにも清楚な雰囲気の女性だった。金の髪は軽い巻き毛で、上品な印象を与える。

「わざわざ来ていただきありがとうございます。ぜひ、事件について、ご協力を」

「ええ、もちろんです。ええと……何を話しましょう?」

 リトゥヴァさんはソファーの隅に上着を置くと、膝の上に手を置いた。

「お名前や年齢をお願いします」

「分かりました。あたしはリトゥヴァ・マケラと申します。みんな、リトって呼ぶんです。探偵さんもぜひそう呼んでください。年齢は二十九です。事件当時は十五歳でした」

 距離の詰め方が上手なお人だ。特に、さっきまでがエリアス相手だったために余計にそう思えてくる。

「では、リトさん。お辛い記憶かと思いますが、事件当時の出来事をお話ください」

 手帳を開き、ペンを構えた。彼女の青の瞳と視線が交差する。ごくり、と緊張による唾を飲み込んだ彼女は、「……ええ、もちろん」というと口を開いた。

「正直なところ、覚えていることはあまりないんです。初日以外の捜索にはあまり参加していなくって。両親が、獣がいたら危ないからって言いましたし、昔のあたしは身体が強くなかったので冬に外出することは控えるようにしていたんです。だから、話せることといえば事件が起こった日のことくらいで」

 リトさんは申し訳なさそうに、曖昧な笑顔を浮かべる。

「構いません。覚えていることだけで十分ですよ」

「ありがとうございます」

 そこで一度、ラース村長が彼女に飲み物を持って来てくれる。彼は今日一日で何杯の飲み物を作るのだろうか。

「ありがとう、ラース」

 他の者と違って、彼女はラース村長ともラースさんとも呼ばない、呼び捨てだ。彼女の方が年上だからだろうか。

「事件が起こった日は、本当に普通の日だったんです。雪と風は少し強かったですけれど、そんなことは、この村ではよくありますから、そう特別な日でもなくて」

「事件が起こるという予兆はなかったんですか? エカテリゼ・ロマノヴァの様子がおかしかったとか」

 リトさんはゆるゆると首を横に振った。

「いいえ。いつも通りでした。本当に、何もかもが……」

「そうですか。それで、捜索が始まって、どうされましたか?」

「いつも遊んでいた森を調べました。鬼ごっこなんかをしていたんです。だから今回も、いつもの遊び場に行って迷子になったんじゃないかと思って……。でも……」

 膝の上で拳を作ってぎゅっと服を握り締めるリトさん。当時を思い出しているのだろう。何処か切なそうに見えるのは、未だエカテリゼ・ロマノヴァが見つかっていないことに対する責任感か。

「なるほど……。ところで、ここまで何名かの方にお話をお聞きしたんですけれども、皆さん同じようなことをお答えになるんですよ。もしかして、私がお聞きしている内容は、当時の警察がお聞きしたことと同じだったりしますか? 皆さん、スラスラ答えるものですから……」

「そう、ですね。ほとんど同じですかね。子供の頃の事なので、もうあまり覚えていないんですけれど……。思い出さないように、していましたし」

「そうですよね。悲しい事件ですから、思い出すのは辛いでしょう。あと少しだけお聞かせいただいても、構いませんか?」

「ええ。ただ、昨日から少し具合が悪くって。ベッドに横になりたいので、手短にしていただけると助かります」

 元から色白なのだろう。顔色がいつも通りなのか悪いのか、ちょっと判別ができない。おまけに儚げな雰囲気もあって、余計に分からないが……まだ調査初日だ。無理に引き留めて協力を嫌がられるようにはなりたくない。

「分かりました。では、あと二つだけ」

「すみません。ありがとうございます」

 座ったままではあるものの、リトさんは深々と頭を下げた。もし彼女が犯人でないとすれば、体調が悪いなかこうして調査に協力してくれているのは何だか申し訳ない気がする。

「エカテリゼ・ロマノヴァが失踪した時、周りの人の反応はどうでしたか? 捜索への参加を嫌がる者や、彼女の失踪を喜ぶ者、あるいは極端に悲しむ者、警察の捜査に反発する者等、いませんでしたか?」

 彼女は右頬に右手を当てて、「うーん」と言いながら十二秒ほど考える仕草をすると、一度目を伏せて、開いて、言った。

「特に、いなかったと思います。エカテリゼのお母さまは酷く落ち込んで、娘の名前を叫び始めたり、かと思えば虚ろな顔でぼうっとしたりしていましたけれど、娘が行方知れずになった、それも体の一部だけ残して、なんて、恐ろしい事態ですから、ああなるのも納得かと……」

「それを、村の人たちで助け合って、回復を目指した?」

「ええ。食事を作ったり、着替えを手伝ったりして、間違ってもお母さまが一人にならないようにしたんです」

「というと、娘のことを嘆いて、その、自殺なさらないようにと?」

「そうです。みんなピリピリしながら、必死になってお母さまの様子に気を配りましたの。最初はやっぱり悲しそうでしたけれど、少しずつ回復していって。一年が過ぎるころには、娘の絵を描くようになったんです。あの子のことを忘れないようにって」

「絵ですか」

 手帳に、『アンナ・ロマノヴァ 絵を描く』という新情報が追加される。

「お母さまの絵、とっても上手なんですよ。写真かと思うくらいで」

 それを聞いてつい、身体を前のめりにしてしまう。

「それは、カラーなんですか?」

「え、ええ、そうです」

 我に返ってリトさんを驚かせたことに気が付き、テーブルから手を離してゆっくりと椅子に戻りながら、弁解する。

「実は、捜査するにあたって資料は貰っているのですが、写真が白黒でして。その絵は、アンナさんのお宅へ伺えば見られるのでしょうか」

「確か、描いた絵は二階に飾っていたと思います」

 朗報だ。色覚的な情報に色味が加わるというのは実に喜ばしい。

「こほん。ええと、話が脱線しましたね。アンナさんのお宅へは、明日伺ってみようかと思います。では、次の質問ですが、エカテリゼが失踪、そして死亡したと判断された時、貴女はどう思われましたか?」

「それは……悲しかったです。同年代の女の子が、あんな残虐な目に遭うなんて……」

「他には?」

「他、ですか?」

「ええ。何かありませんでしたか?」

「ううんと……特に、ないかと」

 思わず首を傾げたくなるが、我慢する。彼女の発言に疑問を持ったことを悟られてはならない。『誰が犯人か分からない』のだから。

 そう、誰が犯人か分からないのだから、当時の彼女は少女の身に起きたことを嘆くとともに、村人の中に犯人がいることに怯えるべきなのだ。エカテリゼは同年代の少女。犯人があえてそれをターゲットにしたのであれば、同じく同年代の少女であるリトさんが第二のターゲットになる可能性だってある。

 怯えなかったのは、自分の身を案ずる余裕もないほどエカテリゼのことを嘆いていたからか。いいや、日々警察が犯人に付いて聞いて回る中で恐怖を覚えないわけがない。少なくとも、捕まらない犯人は誰だろうと考えることはあったはずだ。周りの大人たちがそう会話しているのを聞くことだってあっただろう。

 となれば怯えなかったのは、彼女が犯人だからか、犯人を知っていたからか。

 ……ここは、突っ込まないで行こう。

 問い質したところで、現状、証拠も何もないのだから。

「お話、ありがとうございました」

「もう、帰っていいんですか?」

「はい。体調が治ることを願っています」

「ありがとうございます。……捜査、頑張ってください」

 リトさんが帰って行き、入れ違いにラース村長がやって来る。

「お疲れ様です。今日は、このくらいですかね」

 そうですね、と言いかけて、自分の手帳を見下ろす。

「当時子供だった者はあと二人いるはずですが?」

「それなんですけれど……」

「何でしょう?」

「フィリップ・オルセンは事件のあと、精神を病んでしまっていて……会話が出来るくらいには回復しているんですが、家から出るのは難しいようで。明日、直接行っていただいてもいいでしょうか」

「そうでしたか……。分かりました。そうします。ところで、彼が精神を病んでしまったのはいつ頃ですか?」

「事件から半年ほどだったかと。警察の捜査が減って来て、張り詰めていた精神が疲れ切ってしまったんでしょうね……」

 悲しい事だが、事件関係者が心を痛めるのは珍しい事ではない。

 だとしても、もう一人いるはずだが。

「もう一人は?」

「あれ、ご存じじゃありませんでしたか」

 ラース村長は大変言いにくいのですが、と前置きをした。

 その表情から、良くないことがあったのだと分かった。

 瞳に底知れない暗さを孕ませたラース村長は、静かに告げた。

「マーリット・ラーシェンは、事件から半年後、自殺しています」

 先ほどのリトさんの言葉が脳裏をよぎる。

『みんなピリピリしながら、必死になってお母さまの様子に気を配りましたの。』とそう言っていた。アンナさんが自殺しないようにと。

 ──自殺者がいたから、余計に必死になったのか。

「フィリップさんが精神を病んでしまうのと、マーリットさんが自殺するの、どちらが先でしたか」

「マーリィです」

 そりゃ、友人の失踪だけでも悲劇なのに、友人の自殺まで起こったのだから、張り詰めていた精神の糸は容易く切れてしまった事だろう。

「捜査をするにあたって警察の方とも話しましたが、何も聞いていません。警察はこのことを?」

「知らないと思います。事件が進展しなかったので、半年経つ前にほとんどの警察が引き上げたんです。特に、事件を担当したのは王都の警察でしたから。犯人像も分からず、事故か殺人かも曖昧で、遺体も見つからないようじゃ、捜査の仕様もなくって……」

 フィリップさんの精神状態を想像するほどに、彼に明日話を聞きに行くことが億劫になって来る。

「では明日、フィリップさんのお宅と、アンナさんのお宅を伺うことにしましょう」

「ええ。一応、事前に二人には声をかけておきますね。特にフィリの方は、急に事件のことを聞かれるとなると、精神に来るかもしれませんから」

「お手数おかけして、すみません。助かります」

「お気になさらないでください。当然のことですから」

今日の事情聴取はなくなった。立ち上がってあてがわれた部屋に向かおうとして……背中を向けたまま、背後にいるラース村長に聞いた。何となく、顔を向けて聞くことは躊躇われた。

「酷いことを言うようですが、お許しください。……マーリットさんが事件を起こし、それを悔いて自殺した。その可能性は、ありますか?」

「いいえ。ありません。あいつは、何処までも優しい奴でしたから」

 力強い言葉で即答された。

「そうですか。ではまだ、私は調査を続けなければ」


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