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隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?  作者: こころ ゆい
第三章『私があなたを救います』

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6

*****


「だめだわ。どうしてかしら.....?」


 私は、一人きりの庭で花壇と睨めっこしながら頭を抱えていた。


 リリアには先ほど、急ぎ追加の肥料を購入してきてもらうようお使いを頼んだ。


 焦りと困惑。そして、迷路に迷い込んで出口の見えない感覚。様々な気持ちが入り乱れて、朝からずっと悄然としている。


 うまく根付いてくれたと思っていた植物たち。これから大切な役目を担うはずのハーブたちが、ここ二、三日元気がない。


 水や肥料の量、気温、隣り合う植物との相性。色々考えて試行錯誤してみた。


 屋敷の庭師にもみてもらい、もらったアドバイスも実践してみた。が、全く改善が見られない。


 むしろ、更に葉が萎れてきたような気がして。このままいけば、枯れてしまうのではと気が気ではない。


「ねえ....何が原因なの.....?」


 必死に糸口を探るためパラパラとめくって猛スピードで再読していた分厚い図鑑を閉じる。


 藁にも縋る思いで、指先でそっと葉を撫でた。


「教えてくれなきゃ、わからないわ.....お願いよ」


 呟いて、地面に視線を落とす。


『.....いまは、いらない』


「.....え?」


 ーーまたあの時の感覚。


 指先から脳に真っ直ぐ響く声。

 もちろん辺りには誰もいない。


「まさか....あなた、なの?」


 そんなわけがないと思いつつ。もう一度、葉に指を滑らせる。


『いまは、なにもいらないの』


「っ、やっぱり....あなたの声なのね?」


『...........』


 確認への返答はない。諦めず語りかける。


「何も手を出さないでってことかしら?」


『ただ、ねむらせて。そしたら、はがうまれかわるから.....』


「そうすれば、あなたたちは元気になるのね?」


『..........』


 それから返事はなかった。

 

 ーー試してみようと思った。


 おかしいかもしれない。でも、どういうわけか不思議な声は植物の声だと確信がもてた。


 私は追加で与えようとしていた肥料を中止して、水も枯れない最低限の量に減らし、そっと見守った。


 それこそ、見るからに元気をなくしていった日数分、同じだけ待った。


 すると、そっくりそのまま二、三日で息を吹き返すようにハーブたちの葉の色が青みを帯びてきて、ピンと張りを取り戻した。


 それどころか、以前はなかった産毛が葉の表面にふわふわと生え、葉の厚みも増した。


「すごいわ....」


 間違いない。『彼らの』声に従ったら、再び元気になった。


 自分の手をまじまじと見つめる。

 私は触れた植物の声が聞こえるらしい。


「目....」


 今度は目元に指先を這わせた。


『お前さん、いい目をしてるね』

『何だい、気づいてないのかい』


 耳の奥で、港で魔法薬を買った老婆の声がした。


「このことだったのね....」


 昔から『紫眼』は魔力持ちだという云い伝えがある。どこまで信憑性があるものなのか。正直、ただの迷信だと思っていた。


 自国ではこの瞳の色は珍しく、私より淡い色合いの父以外居なかったと理解しているくらい。


 今までの人生で『力』を感じたことなんてなかったし、周囲だって瞳の色など気にしていなかった。


 けれどーー。


 港で会った老婆の瞳は、濃い紫色をしていた。


 今回のことを鑑みれば、老婆ほど魔力は強くないものの、私の身体にもほんの僅かながら魔力が宿っていたのだろう。


 窮地に追い込まれて目覚めたのか。植物の声を聞けるだけでも、私にとっては有難い。

 いや、いっそ一番重宝する力だった。


「とにかく良かったわ、また元気になってくれて。もし必要なものがあったら教えてちょうだいね?」


『ふふふ....』


 涼やかな笑い声が聞こえた。



 ジャスミンは今日も庭で花壇の手入れをしている。


 その姿を見ながら、深い安息感に包まれる。


 時折、眼鏡越しにラベンダーの瞳と目があって。照れたように笑んで、そっと視線を戻す。そんな仕草にも、ほうっと心が蕩ける。


 彼女の侍女・リリアが、俺が現れる度にサイラスと同じ顔をして、まるで残念なものでも見る目を向けてくるのは納得いかないが。


 ここに来ることはやめられそうもない。

 やめたいとも思わない。


「フェンリル様?まだお時間は大丈夫なのですか?」


 ああ、この声。

 天使が歌うようにふんわりと軽く、耳を撫でていく。


「んー....もう少しだけ」


 頬杖をついて、またじっと彼女を見つめる。


 離れがたくなって、疲れた時に顔が見たくなって、姿が見えないと探してしまう。


 先日贈ったネックレスが、毎日彼女の首元で煌めくのを見て、頬が緩む。


 楚々とした笑みを浮かべて頷いたジャスミンだけが、俺の視界を埋め尽くしていく。


「あったかいな」


「ええ。清々しい陽気ですわね」


 俺が言った意味を、天気の話だと思い込む様子に癒される。ジャスミンのことを言ったのに。


 記憶を封じられてからも、一度番を認識した心と身体は正直だった。


 思い出せないのに心は凍えて、寂しさと喪失感に襲われる。本音を言うと、生きていることさえ辛かった。


 それが彼女と出会って、懐かしさを覚え、不思議な気持ちを抱いた。


 お茶や気遣いのおかげで体調は上向きになり。彼女の穏やかな空気が、心をあたためてくれた。


「今日は肥料はやらないのか?」


「はい。この子達はあまり肥料は必要ないそうです」


「....そうか。確かに水だけでも元気だな」


「そうなのです。今は、水とたっぷりのお日様の光が必要なのです。もうすぐ最後の仕上げの時期がやってくるので、その時に肥料を沢山与えて欲しいそうですわ」


「うむ。なるほど」


 植物のこととなると目を輝かせて生き生きと話す姿にも、笑みが溢れる。


 話口調が、まるで植物たちと会話しているようなのも愛らしくて.....、とそこまで考えてハタと動きを止める。


 愛らしい....? 俺は首を捻った。


「フェンリル様?どうかされました?」


「あ、ああ。何でもない」


「そうですか」


 俺を気にかけるジャスミンの声に思考は霧散して、彼女を見遣る。


 と、優しく表情を和らげた彼女の頬に、土がついていることに気がついた。


 他の者なら声をかけるだけだ。決して手が伸びたりしないのにーー。


 どうしたことか、無意識に手がスッと。彼女の白く柔らかな頬に触れて....指が滑らかな肌をすべっていた。


「.........っ」


 瞬間、ジャスミンがビクッと全身を硬直させたのを感じて、パッと手を離した。


「す、すまな....、っ」


 反射的に、無断で触れたことを謝罪しようと口を開いた。


 だがーー。

 最後まで言葉を紡げなかった。


 作業中いつもまとめている艶やかな黒髪からのぞく、彼女の真っ白なうなじがみるみる真っ赤に染まって。


 恥ずかしそうに視線を俯けたのがわかる横顔は、頬に朱が差していってーー。


 俺は目を瞠った。


 ぶわりと全身の毛が逆立つ。

 身体を流れる血液がドクドクと猛スピードで駆け巡り、カッと熱を溜めていく。


 彼女から視線が外せない。


 この世で一番光り輝くーー

 唯一、俺のすべてを掻っ攫っていく女性。


 そんな心地になって、自分の矛盾した気持ちに再び戸惑う。


 どうしてだ。俺には番がいるはずなのに。


 唯一を定めた俺は、他に目をくれるはずもないのに。


「ジャスミン....」


 ひとりでに動いた唇が、その美しい名を紡いだ時。



「ジャスミンお嬢様」


 背後から彼女を呼ぶ男性(オス)の声が聞こえた。


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