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「さて、冷静を取り戻したことだし、父は城に行ってくるよ。正式に抗議してくる。.....念の為確認しておくが、王太子殿下との婚姻に未練は」
「ありません。全然、全く、本気で。.....お父様やお母様にはご迷惑をおかけし申し訳ないですが」
私が食い気味に迷いなく告げると、苦笑した父が頷いた。
「あの殿下の態度では無理あるまい。.....王命だったとは言え、あの馬鹿王子との婚約を引き受けてしまって済まなかったな、ジャスミン」
馬鹿王子というくだりは否定しなかった。ここは家族だけの場。これくらい許されるだろう。
「お父様のせいではありませんわ。王命なんて拒否できませんもの」
「.....とにかく。しばらく邸でゆっくり過ごしなさい、何も心配しなくていいから」
「はい、ありがとうございます....」
「あなた、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ああ」
父はそのまま王城へと向かった。
心配しなくていいと言ってくれたが、そうもいかない。
リーフェント公爵家の子供は私一人で、この国では女性が爵位を継ぐことは認められていない。養子を迎えて跡継ぎとするならば、私がこの家にいつまでも居るのは望ましくないだろう。
だが、王太子から婚約破棄されたとなれば、国内でまともな婚姻を望めないのは明らかだ。今後のことを思うと現実に打ちのめされる。
◇
父は夕方帰宅した。その面持ちは暗く、国王への抗議は芳しい結果を生まなかったらしい。
オズウェル・モーリャント国王は王太子殿下を溺愛している。王妃、ローズ・モーリャントも然り。いつも何かというと甘い対応をして、自分達が息子に甘いことさえ気づいていない。彼らの中では厳しくしている認識の様だ。
おおかた、自分の息子は悪くないとでも主張したのかもしれない。
心配をかけまいと無理をして笑う父に胸がきゅっと痛む。
「.....私、本日はこれで失礼いたしますわ。お父様、お母様。お休みなさいませ」
「ああ。おやすみ、ジャスミン。しっかり休むんだよ」
「ええ、そうよ。ぐっすり眠ってね。私たちの可愛いジャスミン」
そう言って両親は私を抱きしめ、母は額にキスをしてくれた。優しくされればされるほど苦しくなるのは、自分が親孝行どころか迷惑しかかけていないからだろう。
ーーなんだかとても疲れたわ。
他者から向けられる棘が痛くないわけがなかった。
自分を見下す婚約者との結婚が憂鬱でないわけがなかった。
王妃教育だってそう。殿下を好きになれなくても、国民のためになるならと寝る間も惜しんで学んだ時間は何の意味も持たなくなった。
ーー今まで頑張ってきたのは何だったのかしら....
どれだけ努力しようと、殿下や国王、貴族たちに認められる日なんて来なかった。結局最後は紙切れみたいに破って捨てられただけ。
婚約がなくなるのは望むところだ。
ただやり場のない怒りや虚しさで、私の胸の中は真っ黒に覆われていった。
ーー苦しい。どこか遠くへ行きたい。
逃げだとわかっていても、いっときでもいい。
自分を粗雑に扱う人達の視線を、家族に迷惑をかける自分を、忘れたい。
そう思ってしまった。




