表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?  作者: こころ ゆい
最終章『番ではない私でよろしいのですか?』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/41

5 パープルサファイア

 すっきりと澄んだ青色が、どこまでも続いていく。


 雲ひとつなく晴れ渡る空も、燦々と降り注ぐ太陽も。この良き日を心から祝福してくれていた。


 集まった参列者達は、皆、優しげな笑みを浮かべている。


「だめだ」


「.....フェンリル様」


「.....だめだ、だめだ。絶対、だめだ」


「............」


「うっ....」


 そんな中、めでたい日の真っ青な空を、まだ眺められない者がいた。


 繊細で上品なベール。

 ひと針ずつ丁寧に刺された、ジャスミンの花と狼の刺繍がスカートを彩るウェディングドレス。

 花婿が花嫁へ贈ったパープルサファイアのネックレス。

 そして、結い上げた黒く艶のある髪を飾る、瑞々しいジャスミンの生花。


 花嫁のチャームポイントである眼鏡も、今日は特別仕様だ。細く優美なフォルムで、ドレスやベールに合うものをつくった。


 そのひとつひとつが、今日改めて愛する人と結婚式を迎えるジャスミン・ウィルフォードを、一際美しく煌びやかに包んでいた。


 彼女の目の前に立つフェンリルは、質の良い艶のある生地で誂えたタキシード。胸元にはもちろん、花嫁とお揃いのジャスミンの花が挿してある。


 晴れ舞台のために磨き上げられた耳や尻尾は、銀の艶々の毛並みがより一層輝きを放っていた。


 その顔立ちも逞しい体躯も相まって、とにかく全てが麗しい。幾度となく花嫁の口からうっとりとしたため息が漏れている。


 けれど、彼の表情は何かに葛藤している様子だ。


 愛する番であり、今日の主役の妻が、あまりに美しすぎてーー。


「君が....」


「.........?」


「君が.....っ、美しすぎるのがいけない」


「........っ」


「そんな綺麗な姿で、俺以外に笑顔を向けるなんて許せない。


着飾るのは、俺の前だけにしてほしい。


だめだ、だめだ。

.....君を誰の目にも触れさせたくない!」


 妻への独占欲が溢れて止まらないのだ。


 そろそろ時間だというのに、折れない夫と先ほどから不毛なやりとりが続いていた。


 ほとほと手を焼いて困っているジャスミンだが、それでも、駄々をこねる夫を可愛いと思ってしまっているあたり、自分も同類かもしれない.....。


 そう思ってしまった。


「.........ふぅ」


「............」


 妻が息を吐いた気配に、ピクリと大きな身体を揺らす。彼女の反応を恐れ、せっかく整えられた耳は無意識にぺたんと寝て、尻尾は垂れ下がっていた。


 自分がどれほど無茶なことを言っているのか、フェンリル自身、十分わかっている。


 それでも....


 不安なのだ。

 人間のジャスミンは、『番』がわからない。


 彼女も自分を好いてはくれているが、きっと想いの強さや執着心でいえば、自分の方がよっぽど上だ。


 限界などないほど、日毎、彼女への想いは膨れていくのだから。


 狼獣人が番を見つけたら、生涯その番だけを愛する。当然、自分は彼女以外視界に入らないし、彼女以外欲しいとも思わない。


 だが、ジャスミンは.....。


 そう思うと、居ても立っても居られなくなる。


 例え、ただ参列者への感謝を述べているだけだとしても、きっと自分は耐えられない。ましてや、この美しい姿で。


 妻の瞳に他のものが映るだけで、大きな不安や嫉妬に駆られて、どうしようもないのだ。


「....フェンリル様?」


「.....ん?」


 意外にもかけられた声音は、怒りや呆れを含んでいない。それどころか、丸みを帯びた優しいものだった。


 おそるおそる顔を上げると、目尻は垂れて、ラベンダー色の瞳をたたえた目は愛らしく細められていた。


「.....これ」


 チャリ。と微かな金属音を響かせて、彼女がそっと前に差し出したもの。贈った日から毎日彼女の首元で、輝くパープルサファイアだった。


「フェンリル様が、私の瞳みたいだと贈ってくれたネックレス....」


「.....ああ。とても似合っている。今日のドレス姿にも相応しい」


 フェンリルも、ふっと顔を綻ばせた。

 ジャスミンは彼の銀の瞳を見つめて、心を伝えていく。


「これも、あなたが贈って下さった日から、私の宝物です」


「宝物.....?」


「ええ。あなたは出会ってからずっとーー

私に、沢山の宝物をくれます。


いつも私が、あなたの真っ直ぐな言葉や視点、行動にどれだけ救われているか。きっとあなたは知らないでしょう?」


「俺が.....?」


 ジャスミンは、コクリと深く頷く。

 フェンリルの手を取り、そっと自らのあたたかな心音が響く場所へと導いた。


「あなたにもらったものは、全て。私のここにありますわ」


「............」


「大切にしまって....

時折思い出しては、私の全身をあたためる。


きっと、これからの人生ずっと」


「..........っ」


 フェンリルが息を呑んだ気配がした。


「あなたが大好きですわ、フェンリル様。


人間の私は、獣人のあなたの気持ちを汲み取れない時があるかもしれません。


けれど、そんな時は教えてほしいの。

あなたの気持ちは、どんな気持ちでも


私にとって宝物だから」


「ジャスミン....」


 彼女の笑顔は、春の陽光のようだ。

 あたたかくて、

 どんなフェンリルでもふわりと包み込んでくれる。


「不安、なんだ....。君が他の者を、好きになって、しまわないかと.....」


 言いながら、自分の余裕のなさに呆れ返る。

 だが、彼女は変わらず柔らかく笑っていた。


「フェンリル様」


「............」


「パープルサファイアの石言葉があるのをご存知ですか?」


「.....いや」


「初恋の思い出」


「初恋の....思い出?」


「ええ。


知ってましたか?

フェンリル様は、私の.....初恋なのです」


「え.....だ、だが....


君は婚約者が、いたんだろう?」


 そう。テリウェルがリーフェント家へやって来た日言っていた。


 テリウェルの甥・コーネルとジャスミンが婚約していたと。


 適齢期の貴族の娘だ。少し考えればわかることなのに、彼女に夢中で、目まぐるしく変わる状況や感情にのまれて。その日まで他の者と婚約していた過去に、思い至っていなかった。


 それを知ってから、フェンリルを不安が襲った。


 過去のことなのだからと流せればいいのだが、どうしても、彼女の気持ちが昔、自分以外の男にあったかもしれない事実が、脳裏をちらつく。


 と、間を置かず、彼女は答えた。


「いいえ。私の初恋はあなたですわ」


「本当に.....?」


「はい。そして、きっと....。いいえ、絶対に」


 ーーこれが、私にとって最初で最後の恋なのです。


「.....最初で最後の恋....?」


 コクリとまた頷いた。

 その顔は誰が見ても、目一杯の幸せに包まれている。


「確かに、私は獣人ではありません。


でも....

当然ながら人間にも、色々な方がおられるのです。

私の、あなたへの恋心はとーっても!」


 ーー重いのですわ!


「見くびってもらっては、困ります!」


 次の瞬間には人差し指を立てて、少しムッと唇を突き出して強く主張する姿を見て、フェンリルの心に熱いものが込み上げる。


「....だからね。私にピッタリだと思いません?」


「..........?」


「あなたの贈り物のセンスが、素晴らしいって話です。


このパープルサファイア.....


あなたの仰る通り、

ラベンダー色の瞳で植物が好きな私に、

色も形もピッタリですしーー


『初恋の思い出』だなんて。


ずっと、ずっと。この先の人生、ずーっと....

あなたへの重い初恋を、育み続ける私に


石言葉まで、ぴったりだなぁって....

そう思うのです」


 ふふ、と頬を染めて照れくさそうにはにかむジャスミンは、凶悪なまでに可愛かった。


「ジャスミン.....っ」


「フェンリル、様....」


 暴れ出す本能のまま、抱きすくめそうになって、何とか思いとどまる。そっと、髪やドレスを崩さぬよう配慮しながら、柔らかな唇に己のものを重ねる。


 うっとりと受け入れてくれる番への愛が、また溢れる。


「だから....安心して下さいませ。

私は、あなた以外、見えませんわ。


それに、私は大好きなあなたと結婚式がしたいです。

以前は....番の方がいずれ戻ることを考えて、控えた方がいいと思っていましたから」


「ああ。そうだな。では行こう」


「ええ!嬉しいです」


「可愛い....。愛している、ジャスミン。

二人きりになったら....沢山君をーー」


 耳にぽそりと吹き込まれた言葉。

 ジャスミンの顔がカァと真っ赤に染まって、目が潤む。


 彼女は恥ずかしさで言葉にできず、そっと首を縦に振った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ