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隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?  作者: こころ ゆい
最終章『番ではない私でよろしいのですか?』

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1


「......っ、ふ.....っ」


「.....ジャスミン?」


「どうして......どうして」


 ーー来たのです.....っせっかく.....あなたの隣を、諦めようと、してるのに......


「............」


 荒くなった息を吐きながら、涙が溢れた。

 みっともない顔を見られたくなくて手で顔を覆った。


 後ろから私を強く抱く彼の腕は一向に解けない。それどころか、もっときつく抱き寄せられる。


 触れている場所から彼の熱が服越しに伝わってくる。その温かさが、嬉しくて、切なくて....大好きで。


 離れなければと思うのに、離れないでと願ってしまう。


 ずるい。あなたはずるい。


 あなたが優しくするから。

 甘く微笑むから。

 大切に触れるから。


 もっと近づきたくなって、触れてほしくなって、私だけを見て欲しくなって。


 どんどん欲張りになってしまう。


 もうこれ以上、好きにさせないで.....


 離れられなくなるからーー。


「どうして、諦める....?」


「....え?」


「なぜ、離れるんだ....?」


 吐息がかかるほど近くで、耳に直接吹き込まれた声が心を震わせた。


 まるで、恋しいと言われているみたいだ。


「だ、だって.....あなたには番が.....っ」


 都合のいい考えを振り払うように力一杯、身を離そうと動いた。


「離れるな」


「きゃっ」


 だが、できなかった。

 私の動きを感じとり、既に隙間なく触れ合った背が更に密着するほど腕に力を込められたから。


 低く唸る声で制止されて、びくともしない腕に絡め取られて、身動きもままならない。


「..........っ」


 骨が軋む音まで聞こえそうで、私は目を瞑った。


「っ、す、すまない。一瞬、我を失った」


 息を詰めた気配を感じたのか、腕が緩む。


「大丈夫か?」


「は、はい」


「....うむ、こっちの方がいいな」


「....っ、なっ」


 彼はホッと息を吐いてから、突然私を横抱きにした。


「これで、ジャスミンの顔を見ながら話ができる」


 ふっと笑って、そのまま直接青い芝にあぐらをかいて座った。腕は回された状態で、彼の膝の上にそっと下ろされる。


「こんなの、恥ずかしいです」


「ジャスミン....会いたかった」


「ん......」


 不意に額に口付けられて、鼻にかかる声が漏れた。唇が離れると、カァと羞恥に襲われた。


「だ、だから!どうしてそういうことをするのですっ」


「どうしてって....愛する君に、気持ちを伝えるためだ」


 ひどく真剣な顔つきで真っ直ぐ向けられた言葉に、動揺を隠せない。


「.....っ、あ、愛するって....」


「寄り道した夜も言っただろう?」


「あれって、夢じゃ....」


「いや、俺は言った。君が好きだと」


「で、でも。あなたには.....」


「虫がいいのは理解している。君を愛せないと傷つけておきながら言えた立場でないことも、矛盾していることもわかっている。本当に、すまない....」


「..........」


 フェンリル様は、眉尻を下げて言い募る。


「俺には番がいる。いたんだ、確かに。でも....」


 ーー俺の隣には君が居てほしい。そう思う。


「.....っ、理解できません」


「ああ、わかっている。


番以外愛せないはずなのに、いつの間にか君を愛していることに気づいて、俺自身戸惑った。


君の不安も、迷いも、自然なことだろう」


「..........」


「だが、夜の丘で景色を眺める君を見て、なぜか思ったんだ。


番がいるのにとか、妻だからとか。そこに囚われているべきではないと。俺は.....」


 ーー君を逃しちゃいけない。君だけは絶対、離したらだめなんだ。


「君が番の存在を忘れるほど、納得できる理由を言えなくても、


君に惹かれる理由なら、いくらでも言える。


屋敷の者や俺を気遣う優しさ。

そばに居るだけでほっとする温かな人柄。

自分より先に他者を思い遣り行動にうつす強さ。


君がもういいって音をあげるくらい毎日毎日、伝えよう。


君が不安になる度に、何度でもその心に届けるから。


だから、俺を信じてくれないか.....?


愛している、ジャスミン。

俺の幸せは.....君とずっと一緒に居ることだ」


「フェンリル、様....」


 彼の顔に迷いはなかった。

 美しい銀の瞳は揺れ動くことなく、じっと私を見据えている。


 私は葛藤の渦に呑まれていった。



 俺の腕に包まれるジャスミンは、この世の誰よりも愛らしく、愛おしい。


 好きだと心が叫ぶ。

 このままずっと、君を腕に抱いていられたらどんなに幸せだろう。


 想いが伝わって欲しいと願って、目を逸らさず彼女を見つめていた。


「フェンリル、様....」


 俺の言葉に、彼女のラベンダー色の瞳が揺れ動いた。

 その奥に喜びの色が淡く灯ったのを感じて、ひどく気持ちが高揚する。


 だが次の瞬間にはまた迷いの色を映して、伏せられた長いまつ毛に隠れてしまった。


 どのくらい時間が経っただろうか。

 長く彼女の心のうつろいを垣間見ていた。


 やがて彼女は顔を上げ、言った。


「....番ではない私で、よろしいのですか?」


「俺は、君がいい。君だから愛しているんだ」


「...........」


 彼女の柔らかな唇が微かに震えていた。






「....番ではない私で、よろしいのですか?」


 葛藤に打ち勝つための、最後の問いかけ。


「俺は、君がいい。君だから愛しているんだ」


 間を置かず、凛と発せられた返事。

 声音にも、表情にも、私への想いが溢れていた。


 そうだった。

 彼は、出会った時から変わらない。

 彼は、色眼鏡で見ない。

 いつも私自身を見てくれていた。


 喉が渇く。声が震える。

 でも、信じてみようと思った。


 私自身を見てくれるあなたを、好きになったから。


 私だから愛していると話すあなたと、生きていきたい。そう思えたから。


 心の中を爽やかな風が吹き抜けていった。

 小さく頬が緩む。


「後悔、しないで下さいね。記憶が戻った時に」


 照れ臭くなって、往生際悪くそんな言葉が口をつく。


「しない。君以外に目をくれるわけがない」


 なのに真っ向から受け止められて、嬉しさに破顔した。


「.....番の方との大切な思い出の記憶さえ戻れば、番の方はフェンリル様をお許しになるかもしれません。


お相手が、もう一度やり直そうと言った時、あなたが離れていくことも、私の存在が足枷になることも、まだ怖いです。


でも.....私もあなたと一緒にいたい。

あなたが、好きです」


 もう迷わない。私は姿勢を改めて、彼に告げた。


「ジャスミン....っ」


 瞬間、感極まったように彼の腕に包まれた。

 このまま素直に身を預けて、厚い胸板に顔を埋めたい気持ちに駆られながら、私は再び口を開いた。


「....フェンリル様、待って下さい」


「....ん?待ってくれ」


 二人同時に声を上げ、次の瞬間も声が重なる。


「「え?」」


 短い沈黙が落ちて、先にフェンリル様が動いた。


「....どうした?」


「い、いえ。フェンリル様こそ」


「うむ。さっき君が言っていたことなんだが」


「はい....?どのことでしょう?」


「番のことだ。何か行き違いがあるようだ」


「行き違い....ですか?」


「ああ。....君が言いかけたことは何だ?」


「.....フェンリル様には、ひとつお話ししておかなければならないことがあるのです」


「.....わかった。俺の話はあとにしよう。おそらく長くなる。先に君の話を聞かせてくれ」


 私はコクリと頷いて、意を決して話し始めた。


「.....実は、私はあなたと以前お会いしたことがあるのです」


「.....どういうことだ?」


 私は、以前この国に訪れた旅のこと。フェンリル様との出会い。それから、魔法薬で姿を狼獣人と見えるようにしていたこと。すべてを打ち明けた。


「.........」


 フェンリル様の目が大きく見開かれた。

 嘘をついていたのだ。どんな咎も受ける。


 覚悟を決めて彼の言葉を待っていたら、発せられたのは思いも寄らないものだった。


「君、だったのか....」


「え?」


「そうか....だから.....」


 何やらぶつぶつ呟いた後、彼は顔を真っ赤にして満面の笑みを浮かべた。


「俺の番は君だったのか....」


 陶然と告げられる。


「え....な、なにを仰って.....?」


「俺の番は、君だ。ジャスミン。間違いない」


「.....どういうことですか?」


「どこから話せばいいのだろうか....。長くなるが、聞いてくれるか?」


「はい」


「と、その前にこれを」


「........?」


 ガサリとポケットから取り出したのは、私が公爵家を出る前に置いてきた『治療薬』だった。


「先に、これを飲む」


「まだ飲んでいらっしゃらなかったのですね」


「ああ。君の前で飲もうと思っていた」


「私の前で?」


「君がどうしても俺を信じられなかったら、目の前でこれを飲んで、鼻が治ったとしても君がいいと証明しようと思っていた」


「..........」


「だが、今から飲むのは確かめるためだ」


「確かめる?」


「においを。番のにおいを確かめる。獣人は、番をにおいで判断する」


 においでーー。


 そこまで聞いて、私の中で何か繋がった気がした。

 あの日。フェンリル様と初めて出会った日ーー。


『やっとだ。会えて嬉しいよ』


『君もしかして、鼻が?』


『それじゃあ....俺のこともわからない?』


 彼のあの問いかけはーー。


 全て合点がいって、ハッと目を瞠った時だ。


「論より証拠だ。いただくよ」


 言って、彼は目の前で『治療薬』を飲み干した。


 最後の一滴まで口に含んで、喉を上下させる。


「.....どう、ですか?」


 ゆっくり視線が上がる。

 揺れる瞳でじっと私を見据えた彼の表情は


 次の瞬間、ふっと蕩けた。


 まるで、あの日初めて視線が絡み合った時のようにーー。


「『鍵』はにおいだったのか....」


「鍵.....」


「ああ。.....君はすごいな」


 ーー植物に関して博識だ。


「あ.....」


 フェンリル様に、以前言われた言葉。


 意味が伝わったのを察したのだろう。

 彼が優しげに笑った。


「薬の効果まで、抜群とはな」


「記憶が....戻ったのですね.....?」


「ああ。全て思い出した。『ミーナ』のことも。君とどう過ごして、最後に君とどうわかれたのかも」


「では....さっきの行き違いって」


「そうだ。大切な思い出の記憶を失ったから番が去ったのではない。番の記憶自体、封じられている、と言おうとしたのだが.....その前に、真実が判明したな」


「え、ええ....」


 彼の番は私だった。だが、なぜ.....?


 『すまない』などと置き手紙だけして去ってしまったのだろう。


 と、私が尋ねる前にフェンリル様が口を開いた。


「全て話す。聞いてくれるか?」

 

「は、はい」


*****


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