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「.....それは本当か?そんな分厚い眼鏡で、数メートル離れた場所から君が見たことは、真実だと胸を張れるのか」
「.....ぷっ、嫌ですわ。殿下、一応女性に向かって」
王太子殿下の物言いと、棘を撒き散らすトランドル男爵令嬢の下卑た笑いに、心が冷えていく。
「.....張れますわ」
でも私がここで引き下がればリルハ嬢に申し訳ない。淡々と言い返す。
「ふん。地味で根暗で可愛げがない。しかもこんな場所でも本を読む、変わり者。俺のイジリに冗談ひとつ返さず真面目に答える。君と話していても実につまらん」
王太子殿下は嘲りの視線を向けて、顔を歪めた。
「申し訳ございません。......ですが、私のこととリルハ嬢のことは別物。彼女への発言を撤回して頂きとうございます」
「.....はぁ。ジェシカ、だそうだが」
殿下は面倒だと言わんばかりのため息だ。
「わたくし、嘘なんてついておりませんわ。リルハ様はエスコート役がいないから恥ずかしくなってご自分にドリンクをおかけになったのよ。その証拠に、ほら。あの安っぽいドレス、見てくださいな。舞踏会に出席するというのに、あんな地味なドレスを着るくらいですもの。最初からドリンクがかかってもいいものを選んでいたんだわ」
「うむ」
「パーティーを抜け出す口実をつくるために、自作自演なさったの。しかも、わたくしが殿下のおそばに居ることが気に食わなくて、わたくしに罪を被せようとして。なんて下劣なのかしら。だから誰にも誘って頂けないのよ」
うるうる瞳を潤ませて言い募る。誘って頂けないという文言で、周りからくすくす小さな笑いが起こる。リルハ嬢が顔を俯けた。
「これでもまだ何かあるか」
殿下がふんぞり返って私に言った。
「.....彼女への発言、撤回して頂けますか」
「お前!今の話を聞いていたのか!これ以上言うなら婚約破棄だぞ!もともと、お前など女とも思えぬ!」
激高して怒鳴った殿下に、私は頭を下げた。
「.....承知しました。この一件が終わりましたら婚約破棄、お受けいたします」
「なっ、本気だぞ」
「はい、承知致しております」
「..........っ」
カァーッと首まで赤くして苛立ちを見せる殿下。
私が縋ってこないのが気に入らないのだろう。
しかし、婚約破棄してくれるというなら願ったり叶ったりだ。この宙ぶらりんの状態にも、殿下の馬鹿さ加減.....もとい。物事を深く考えない単純さにも嫌気がさしていたから。
「では、リルハ嬢の件に戻しますね。どうか彼女の今後に関わることですので.....トランドル男爵令嬢、お話頂けませんか」
今度は彼女に向かって頭を下げた。
公爵令嬢が男爵令嬢に頭を下げるなんてあり得ない。憤りも感じるが、この場で把握した彼女の性格上、私が婚約破棄された場面を目の当たりにして、頭まで下げてきたとなればきっと見下してしゃべり始めるかと思ったのだ。
彼女にドリンクを渡した給仕に証言してもらっても、他の目撃者を探したとしても。あの殿下のことだ。間違いなく私たちが嘘をついていると言ってくるだろう。
この場にいる者の中で彼が信じるのは、トランドル男爵令嬢本人の言葉だけなのだ。
しばらく私をじっと見ていた彼女は、やがて小さく吹いた。




