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低く、ゆらりと。フェンリル様の立派な尻尾が振れる。
警戒をあらわす動きに、背後の人物は隠しもせずため息を落とした。
「怒るな。せっかく、久方ぶりに友に会いにきてやったというのに。失礼だぞ?フェンリル」
「頼んでいない。今、いいところなんだ。邪魔するな」
私は、そっと頭をずらして確認する。
のぞいた先に立つ人物に、あんぐりと口が開いた。
淡い金髪、空の青をうつした瞳。どこかオズウェル前国王やコーネル元王太子の面影を感じる顔つき。
この方はーー
「テリウェル・モーリャント国王陛下....」
「うむ。ウィルフォード公爵夫人、ご機嫌いかがかな?」
言ってから、柔らかな笑顔で手をひらひら振っている。
「...........っ」
突如、状況を理解する。
彼はいつからそこに居たのだろう。
フェンリル様との触れ合いを見られてしまった羞恥と、なぜか陛下が我が家の庭に立っていることへの驚愕。
国の最高地位に鎮座する人物を前に、フェンリル様の腕に抱かれ座っている状況に狼狽する気持ち。
全てが一気に襲いかかった。
「も、申し訳.....っ、あっ」
とにかくご挨拶をと、私は慌てて立ちあがろうとしたが、足に力が入らずカクンと頽れてしまう。
すると、陛下は察して手を前に出し、こともなげに言い放つ。
「よいよい。私は、今日プライベートで来ている。堅苦しいのはなしだ」
「当然だ。突然来るやつがあるか。失礼な奴め」
ひぃっと小さくのけ反って、顔が青ざめる。
一国の王に向かってその口の利き方はありなのか。いや、絶対アウトだ。
「ははっ、相変わらずだな」
「お前もな」
はらはらと見守っていたら、意外にも軽口を叩き合う様子に呆気にとられる。
「で?何をしに来た。ま、大体予想はつくが」
「うむ。ヴォルフ兄から手紙が届いてな。今頃、夫人を迎えに来ているであろう君に、タネ明かしに来たのだ」
「だろうな。お前、知ってたな?ジャスミンが俺の番だって」
フェンリル様は横目でジロリと睨んだ。
その間も、私を隠すように抱きすくめていて、首を伸ばさねば陛下の顔を見ることができない。
ニタリと笑う陛下は、悪い顔をしていた。
「知ってはいない」
「...........」
「だが、ある程度、見当はつけていた」
「やはりな。....どうして気づいた」
「その木だ」
「木?」
陛下は腕を組んだまま、クイッと顎で指し示す。
そこに視線を移すと、青々と若い葉を茂らせる木が植っている。
フェンリル様と森へ種子を採取しに行った日、持ち帰ったものだった。
「その木は、ユービィスト王国の森で自生するものだ」
「......なるほどな。いつ頃気づいた?」
「君が番の記憶を封じられたと知ってから、随分あとさ。
トリス・リーフェント公爵から、生命力溢れる木について、進言があった。
現在、娘のジャスミン嬢が試しに庭で育てていること。
うまくいけば、砂漠化した地域に植林し、緑化を進められるかもしれないこと。
驚いたよ。初めて知ったからね。
私は今まで砂漠化について様々な者と意見交換してきたが、誰一人としてそんな木を知る者はいなかった。
調べてみれば、貴国に自生する木だと判明したが、モーリャント王国ではその木の種子や苗を輸入している記録はなかった。
では、どうやって公爵はその木の種子を手に入れたのか。なぜそんな木があることを知っているのか、と疑問に思ってしまうのは自然なことだろう。
だって、公爵と少し話せばわかる。彼はそこまで植物に詳しいわけではない。
つまり、公爵の近くに、植物にとても精通した者がいて、
その人物が木の種子か苗を入手してきたと考えるのが妥当だろう。
それも、国の有名な学者達、重鎮達を結集しても得られなかったほどの知識を持つ人物が。
公爵はなぜか屋敷で一番草木に詳しいであろう『庭師』ではなく、『娘が』育てていると言った。
そこまで考えた時ーー
公爵の淡い紫色の瞳が目に入った。
同時に、私の中で仮説が浮かんだ。
その時はまだ、まさかと半信半疑だったが.....
ジャスミン嬢は、王妃教育を受けていた。
過去、彼女の授業を担当した王城の家庭教師達は皆、口を揃えて褒め称えていたよ。
彼女のとても優秀な頭脳と、人柄を。
ジャスミン嬢は常に本を持ち歩いていて、
植物に関するものだったという情報まで入手した所で
私の中の仮説は、より色濃く主張し始めた。
甥のコーネルから婚約破棄を受けた、
ラベンダー色のの瞳の、適齢期の娘ーー。
そして、
リーフェント公爵に世間話程度に聞き出した。
いつ頃からジャスミン嬢は木を育てているのかーー。
それは、フェンリルが番の記憶を失った頃と丁度重なった。
....まぁ、さすがに嫁入り前の娘だからな。
公爵とて、娘が.....
数日家を空けていたとは言いたくないだろう。
あくまで表面だけ尋ね、あとは私が勝手に予想した」
「.....お前らしいな」
種子は持ち帰ってから庭に植え、育ち具合や水加減などをノートをとり観察していた。
数ヶ月経ち、ある程度育った所で父に、陛下に進言してみてほしい旨を相談した。
まさか、それが私の正体へと繋がっていくとは。
そういえば、父に進言を依頼した日からほどなくして、フェンリル様との婚姻話が持ち上がった。
「おかしいと思っていたんだ」
フェンリル様の声に、テリウェル陛下が頷く。
「やっぱり引っかかっていたか。いくら『番』の存在を重要視する獣人達でも、王命ならば拒否できる者は少ないからな」
「ああ。例え、噂が広まっていようと相手を決めることはできただろう。
もちろん、あまり好きなやり方ではない。
獣人達の間では、実際、政略結婚はほとんどないしな。
獣人同士が王命で無理に結婚すれば、関係は最悪のまま生活を共にすることになる。
『番』同士であってもだ。なるべく王命なんてものは使わず、先に番の心を手に入れたい。『ミーナ』と出会った時のように。
今回は、シルヴァの王位継承のため、やむなく兄上に王命婚を申し出たがーー。
打診を受ける相手のことを考えると心の中は複雑だった。
しかし、
だからこそ隣国なのかと思って納得はしていた。
獣人でなく、人間との婚姻となれば、番関連の複雑な問題は避けられる。
それが
まさかお前の謀だったとはな」
「まぁな」
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